ずっと夢を見ていたんだって

これはきっと悪い夢なんだ。
目の前の景色が黒く塗りつぶされていく感覚、いっそのこと眠ってしまえばキラキラ輝く世界はやってくるだろうか。けれども明くる日も明くる日も、私の心に陽は差さない。世界はこんなにも非情なのか。


……




「ノエルーっ!ジョッキ四杯!」
「はーい!」

盛大な笑い声、人々の声が小さな空間に広がり静まることを知らないこの場所。偉大なる航路を冒険するものたちがふらっと立ち寄る島、ポナーム島。とは言っても小さい島だ。ここは、そんな島の唯一の酒場、"カクス"。それ程大きくない店にいつも人が溢れかえっている。今日もカクスでは、町の人や海賊がわいわいとお酒を交わしていた。賑やかだ。



「ノエルちゃん、今日も一曲頼むよ!」

この町の常連さんがジョッキを高々と挙げながら私に言う。

「それじゃあ、ビンクスの酒でも!」

私は今日もこの酒場で歌う。昔の記憶は無いけれど、こんなにも穏やかな日々があっていいのかと思うほどに幸せだ。

「♪〜」
「ノエルちゃーん!いいぞー!」
「なんて心地良い声なんだ」
「はあ〜〜〜癒されるなァ」

12歳の時、この島に流れ着いた。発見してくれたのはカクスのマスターだった。酷い傷を負っていた私は、この島に流れ着く以前の記憶が無くなっていた。私はどこで産まれたのか、どういう人に育てられていたのか、何もわからないまま生きている。それでも一日一日しっかりと、前を向いて生きていかなけばいけないという強い意志が自分の中には残っていた。その意志を胸に、私は今日も生きている。願わくばこの平凡な毎日が続きますように。


パチパチパチ

「ヒューっ!!」
「もっと聞かせてくれー!」
「ノエルちゃんの歌は最高だー!」

浴びせられた歓声に心が晴れていくようだった。昔の事を思い出すと頭が痛むけど、今はただこの心地良い気分に浸っていよう。

「ありがとー!!!」

一曲披露し終わり、再びお店の手伝いに戻る。マスターがカウンターに料理をドンと置いた所だった。茶色い食べ物が山盛りお皿に盛られている。チキンだ、その香りにジュルリと涎を垂らしそうになるが寸前でこらえて料理を運ぶ。21時、「お腹が空いたよ〜」と言わんばかりに腹の虫が鳴り出した。

『とにかく腹が減った』

遠くで誰かの声がする。周りの人には聞こえないであろう遠い遠い距離から。

『酒場があるだって?メシだメシ!!』

そう言って遠くの方からドタドタと走ってくる足音がする。足音は徐々に近づいてきて、ついに店の前まであと数十メートルという所までやってきた。

「メシーーーー!!!!!!」

声が大きくなったと思った瞬間、酒場の扉がバーンと音を立てて開いた。立っていたのは麦わら帽子を被った少年だった。

「おっさん、飯くれ飯!腹が減ってんだ、たーくさん頼むぞ!」

ニカっと笑った少年の腹の虫も鳴いている。私とお揃いだ。その少年の後を追うようにゾロゾロと店に入ってくる人達。

「ルフィ!あんたはもう少し静かに上陸できないの!?」

女の私でも思わず胸を見そうになる程のナイスボディなお姉さん、その隣にいる黒髪のお姉さん、とびっきりの美人だ。そのお姉さん達に続いて入ってきたのは長鼻のお兄さんと……たぬき…?

「ルフィはいつだって元気だなあ」
「たぬきが…喋った…」
「俺はたぬきじゃないトナカイだ!」

トナカイだと主張するたぬきさんは小さくてとても可愛い。思わず抱きしめたくなる程だ。そして最後に店に入ってきたのは黒いスーツを身に纏った金髪のお兄さん。そのお兄さんとバチッと目が合うと台風の如く目の前に現れた。

「メロリ〜ン!なんて美しいお嬢さんなんだ…その透き通った瞳に吸い込まれそうだ…いや、吸い込んでくれ!」

お兄さんにギュッと手を握られてどうしようかとおどおどしているとマスターの鉄拳が降ってきた。

「いきなりうちの店員に何やってんだ小僧。さっさと座りな」
「サンジ、この飯うめぇぞ〜」
「くっ…邪魔が入ってしまった。この続きはぜひ今夜でも…」

そう言った金髪さんの頬に平手打ちが入った。

「しつこーーーーーい!!!!」

オレンジ色の髪をしたお姉さんはそう言うと席に座りながら話しかけてくれた。

「騒がしくてごめんね、この時間ご飯が食べられる場所はここしかないって聞いて来たの」

眉を下げながらごめんねのポーズをするお姉さん、この方も美人さんだ…

「ふふっ、ここは酒場ですから気にしないでください」

パクパクとご飯を平らげていく麦わらのお兄さん、ご飯の取り合いをしている長鼻さんとトナカイさん、料理のレシピを教えてくれないかとマスターに迫る金髪さん。賑やかな雰囲気が楽しくて思わず笑みが溢れる。愉快な人達だなあ。

「ノエルー!もう一曲歌ってくれないか!」
「ノエルちゃんの歌が聞きたくて今日も来たんだ!」

酒場のお客さんがこちらに声を飛ばす。周りも「待ってました!」と言わんばかりに手を叩き口笛を吹く。こんな私の歌を聞きに来てくれる人が居ることがたまらなく嬉しい。

「はい!」

♪〜〜


ピアノの伴奏とギターに合わせて音を乗せていく。人々の笑顔を見ながら満たされていく心に手を添える。ずっとこの幸せな夢を見ていられますように。