#2 [二階堂邸]
次の土曜……
俺の自宅に横付けされたのは…一般住宅街には全く似合わない黒塗りのやたらでかいリムジン…
中から正装したじいさんが下り立ち、俺に一礼…後ろの扉をおもむろに開けると、呆気に取られている俺に車に乗る様に促す
「お乗り下さいませ、陸王様。大河様がお待ちです。」
「……はあ………」
…大河様に陸王様かよ………笑っちまうぜ。
俺は二階堂財閥の力を痛感しつつ車に乗り込む…
俺を乗せたでかいリムジンは一路、二階堂家を目指して走り始めた。
どのくらい走っただろうか………
大きな門が見えてくる…車はその前で止まった。ここからはまだ建物は見えないが、どうやらこの奥に二階堂家があるらしい…
暫くすると、大きな門がギギ…と音を立てゆっくりと開き、俺を乗せたリムジンは中に入っていく。
門の中は大きな庭になっていた…辺り一面に花が咲き、まるで外国の庭園の様なかなり手入れの行き届いた庭…その中の道をリムジンは走り続ける。
…どんだけ走れば着くんだよ…
俺が二階堂家のその広大さに呆れかけた頃、ようやく屋敷が見えてきた。
広い敷地にそびえ立つ二階堂財閥の屋敷…それは、ここは日本か?!と思わず思ってしまう様な豪華でバカでかい、海外の大富豪の豪邸の様な屋敷だ。
「……なんだこりゃ………」
二階堂は金持ちだとは聞いていたがここまでとは………
屋敷の前には使用人らしきヤツラが数人並び、頭を下げて俺を乗せたリムジンを迎入れる。リムジンが屋敷の前に停まるとその中の一人が車のドアを開いて一礼した。
「いらっしゃいませ、陸王様。大河様がお待ちかねです。」
「………はぁ…」
これまた大きな扉が開き、そこにはきらびやかな大きな玄関が広がる…
高そうな大小様々の壺や美術品、教科書で見た事のある様な絵画…そして、天上にはやっぱり大きなシャンデリア…この凄い空間の放つ威圧感とオーラは半端ない……まさに大財閥の大屋敷だ……
そして、そこにはその威圧感に負けない存在感を醸し出すヤツが………この屋敷の主であり、二階堂財閥の御曹子…二階堂大河だ。
「…やぁ、陸王くん。今日は来て貰ってゴメンね!」
「…お前ん家、どーなってんだよ…まるでどっかの城じゃねーか…」
「ふふっ…そうかな?驚いた?」
「…驚いたなんてもんじゃねーよ!」
「ここはまだ小さい方なんだ。他にも海外に何件か家があるんだけど、そっちの方が広いかな?」
…はぁ?意味が解らねぇ…
二階堂家の尋常じゃないスケールのでかさに呆れる俺…
「陸王くん…僕の部屋はこっちだよ。」
二階堂はそんな俺に手招きをして、廊下を歩き始めた。
廊下にも所狭しと高そうな絵画や美術品が飾られている…俺は自分のゴツい身体が当たらない様に避けながらそーっと歩く…
右にある置物を避けて歩けば…どわぁぁ〜!!今度は左に大きな絵が…
二階堂はそんな可笑しな歩き方の俺の様子に気付いた様だ。
「…どうしたの?陸王くん?」
「いやー…身体が当たって壊しちまったら大変じゃねーか…」
「あはは!陸王くん、歩き方変だよ…」
俺の様子が面白かったのか、二階堂は大声で笑いだした。
「…笑う事ねーだろー!」
「ゴメンゴメン!まぁ、もし壊したら二階堂家で働いて弁償して貰おうかな?」
「バカ言え!何年かかるんだよ!」
「…ふふっ…そうだね…一つ壊したら3年ぐらいかな?」
「…マジかよ…」
「冗談だよ!」
俺達は二人で笑った。
長い廊下を暫く歩き、突き当たりにある大きな扉の前に辿り着いた。
「僕の部屋はここだよ。」
二階堂はそう言うと扉を開く。
……玄関や廊下でさえあのオーラ…大河の部屋はどんだけスゲーのか…
玄関や廊下の雰囲気に圧倒されてた俺は、二階堂の部屋のはもっと凄いんじゃないかと思っていた。
「…さぁ…入ってよ。」
二階堂に促され、俺は部屋に入る…しかし、中は俺の予想していた感じとは全く違っていた。机にベット、少しの棚と小さめのテレビが1台…玄関や廊下にあった様な、豪華な美術品や絵画は一つもない。唯一あるのは、壁に飾られた小さな向日葵の絵ぐらい…もちろん、それぞれ質のいいものなんだろうが、とにかく他の場所からは想像もつかないくらいのシンプルで簡素な部屋だ。
「なんだ…えらいシンプルな部屋なんだな…俺はどんなスゲー部屋かと…」
「そうかい?僕は基本的にはこんな感じが好きなんだよ。」
「はぁー…良かった。もしお前の部屋まであんなだったら落ち着かねーし……」
「ふふっ…本当に君は素直だね。僕も自分の部屋ぐらい好きにしたいからね。」
ホッと胸を撫で下ろす俺に、二階堂はクスッと笑う。
「さぁ、始めようか!」
「…あぁ」
俺と二階堂は、部屋の中央に置かれた椅子に腰を下ろす。
二階堂は時に優しく、時に厳しく丁寧に俺の勉強を見てくれる…説明も上手で、適当にしか教えない学校の先公より何倍も解りやすい。でも、俺はそもそも勉強が大嫌いだ。難しい問題にイライラして投げ出してしまう事もしばしば…そんな時、二階堂は俺に厳しく接する。
…陸王くん、必ず答えはあるんだよ。解らないからって逃げちゃダメだ。
二階堂にそう言われると、俺の逃げたい気持ちは不思議と小さくなり、また問題に向かおうという気になる…二階堂のお陰で、こんな俺にも忍耐力がついたのかも…
…ってか、逆にこんな俺に勉強を教える二階堂の忍耐力はたいしたもんだよな…
俺は難しい問題に時々ブチ切れながらも、二階堂と共になんとか勉強に向き合っていた。
「そろそろ休憩にしようか!」
「…はぁー………」
俺は二階堂の一言にホッと安堵………
執事のじいさんが運んできた紅茶を飲んでいると、俺の携帯電話が鳴る…
ープルプル…プルプル…
「すまねぇ、ちょっと出るな。」
「うん。いいよ。」
「…もしもし…あぁ、白川か…どうした?…バカっ!んな事知るか!いい加減自分で考えろ!…あぁ、解ったよ、またな!じゃーな!」
電話の相手は闘球部の仲間の白川だった。
「はは…俺のチームの白川ってヤツ。こいつ大した用事でもないのによく電話してきてさ!今だって夕飯が一人だからなに食べようか〜…だってよ、テメーで考えろって感じだよな!」
俺が二階堂に説明しているとまた携帯が鳴る………
「…もしもし…あ、滝か?なんだよ…いいんじゃねー?それでさ…ん…じゃあまたな!」
今度は滝…こいつも闘球部の仲間だ。
「ははっ…すまねぇ、今度は滝ってヤツだ。こいつもなんだかんだと電話してきてなー…」
「陸王くんは、みんなから頼られてるんだね…」
「…まぁ、一応主将だからな!…そうだ!お前はまだ白川や滝に会った事ないだろ?確か携帯に写真が…」
俺はそう言うと、携帯に保存してある写真を開いて二階堂に見せる。
「ほら、こいつが白川…こっちが滝」
俺が二階堂に見せた写真はこの間、闘球部のメンバーで遊園地に遊びに行った時のもの。はっきり言って遊園地なんて柄じゃないゴツい荒崎の面々だが、白川がどーしてもどーしても行きたいと子供みたいに駄々をこね…そんな白川が手に負えなかった俺達は仕方なく行ってきたのだ。
まぁ、嫌々行ったけど案外楽しかったんだよな…
「なんか…凄く楽しそうだね…」
「まぁーな…初めてみんなで行ったもんで、テンションは高かったな。…ってか、お前だって行くだろ?遊園地。」
「いや…小さい頃に一回行ったけど、貸し切りだったから…」
「貸し切りぃ?!」
……さすがは二階堂財閥の御曹子…スケールが違うぜ…
「…う〜ん…貸し切りの遊園地なんて逆に楽しくねーだろ…」
「うん…あんまり楽しかった思い出はないな…だから一回しか行かなかったんだよね。」
「……まさかとは思うが…玄関にいたヤツらとか?」
「…うん…だって父は忙しいし……」
そりゃあ楽しい訳ねーだろ!
「…まったくお前は…じゃーさ、今度俺が連れてってやるよ!遊園地!」
「本当に!?いいの…?」
「もちろんだ!男に二言はねーぜ!」
「やったぁ!約束だよ!」
二階堂は小指を俺に差し出した。
…まさか…指切りかよ…ガキじゃねーんだから…
俺は気恥ずかしかったが、二階堂の満面の笑顔に促され小指を絡める…
「…約束…な」
…細い指なんだな…あったけぇ…
二階堂の小指は俺の半分くらいの太さしかない。絡めた小指から二階堂の温もりと肌の柔らかさが伝わり…俺はその細く繊細な小指に思わずに見とれてしまう……
「さぁ、また始めようか!」
二階堂の言葉にはっと我に返る。
「……あっ…ああ…そうだな!」
…俺は一体何を………
俺は心の動揺を悟られない様に冷静さを装い、また教科書を開いた。
「…今日はそろそろ終わりにしよう!」
「はぁー…終ったー…」
俺は2時間びっちりと二階堂に絞られる………
…やっぱり二階堂は鬼だぜ…
終った安堵感で、俺はぐったりと机に顔を伏せた。
「ふふっ…大丈夫?やればできるじゃない!」
可愛い顔をした鬼はそんな俺を見て意地悪く笑う……
そして、思い出したかの様に俺に話し掛けた。
「そうだ!…言おうと思ってたんだけど…僕の事、二階堂って呼ぶの止めて欲しいんだ。」
「なんでだ?」
「…んーっ…だってなんか他人行儀じゃない?それって寂しいよ…」
「…じゃあ、みんなみたいに大河様って呼んでやろーか?」
「もー…それはもっと嫌だな。大河でいいよ!」
二階堂…いや、大河は俺の意地悪に拗ねた様な顔をした…さっきのお返しだ!
「じゃーさ、俺の事も君づけは止めてくれよ。柄じゃねえ…」
「ふふっ…確かに似合わないね!…それなら…冬馬って呼んでもいい?」
「…いいけど…」
…親とあの校長以外に名前で呼ばれるのは久し振りだ…
「荒崎闘球部の主将を名前で呼べるのは僕だけかもね!」
「…そうだな〜大河だけかもな!」
「ふふっ…なんか特別みたいで嬉しい!ねっ!冬馬!」
俺の名前を呼んだ大河の無邪気な笑顔に、俺は胸がギュッと締め付けられる感じがした。
…なんだよ…可愛い顔しやがって…
今では全く余裕がなかったが、改めてゆっくり見る大河の顔はとても綺麗だ。
部屋の窓から入り込む夕日に照らされた金色のふわりとした柔らかそうな髪…光を帯びた淡い色の瞳…その淡い瞳に俺が映る…
……スゲー…なんて綺麗な…
俺は魔法にかかったみたいに大河から目が離せない…
「…冬馬?どうしたの?」
「…いや…何でもない…」
大河は自分を見つめている俺を不思議に思ったのか、俺の顔を覗き込む。
…何やってんだ…どうかしてるぜ…大河に見とれちまった…
俺は自分の淡い思いをを打ち消す様に立ち上がり、帰り支度を始めた。
「…ん?」
俺は大河の机の上に飾られた一枚の写真に気が付く。
写真にはまだ幼い大河と両親らしき人物が映っている…
「この写真…お前の両親か?」
「…うん…でも…母はもう亡くなってるし、父は海外で暮らしてるからね…」
「…そうか…ゴメンな…変な事聞いちまったな…」
「いや、いいさ!」
大河は明るく振る舞うが、その顔には明らかに寂しさが滲んでいる…
「でっ…でもさ!あんなにたくさんのヤツらと暮らしてたら、寂しくなんてねーだろ!」
「…代々二階堂家に仕えている人達も何人かいるけど、大半はお金で雇われて二階堂家の後継者の肩書きの僕に仕えているだけの人なんだよね…」
「…なっ…なんとかまてんのヤツらもいるじゃねーか!」
「…六魔天ね!…確かに彼らは信頼出来る仲間だけど…アローズの創立者は僕の父だからね。やっぱりどこかで僕の肩書きを意識してると思うよ。」
「……ううっ……」
……ダメだ…全然慰めになってねぇ……
俺はなんとかして大河に元気になって欲しいと言葉を選んでみたものの…二階堂財閥という名前の大きさの前に、自分の無力さを痛感した。
「…なんかすまねぇ…全然慰めになってねぇな…」
「ふふっ…慰めてくれるの?」
柄にもなく落ち込む俺に大河は優しく笑いかける。
「ゴメンね、ちょっと意地悪言っちゃった!友達が一杯いる冬馬が羨ましくて…本当は執事達も六魔天のみんなも、僕の事大切に考えてくれてるって解ってるんだけどね!」
「大河…」
俺に見せた、大河の小さな本音…自分を取り巻く全てのヤツらが、二階堂家の後継者という肩書きを越えた間柄になれない事をこいつは知っている…俺はなんとか大河を元気づけてやりたかった。
「…だ…大丈夫だ!俺がお前のダチになってやる!俺は肩書きなんて全然気にしねーからな!」
「……冬馬…うん!」
俺の言葉に満面の笑みを見せた大河に少しだけ安心した。
「そうだ!今度俺の仲間も紹介してやるよ。肩書きなんてどーでもいいヤツラばっかだからな!」
「冬馬の仲間なら、みんな楽しいんだろうね!」
「ああ!どいつも一癖あるヤツラばかりだが、みんな筋の通った気のいいヤツだぜ!」
「……ありがとう…」
ートントン…
その時、大河の部屋をノックする音が聞こえた。
「…どうぞ。」
「…失礼します、大河様」
入ってきたのは一人の執事…
「なんだい?」
「…実は…急で大変申し訳ないのですが、明日の10時から次のパーティーの打ち合わせが入りまして…」
「えー!!…それは確か来週の日曜の筈だったよね?…明日は闘球部の練習があるんだよ…知ってるよね?」
「…もちろんです。しかし…先方のご都合で…どうしてもと…」
「五十嵐はなんて?」
「五十嵐様には了解を取ってありますので。」
「……そう…解ったよ…」
「大河様、大変申し訳ありません…」
「いいよ…君が悪い訳じゃないし、仕方ないからね。」
「では、明日10時から…球川プリンスホテルの25階会議室にて行われますので、宜しくお願い致します…」
「…解ったよ…」
執事は深々と一礼すると部屋を立ち去る。
「…五十嵐も承知したみたいだね…」
「…お前じゃねーとダメなのか?」
「うん…二階堂家主催なんだ…父が海外に行ってる今は、僕が二階堂家の当主みたいなものだからね…五十嵐もそれをよく解っているから…」
「…こういう事ってよくあんのか?」
「…うん…時々…」
「…そっか……」
「まぁ、よくある事だし!仕方ないよね!」
大河は困った様な笑顔で俺を見る。
「…あ…ゴメンね、冬馬…遅くなっちゃったね!帰りの車を手配するから待っててね!」
「……あ…あぁ…」
大河は小さく…ふうっ…とタメ息をつくと、俺に背を向け部屋を出る。
大河小さなその背中……その背中に背負うものの大きさを俺は痛感した。
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