#3 [遊園地]
次の日の日曜…
俺は自分の部屋でベットに寝転び、ぼんやりと天上を眺めている…
俺は、大河が昨日見せた寂しそうな背中がずっと忘れられずにいた。
あいつの生きる世界…それは俺には全く解らない世界。世界的な大財閥、二階堂家の後継者という肩書きの重さ…そして、それを一人で抱える事の心細さ…正直言って俺には全く想像出来ない。だが、その分それを背負っている大河の辛さがとんでもなく大きいものに思えてしまう。
迷う気持ちを落ち着かせようと目を閉じる…俺の脳裏に大河の柔らかい笑顔が浮かんだ…
「決めた!」
俺はその笑顔に応える様に家を飛び出し、走り出す…
俺の向かう先は球川プリンスホテル…大河が打ち合わせをする予定のホテルだ。確か打ち合わせは10時からあると言っていた。走りながら携帯の時計を見ると、あと少しでその時刻…
…大河に会いたい…
俺はその一心で、夢中で走り続ける。
俺はなんとかホテルに到着した…フロントの時計は10時少し前を示している。
…間に合った…
俺は乱れた呼吸を整える…そこに丁度一台のリムジンがホテルの玄関へ入ってきた。
それは俺が大河の屋敷で見たリムジン…二階堂財閥の人間と思われる男数人が近寄り、車の後ろのドアを開ける。そこから降りたのは…やっぱり大河だ。
「…大河!!」
俺は大河に走り寄る…
大河は俺に気付き、驚いた顔を見せた。
「どっ…どうしたの?………」
「…大河!お前をさらいに来た!」
「…え?」
俺は大河の手を掴み、グッと自分の側に引き寄せる。
大河は驚いた顔のまま俺を見る……そして全てを理解した様にニコッと微笑んだ。
大河の嬉しそうなその顔を見て、安心した俺は思わず笑みがこぼれる……
「大河!走れるか?」
「…うん!」
手を繋いだまま、俺達は走り出す……
「………大河様〜… !」
後ろを振り返るとリムジンの運転手が叫んでいる……
周りには、その男達と何事かと眺めているホテルの客らしきヤツら…
「…ゴメンね!僕の代わりに打ち合わせしておいて!」
俺と大河はそのまま全速力で走り続けた。
「…はぁっはぁっ……お前、やっぱ足早いな……」
「…いや…冬馬には敵わないよ…」
「はーっ…久し振りに全力出したな〜… 」
「…僕も!」
暫く走り続けた俺達はお互いひどい息切れ……二人で顔を見合わせて笑ってしまった。
少し息が整った大河が俺に聞く。
「ねぇ、冬馬…これからどうするの?」
「行こうぜ!」
「どこに?」
「……遊園地!連れていくって約束しただろ?行くか?」
俺の言葉に大河の顔が一瞬にしてキラキラと輝く……
「…うんっ!行くっ!絶対行く!」
「はは… そうこなくっちゃ!行こーぜ!大河!」
俺と大河はバス停に向かって歩き出す…
暫くバス停で待つと、一台のバスが俺達の前に停車した。俺と大河はさっそく乗り込み空いてる席に並んで座った。
「さてと…大河、お前金持ってる?」
「…あ… 持ってないや…普段は一人で買い物したりしないから…大体カードだし…」
「はは… やっぱり…」
御曹子大河の予想通りの返事に俺は苦笑い…
「まぁ大丈夫だ。俺が今日は奢ってやるよ!」
「…いいの?」
「…今度倍返しでな!」
「うん!」
…なんて素直なヤツ…
俺は思わず笑ってしまう。
「バスに乗るなんて初めてかも…」
隣に座る大河は窓に張り付き、子供の様な無邪気な顔で移り行く景色を見ている…
俺は大河のそんな優しい笑顔を穏やかな気持ちで眺めていた。
バスは暫く走ると遊園地前に停車した。
ここは球川唯一の遊園地…有名なテーマパーク程規模は大きくないが、乗り物なんかもたくさんあって一日を楽しく過ごすには十分だ。
さすが日曜の遊園地は子供連れやカップルなんかでかなり賑わっている。
「大河、行くぞ〜」
「うん!」
入り口でチケットを買った俺は大河を連れて遊園地内に入る。
入場口は特に混雑している…
ふと気付くと…俺と並んで歩いていた筈の大河の姿が見えない…
「…あれっ?大河?!」
俺が振り返ると大河は人の波にのまれているではないか。
「…と…とーま…ううっ…」
「お…おい!大丈夫か?」
俺は慌てて戻ると人波から大河を引っ張る。
「……はは…ゴメン。」
また並んで歩き始めるも、またもや大河の姿は見えなくなり……
再び大河を人波から救出すると俺は大河に尋ねた。
「大河……お前、人混み…ってか、道とか歩いた事あるか?」
「……あはは…あんまりなくて……」
…これだから御曹子は……
「もう!仕方ねぇなぁ〜… 」
俺は大河の手を握り、引っ張る様にして歩く…大河も繋いだ俺の手を強く握り返してきた。
…大河と手を繋いでる…
そう意識した俺はなんだか恥ずかしくて大河の顔が見れない……
入場口を過ぎて暫く歩くと人波も落ち着き、歩くのもスムーズになった。
しかし、大河は俺の手を握り締めたまま離さない…
「…大河…手…」
「…あ、ゴメンね!ありがとう。」
俺がそう言うと、大河はパッと手を離した。
余計な事を言ったか…と思ったが、あのままでは俺は大河の顔も見れないし会話もままならないだろう。
なんとなく大河の頬が淡く染まっているのは気のせいだろうか……
俺はなんだか気恥ずかしい気持ちを取っ払う様に大きな声を出した。
「よし!何から乗ろうか?」
「…う〜ん…まずは冬馬の乗りたいのでいいよ…」
最初は遠慮がちだった大河も一時間もすると…
「冬馬!次はあれ乗ろう!次はあれ!」
「…おい、ちょっと待てって!」
俺の手を引っ張りどんどん進んでいく。さっきまでの遠慮はどこへやら…まるで幼い子供の様に大はしゃぎする大河が俺は可愛いやら可笑しいやら…
夢中で楽しむそんな大河と一緒にいると、俺も楽しくて仕方ない…俺の心の中はなんだかじんわりとかくなっていた。
そして昼時……
俺達は出店がたくさん並ぶフードコートのベンチに腰を下ろした。
「…お前、こういう所で買って食べた事なんてもちろんないだろ?」
「うん…外食は大体レストランとか…」
「…やっぱりな…たこ焼きって食べた事あるか?」
「あ!それはあるよ!前にどうしても食べてみたくて、シェフに頼んで作って貰った事があったな…」
…シェフの作るたこ焼きかよ…
どんな豪華なたこ焼きなんだか…俺は苦笑い…
「さぁ〜大河!初めてのお使いだ。そこの店でたこ焼きを2つ買ってこいよ。」
「え〜…出来るかな……」
「これぐらい出来なくてどーするんだよ!行ってこい!」
「……うん…」
俺に促され、大河は渋々店に向かう…その足取りは重そうだ…
店員となにやら話し……金を支払う。金の払方が解るのかと心配したが、なんとかなった様だ。大河の緊張が俺にも伝わってくる……
「冬馬!買えたよ〜!」
手にたこ焼きを二つ持ち、大河は満面の笑みで帰ってくる。
まったく…ガキか!……俺はそんな大河が可愛くて思わず笑ってしまう。
「よし!見てろよ!」
「冬馬?」
「ちょっと持ってろ……」
俺はそう言うと立ち上がり大河に財布をポンッと預ける。
若い女の店員がいる店を見極め、向かう……
少し派手な女の店員と暫く立ち話をすると、その店員は俺にドリンクを二つ手渡した。
俺は戦利品のドリンクを持ち、得意顔で大河の所に戻ってくる。
「まぁ、ざっとこんなもんだ。」
「…え!お金払わないで貰えたの?」
「まぁな、あの店員がどーしてもどーしても俺に飲んで欲しいって聞かなくて……」
その女の店員を見ると、こちらを見て色っぽく笑って手を振っている……
「…ははっ…」
俺も笑顔で手を振り返す。
「……とーま!まったく君は……」
事の次第を理解した大河は拗ねた様な顔をしている……
「あ、なに?ヤキモチ焼いた?」
「違う!」
大河は怒った様に顔を少し赤く染めながら、一口でパクっとたこ焼きを食べた。
「んっ……熱っ!」
「ははっ…ゆっくり食べろよ!」
簡単な昼飯を済ますと、俺達はまた園内を歩き始める。まだまだ遊び足りない…大河はそんな顔をしている。
「冬馬!あそこ行きたい!」
大河の指差す先には…この遊園地一番のホラースポット…お化け屋敷…
「……マジかよ…」
何を隠そう、俺はお化け屋敷が大嫌い…というよりお化けとか幽霊とかが大の苦手…得体の知れないもんは苦手だ。作り物だとは解っていても、なんだか身体の芯がぞわぞわする。
「あー…無理無理無理無理絶対無理!」
「えー…行こうよ〜」
「一人で行ってこい!」
「一人なんてつまんない!冬馬と行きたい!」
大河は俺の手を引っ張り、恐怖の館へと進んでいく…
「ねぇ…ダメ?」
大河は上目遣いで俺を見て、ねだる様な甘い顔…
…かっ…可愛い…
大河の可愛い顔に、俺はグッと来てしまう…こんな顔でお願いされて断るなんて…男が廃るぜ。
「ええい!解ったよ!行ってやる!」
「やったぁ!」
大河は意気揚々と足取りの重い俺を引きずっていく。
地獄の時間が終わり……
「あー!楽しかった!」
恐怖のお化け屋敷から出てきた大河はニコニコ顔…そして、それと対照的な俺の曇った顔…
…大河のヤツ…顔色一つ変えねーし…なんてヤツ…
「…はぁー………」
俺はすぐ側のベンチに座りって暫し休息…身体の芯がまだぞわぞわしている感じで気持ち悪い。
「…冬馬、大丈夫?ごめんね…無理させちゃって…」
大河は心配そうに俺を覗き込む。間近に迫る大河の顔…
透き通る様な肌、潤んだ瞳に柔らかそうな唇…
…あー…ヤバイ…スゲー可愛い…触りてぇ…
こんなに近くに大河を感じる…動揺した俺の胸は急にドキドキと高鳴る…
…ううっ…落ち着け、俺!
このまま大河を抱き締めてしまいそうな衝動に激しく駆られる…今そんな事をしてしまっては…俺は慌ててなんとかその衝動を抑えた。
「…ふふっ…」
大河が急に笑いだす。
「…なっ…なんだよ…」
「…んー…なんか可笑しくてさ。」
…まさか…俺の動揺がばれちまった?!
「みんなが恐れる怖〜い君が、お化け屋敷が怖いなんて…」
大河はくくっと笑いを堪えている。
「…そ…そりゃー俺だって恐いもんぐらいあるぜ。」
「なんか意外!」
「大河、お前なぁ…俺を化け物みたいにゆーな!」
「…ははっ!ゴメンゴメン!」
「もう大丈夫だから、行こうぜ!」
「うん!」
…良かった…バレてねーみたいだ…
俺はホッと安堵…
その後も時間の限り、遊園地を楽しみ……俺達は最後に遊園地の小高い丘にある、大きな観覧車に乗った。
時刻は夕暮れ……大きな夕日のオレンジ色の目映い光が観覧車の窓から差し込み、俺達を照らす。
眼下には俺達の住む町が大きく広がっている。
「おー!高けーな!スゲーいい眺め!」
「………」
先程までの賑やかさから一転…大河は黙って外を眺めている…
「どうした?…急に黙って…疲れたか?」
「…ううん…ねぇ冬馬…地球ってどれだけ広いと思う?…」
「なんだよ急に…ま〜た勉強か?」
俺は冗談っぽく言ったが、大河はにこりともしない…大河の真剣さが俺に伝わる。
「…どうした?…」
「…うん…なんかさ…世界はこんなに広いのに、僕の世界はとても小さく思えて……」
「…大河…」
「あのね、冬馬…僕の人生はもう産まれた時から決まってるんだ。小さい頃から、二階堂財閥を継ぐ事だけ考えたきたんだ。勉強も習い事も…生活全てが二階堂財閥のため。自分ではなにも選べない自由のない人生だけど、それが僕の人生なんだよね。でも、僕は父の事も二階堂家の事も嫌いじゃないんだ。…だから精一杯頑張って後継者に相応しい人間になろうと努力してるんだけど…なかなか思うよう様にいかなくて…なんだか苦しくて…これ程つまらない人生はないな〜なんて思ったり…」
そう言うと大河は下を向いてうつむく…
大河の切なそうな悲しい顔…俺は大河の髪を優しく撫でる…
「なぁ、大河。」
「…?」
「俺はさ…お前の辛さや抱えてるもの全部は解らねーよ。でもな、それでも自分のやらなきゃいけねー事を理解して、一生懸命自分の足で立とうとしてるお前を、スゲーかっこいいと思うぜ!」
「……冬馬…」
「それにな、つまんねー人生なんて言うなよ。大財閥の御曹子なんて誰でも経験出来るもんじゃねーぜ!面白いじゃねーか!」
俺の言葉を黙って聞いていた大河の瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれる…
「…どっ…どーした?!なんかわりぃ事言ったか?!」
「…ははっ…ゴメン…そんな風に言われたの初めてで…」
「…大河…」
俺は頬を伝う大河の涙を拭い、もう一度髪を優しく撫でた。
「…自由ってのは目に見えるもんだけで決まるんじゃないぜ。決めんのはお前のここ!」
俺は大河の胸を軽く叩く。
「…ここ?」
「そうだ。…心が自由なら、お前の世界は果てしなく広いんだ…だから心だけは自由でいろよ!」
「…冬馬……」
俺は両手で大河の頬を柔らかく包み、うつむきかけの顔を上に向かせる。
そして顔を近付けて大河に優しくウインクした。
「…なっ!」
「……うんっ!」
大河の顔に明るさが戻る…
「まぁ…俺ほど自由じゃ困るけどな〜」
「…ふふっ…そうだね!」
冗談っぽくニコッと笑った俺につられて、大河もようやく笑顔を見せた。
「…冬馬…今日は本当にありがとう。こんなに楽しかったのは久しぶりだよ。また連れてきてくれる?」
「…もちろん!絶対来ような!」
遊園地を出た俺と大河は帰りのバスに乗り込んだ。
夕暮れを過ぎ、辺りはすっかり暗くなっている…
今日一日をはしゃいで過ごして疲れたのだろう…すぐに大河は俺にもたれ掛かり、すやすやと穏やかな寝息をたて始めた…
俺は大河を起こさない様にそーっと肩に手を回して抱き寄せた。大河の柔らかくしなやかな髪が俺の頬に触れる…俺は大河の顔に手を当て、その淡く色付く頬を撫でた…
さっき流した涙の跡が残っている…
いつも側にいたい…大河を守りたい…
俺は大河が愛しくて切なくて仕方ない…
…そして自分の気持ちに気が付いた。
……俺は大河が好きだ…
その事実を心の中で何度も噛みしめ、大河の身体に寄り添った…
バスは二階堂家の近くの停留所に停まる。
俺は大河を起こさないようにそっと抱き抱えるとバスを降りる。
二階堂家の大きな門の前に誰かが佇んでいる…よく見るとそれは五十嵐だ。
五十嵐はぐったりとした大河を抱えて歩いてきた俺に気付き、慌てて駆け寄ってきた。
「たっ…大河様!陸王…お前…!!」
「…しーっ…起きちまうだろ…大丈夫、ただ寝てるだけだ。」
大声で詰め寄る五十嵐を、俺は小声で制止した。
「……陸王、お前…大河様に何をしたんだ…」
「悪い事なんてなんもしてねーよ…それより、早く寝かせてやってくれ…」
俺はそう言うと五十嵐に大河を渡す。
「…今日はすまなかったな…急に連れ出して…あの執事のじいさんにも謝っておいてくれ…じゃあな…」
「……」
俺は五十嵐に一言詫びると、その場を立ち去った…
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