ジェノス
バレンタインネタ
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2月14日。毎年女の子にとっては大きなイベントの日。
本命チョコはもちろん義理チョコといった形だけのもの、親しい友人に渡す友チョコってのが出てきたのはもう何年前だっけ。
私もそのイベントに参加する身で、毎年学校の親しい友人にチョコを用意して喜んでもらっている。それは今年も例外ではなく、今日も学校で沢山貰ったし沢山渡してきた。
そう、ここまではいつも通り、順調なバレンタインデーだ。
勝負はこれからである。
日も傾いた放課後、学校の帰りに寄り道をする。
というのもやっぱりバレンタイン、渡したい相手がいるのだ。
出会ったのは偶然、話してみると口喧嘩みたいなことばかり。それでも惹かれてしまった。
……って冷静に言ってみるけど恥ずかしいー!!!誰が誰に惹かれたってー!?
あーやめたやめた、こんな冷静になったら余計に恥ずかしい。もうパッと渡してパッと帰ろう!
熱くなった顔をパタパタと扇ぎながら、目的の家の前まで来た。
一つ、深呼吸。
二つ、…
三つ、……
「…何だ?」
「うわああああああ!!!」
深呼吸してたらいきなり目の前のドアが開いた。
びっくりしすぎて思わず手に持っていた荷物を落としてしまう。
やばい中にはチョコが入ってるのに!と慌てて確認したけど、そこまで衝撃は無かったのか包みは無事のようだった。
「お前か…接近反応があると思えば家の前でずっと立って…」
「うううるさいわね、っていうかいきなりドア開かないでよびっくりしたじゃない」
「お前の都合なんて知るか」
「私もアンタなんて興味ない、サイタマさん居る?」
私のバカ!!何がアンタなんて興味ないよ!むしろアンタに興味ありありなのに!!
「先生に何の用だ」って聞いてくる声が何だか不機嫌そうに聞こえてしまってちょっとだけ不安になった。
何よ今の何が引っ掛かったのよ!
頭の中は慌てに慌ててるけど、表には出てないようでそこだけは安心。
「何だっていいでしょ、はいお邪魔しますー!」
「おい!」との制止の声も無視して、無理矢理家の中に押し入ったら甘い匂いでいっぱいだった。
気にせずそのまま部屋の中に進んだのはいいものの、部屋に置いてあるテーブルの上には山積みになった、色とりどりの箱や袋があるのを見て止まってしまう。
その山の向こうにサイタマさんは座っていた。ちまちまその袋を開いては中身を口に運んでいる。
言わずもがな、バレンタインで貰ったチョコの山なのだろうと察する事が出来た。
「お、名前じゃん」
「お邪魔しますサイタマさん、そしてこれは…」
「チョコ」
ですよね分かってました。
「すごいよなー、これ全部ジェノス宛なんだぜ」と言いながらその指した包みを開けて中身を食べてるサイタマさん。
きっと食べきれないから先生もどうぞ、とか何とかでジェノスが勧めたんだろうけど…。
正直うっかりしてた。
そうだ、ジェノスはイケメンヒーローとして有名だ、チョコもファンから多く貰うだろうなんてすぐに考えられたはずだ。
なのに私としたことが、渡せるかな、渡したいな、そんなことで頭の中がいっぱいだった。
こんなに沢山のチョコ、包装も私が施してきたものに比べるとずっと可愛くてその時点でもう負けてる。
どうしようちょっと泣きそうだ。
「名前はどうしたんだ?」
そんな時に来るのは無慈悲な問い掛け。
…ああもう、もう、サイタマさんのバカ。何よりこの展開を失念してた私のバカ。
「……バレンタインのチョコ、…多く、作っちゃったので…渡しに来た…んです…が…」
後になるにつれて声が小さくなったのが自分でも分かった。
袋の中に入ってる2つの包みを覗く。やっぱり持って帰った方がいいよね。
「なんか食べるのに大変そうですし、やっぱり帰りますね…」
「え、何、もしかして俺にもある?」
「勿論ですよ、ってことで気持ちだけは受け取ってくれると嬉しいです」
そのまま帰ろうと回れ右すると、後ろからサイタマさんが「ちょちょちょちょ…っと待った!」と大声で止めてきた。
止められて無視をするわけにはいかない。
「貰う!貰うから!」
「…でも大変じゃありません?」
「いーの!今更一つ増えたところで変わんねーし、俺もジェノスもお前のが欲しいの!!」
ジェノスも。
ただのサイタマさんの勢いで出た言葉だろうが、その名が上がって不覚にもドキッとしてしまう。
先程から静かにしているサイボーグに目をやると、アイツも急に名前が挙がったことで驚いたのか、目が少し見開いていた。
「……俺は、別に欲しいとは言っていませんが」
「ジェノスー…」
「…そうですよねS級の鬼サイボーグ様には美味しそうでファンの愛が詰まったチョコがこんなにもありますもんね!私の作った何が入ってるかも分からないチョコ(笑)なんて要りませんよね失礼しました!!」
フン、と鼻を鳴らしてサイタマさんに向き合う。
袋から包みを出す手が乱暴になってしまったがそれもこれもジェノスのせいだ。
包みをサイタマさんに渡すと彼の顔が少し明るくなる。
…そういえば置かれているあのチョコたち、全部ジェノス宛なんだっけ。……つまり私からのコレがサイタマさん宛で初めてなのかな。
サンキュ、との短い言葉に、少しだけ心が軽くなった。
サイタマさんを好きになれば良かったのになぁ、私。
では、と今度こそ失礼しようと玄関に向かうが、その廊下でジェノスが仁王立ちしていた。
正直ほんとにそろそろ泣きそうだから素直に帰らせてほしい。どいて、と言った言葉は沈黙で返された。
「何なの、邪魔者が帰るんだから道くらい開けてよ」
「…要らないとは言っていない」
「は?」
「……その包み、貰ってやると言っているんだ」
「何それ」
コイツらしくない、ボソボソとした声で綴られる台詞に嫌気が差す。
確かに今日はジェノスに渡せるかって考えばかりで一日を過ごした。
でも本人は既に山積みになるほどの量を貰っている。しかも先程「欲しくない」と聞いたばかりなのにどの口がそんなこと。
「アンタ気を遣うの下手すぎ、いいよもう諦めたから」
無理矢理横を通ろうとしたら、今度は腕を掴まれた。
無機質な手。
だけど、好きになってしまった人の手。
掴まれたことにじわじわ体温が上がるのが自分でも分かる。
「…な、んなのよ、ほんとに」
多分もう、涙目になってしまってる。
声はまだ涙に染まってないがそれも時間の問題な気がする。
ジェノスは私と目が合うとすぐに目を反らし、何か言おうとしてるのか口を開くがまた閉じる、を繰り返していた。
私の腕をしっかりと掴んだまま。
「………、…諦めなくていい」
「…は?」
「…受け取って、やるから」
先程まで目を泳がしていた顔は、今は下を向いていた。
長めの前髪がコイツの顔を隠している。
じゃなくて、えっと、と頑張ってぎりぎり聞き取れる大きさで呟くと、少しだけ顔を上げた。
「…受け取らせて欲しい」
此方の様子を伺うような目でそう言われた。
珍しいジェノスの態度に胸が高鳴り、でも動揺していたので無言で包みを渡した。
ずるいなぁ、悔しいなぁ。
私の包みなんて数ある内の一つだろうに、そんな大切そうに両手で持たれると、単純な私だから私って特別なのかなって期待しちゃうのが、また悔しいなぁ。
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