「クソ!また逃げられた!」
「空に逃げられてはかないませんね……」
「それより目の前の敵だ。苗字」
「うん」
踏み出す一歩に意識を集中させる。け地に足が着いた瞬間ツタのような植物が地面から無数に這い出てきてきて盾となった。そうして右前方から飛んできた謎のもぎもぎした球体をしのぎ前進する。
「いいぞ!その調子だ!」
「うん」
いいコンビネーションだと言えるだろう。右を塩崎がツルで守り、左を名前が状況に合わせた植物を盾にして守る。前騎馬の骨抜が状況を見ながら二人に指示を出し、また自身は「柔化」の個性で相手の足場を崩す。そして物理攻撃にめっぽう強い鉄哲が騎手となりポイントをキープする。
鉄哲から誘いを受けたもののB組の中でも特に優秀な他のメンバーに気後れしていた名前だったが始まってみれば案外良い連携を取れていることに驚いた。何より名前の「生命」という個性が足で触れることでも使えると、障害物競走で判明したことは幸いだった。鉄哲から手を離すことなく個性を使うことができるからだ。名前自身分かってなかったのだがどうやら生命力を分け与えるイメージを鮮明に持てるなら手でなくともこの個性は使えるらしい。
「(でもやっぱり手がいちばんいいみたい。足だと反応速度が下がってしまう)」
それに裸足にならなければならないし、そのあたりは今後の課題である。
「これ、先程の小さき方から取っておきました」
「え!?いつ取ったんだよ」
「ツルでこっそりと……」
「塩崎さん、すごい」
塩崎は先程のもぎもぎが飛んできた騎馬からハチマキを取っていたらしい。名前の出す植物は塩崎のツルのように精密な動きはできないので名前は塩崎に羨望の眼差しを向けた。
「いえ、苗字さんこそ。貴方の植物は敵騎馬へのとても強い牽制になっています」
「地面に立っている以上相手は逃げ場がねえもんな、その地面から植物生えてくっから」
仲間からの評価に名前はそうかな、と小さく呟く。役に立てているなら良かった。鉄哲チームは現在3位。名前以外の三人が障害物競走で上位のメンバーばかりなので最初から持ちポイントが高かったのだ。それに加え先程の塩崎が取ったポイント。さらに序盤では名前と骨抜の連携によりB組庄田のいる騎馬からポイントを奪うことに成功していた。それにしても、庄田はB組以外のメンバーと組んでいたようだが、彼はA組と交流を持っていたのだろうか?と名前は首を傾げる。それはともかく、今は三つのハチマキを保持しながら緑谷の一千万を追っている状況だ。その度に逃げられているのだが。しかしながらポイント自体は悪くないしこの調子でいけば……そう思いながらあたりを見渡す。すると氷に足を取られて身動きの取れない拳藤チームが目に入った。
「あっクソ!あいつ氷で一千万を囲いやがった!」
鉄哲の掛け声で我に返る。見れば、なるほど。フィールドの一角が高い氷の壁で囲われている。プレゼントマイクの実況によるとあの中に緑谷チームと轟チームがいるらしい。鉄哲チームはとりあえず周りの騎馬と距離を取りながら作戦を練ることにした。
「狙いを変えるか?鉄哲」
「いや、俺は諦めねえ……一千万、必ず獲る!」
「しかし、そのためにはあの氷をなんとかしなければなりません」
「つってもどうすれば……」
早くも行き詰まってしまったらしい作戦会議。それまで黙って話を聞いていた名前はある提案をした。
「それなら私、あれ壊せるよ」
一呼吸置いて「えっ!?」と、六つの目が名前を見た。
「あれって、あの氷のことか!?」
「うん」
「どうやって壊すのですか」
「壊すというか、あの氷に触れれば花びらとかに変えられるんだけど……」
「オメェそういうことはもっと早く言え!」
「ごめん」
「そういうことなら今すぐ飛び込むぞ!」と息巻く鉄哲に三人が頷いて氷の壁に向かって走り始めた。しかし、そうはさせないと周りの騎馬が鉄哲チームへ向かってくる。
「行かせないよ!」
「ハチマキたくさん持ってる騎馬を氷の中へ向かわせちゃ私たちの取り分がなくなっちゃうからね!」
「葉隠、お前いつの間にか取られちまったもんな……」
「クソッまあそうなるよな」と鉄哲は歯軋りした。上位だからこそ狙われ足止めされてしまう。なかなか簡単に向こうへ行かせてもらえそうにもない。
「作戦変更だ!一千万はあとで獲る!今はこいつらから片っ端から相手してやらァ!」
そう吠えた鉄哲。それは果たして作戦と呼べるのだろうか。正直、脳筋の一言に尽きると思う。騎馬三人はやれやれと苦笑いしながらも臨戦態勢を取った。向かってくる別チームの騎馬を躱し、攻撃を防ぎポイントをキープする。そんな攻防を続け、五分後、「残り時間あと一分!」とプレゼントマイクの実況が会場に響くり一千万もいまだ緑谷チームが保持しているらしい。
「今何位だ!?」
「三位をキープしています!」
「ッシャ!このまま獲りにいくぞ!一千万!」
どうやら鉄哲はまだ諦めていなかったようだ。氷の壁の方へ向き直る。その時だ。鉄哲チームの行方を遮るようにゆらりと別の騎馬が現れた。
「ねえ君たち、」
気だるげな声、それになんと返事をしただろうか。いつの間にか名前の意識はぷつんと途切れ暗闇に呑まれていた。
*
「……何が起きたんだ?いつの間にか0ポイントになって終わったぞ……」
「あの小人の方のポイント、穢らわしい取り方をしてしまった罰でしょうか」
「……」
名前が意識を取り戻した時には騎馬戦は終わっていた。それも0ポイントで。終了一分前までは確かに意識があったしその時は3位だったのに。
「……悔しい」
悔しいときは、どんな顔をすればいいのだろう。こんなにも喉に何かがつっかえたような、やり切れない思いがあるのに、こんな感情は初めてなのに。「悔しい」と言葉を吐いておきながら、私は言葉とはちぐはぐな澄ました顔をしていることだろう。そう思い、俯いた。共に激闘をくぐり抜けた彼らと、同じように悔しがることができない自分がなんだか悲しく思えたのだ。
「……苗字、医務室へ行った方がいいんじゃないか」
突然骨抜からそう声をかけられる。名前が首を傾げると彼は一言、「足」と続けた。裸足で走り回っていた名前の足はあまりに痛々しく、ボロボロだ。鉄哲は「うわっ!」と声を上げ塩崎は「まあ」と口元を覆った。
「そうでした。私、競技中から心配していました……そんな状態で無理をさせてしまい申し訳ございません」
「ううん。大丈夫、ありがとう」
「早くリカバリーガールに見てもらわねえと!俺連れてくぞ!」
「一人で行けるから大丈夫だよ」
実習で倒れて鉄哲に医務室まで運んでもらったことを思い出した名前はなんだか急に恥ずかしくなって「じゃあ行ってくるね」と踵を返した。そんな名前の背中を鉄哲は慌てて引き止める。
「あっ、オイ苗字!オメー拳藤と昼飯食うんだろ?」
「うん」
「じゃあ拳藤に医務室行ってるって伝えといてやるよ」
「ありがとう。後で合流するって言っておいて」
「おう、気をつけてけよ」
いつもより幾分か柔らかく笑って今度こそ行ってしまった少女の後ろ姿を見送る。鉄哲を横目で見た骨抜が呟いた。
「鉄哲照れてやんの」
「照れてねーよ!」
*
医務室を探して歩く。長い廊下の先を見ながら思い出すのは騎馬戦で相対した緑谷の表情だ。
「(……学校の行事とは言え私があんなふうに出久に向かっていく日が来るとは思わなかったな)」
騎馬戦開始と同時に鉄哲チームは緑谷チームに特攻を仕掛けた。あのとき交わった視線。ほんの一瞬だけ緑谷の目に驚きの表情が見えたがそれはすぐにライバルへ向ける目へ変わった。そこに「幼馴染み」という関係が介在する余地はなかった。あのとき、緑谷は名前を名前として見てはいなかったのだ。あれはきっと彼の覚悟の表れだ。私はそれに真摯に向き合えただろうか。あの目を思い出すと、そう不安になってしまう。
「……道、間違えたかな」
建物内を歩き始めて数分。医務室は競技場のすぐ近くに設置されていたはずなのに辿り着かないのはおかしい。考え事をしながら歩いていたせいかどうやら道に迷ってしまったようだ。騎馬戦中盤から我慢していたが個性の反動で空腹が限界に来ているし眠くて頭の中も少しぼんやりしている。やっぱり鉄哲についてきてもらった方が良かったかな、引き返そうかな。そう思った矢先、廊下の先に見知った顔を見つけて名前は足を止めた。
「(かっちゃんだ)」
爆豪は廊下の壁に背中を預け、虚空を見つめておりまだ名前に気づいた様子はない。一体彼は何をしているんだろうと首を傾げる。それは分からないが爆豪なら医務室の場所を把握していそうだ、そう思い当たった名前は彼に道を聞くことにした。靴を履いていないため名前はほとんど物音を立てず爆豪に近づいていく。だいぶ距離を縮めたところでようやく彼は人の気配に気付き顔を上げたので名前は声をかけようと口を開いた、のだが。
「かっ、んん」
ものすごい剣幕で急接近してきた爆豪に手で口を塞がれた。こう言えば少女漫画のようだが実際はそんな甘いものではない。何故なら爆豪は名前の顔半分を鷲掴むようにして口を塞いでいるからだ。仮にも女子の顔をこうも雑に扱うことができる男はこの辺り一帯を探しても爆豪だけだろう。心を許している人間なら触れることもできるようになってきた名前だがこの状況には流石に怖くなり硬直してしまう。そうしている間に爆豪の顔が近づいてくる。
「俺がいいって言うまで喋んな、物音も立てるな」
そう耳打ちされ名前はゆっくり首を縦に振った。それを確認した爆豪は手の力を緩めたので楽にはなったが離してくれる訳ではないらしい。訳も分からず混乱する名前をよそに爆豪は外に続く道の方を振り返った。廊下の分かれ道、その角に立っているため外へ出る道は死角になっている。そっちに何かあるのかと名前も意識を向けると何やら話し声がすることに気付いた。人がいる。ここからだと姿は見えないがおそらく二人。しかも片方は名前もよく知る人物の声だ。
「(出久?……と、もう一人は誰か分からないな)」
状況が分かってきた。おそらく爆豪は二人の会話を立ち聞きしていたのだ。そこへ偶然名前がやってきてしまった。だから爆豪は名前に物音を立てないよう指示した……こんなところだろう。それにしても立ち聞き、というか盗み聞きって、ちょっとどうかと思う。名前がそんなことを考えながら爆豪を見上げると彼は名前の言いたいことを察したのか黙ってろよと言うように睨らみをきかせてきたので名前は大人しく言うことを聞くことにした。
「俺の親父はエンデヴァー、知ってるだろ」
緑谷と少年は随分込み入った話をしているようだ。No.2ヒーロー、エンデヴァー。その息子がA組にいるという話は名前の耳にも入っていた。確か、物間あたりが以前B組の教室でそんな話をしていた気がする。顔まで把握はしていないがこの声の主がそうなのか。話の内容は正直なかなか頭に入ってこない。と言うよりあまりにも違う世界の話を聞いているようで理解し難いと言う方が正しいかもしれない。
「……」
爆豪も驚いているのか珍しく口を引き結んでいる。あまり見ない表情だ。緑谷とエンデヴァーの息子の間に何があったのか、名前はそれを知らないため何故二人がこんなところでこんな話をしているのか分からない。しかし爆豪は違うのだろう。動揺の色が見え隠れする横顔を見つめながら、二人の足音が遠のいていくのを聞いていた。
「……行ったか」
ようやく爆豪の手が離れ名前は自由になった。しかしながらギロリと名前を睨むその目は相変わらず穏やかではない。彼がこう苛ついているのはいつものことだがなんだか今日は特に機嫌が悪そうだなと幼馴染みとしての勘が名前の頭の中で警鐘を鳴らした。
「で、だ。なんでテメェがこんなところに来やがんだ」
「医務室を探していて迷ったの」
「ハァ?どうやったら医務室探してここに来んだよ、見当違いにも程があんぞコラ」
「うん、だから偶然見かけたかっちゃんに道を聞こうと思ったんだけど、」
名前は一瞬、言葉を詰まらせた。その先を言うか迷ったのだ。
「……立ち聞きは良くないよ」
「うっせえ。テメェも聞いたんだから同罪だ」
「同罪じゃない。道連れ」
「んだと!?それじゃ俺が悪いみたいだろうが!」
いや、かっちゃんが悪いんだよ。という言葉は流石に呑み込んだ。道連れとはいえ自分が他人のプライベートな話を立ち聞きしてしまったことは事実だからだ。それとこれ以上彼を怒らせるのはまずいと思ったから。言い争いをして医務室の場所を教えてもらえなくなると困ってしまう。
「医務室の場所、」
「んなモン、テメェで探せや」
「……分かった」
もう遅かった。名前はそう判断して踵を返す。こうなっては教えて貰えそうにないし引き返して自分で探した方がきっと早い。しかし踏み出した足は前に進むことなく、体は後ろへ傾いた。ジャージの襟を後ろから掴まれたようだ。
「オイ待て話はまだ終わってねえぞ」
「……」
嫌な予感がする。おそらく爆豪の声色が緑谷に突っかかって行く時のそれと全く同じだったからそう感じたのだろう。振り返りその赤い瞳を見据えた。
「何?」
「テメェの個性、ありゃなんだ」
「……」
名前は少しだけ首を傾げた。そして「ああ、そういえば彼に個性を見せたのは初めてだった」と思い当たった。障害物競走の時モニターで見られていたのか、もしくは騎馬戦で直接闘ってはいないが目に入ったのか、そのどちらかだろう。そう理解したのち返答に詰まった。今までずっと隠してきた個性のことを、果たして彼に話していいのか躊躇する。黙ったままの幼馴染みに爆豪は眉間の皺を深くした。
「おい聞こえてんのか!ありゃなんだって聞いてんだよ!」
「植物を出せる」
「あ?誤魔化すんじゃねえ、違ぇだろ」
「……なんでそう思うの」
「納得出来ねぇんだよ。テメェが十数年、手にンなもんつけてまで頑なに使わず隠してきた個性の正体が『ただ植物を生やすことができるだけの個性』なわけねぇだろうが」
「……」
「テメェの個性の本質は別もんだろ?あの植物は結果に過ぎねえ、違うかよ?」
流石かっちゃん、頭がよく回るなあ。そう思いながら名前は小さく首を縦に振った。しかしそれ以上は語ろうとせずやはり口を噤む。
「言えねえってか」
「……昔、私の個性のことでかっちゃんには嫌な思いをさせてしまったから、君には聞く権利があると思う」
「触らないで」と頭を抱え蹲ったあの日を思い出しながら名前は目を伏せた。脳をよぎるのは父との約束、リカバリーガールの「秘密を知る者は少ないほうがいい」という言葉。
「でも今はまだ言えない。ごめんなさい」
「チッ、そうかよ」
舌打ちを吐き捨てた爆豪は立ち止まる名前の横を通り過ぎ歩いて行く。意外にもあっさりと身を引いてくれた爆豪に拍子抜けしてぼんやりとその背中を見送っていると爆豪が名前を振り返った。
「なにボケっとしとんだ、医務室行くんだろ?早くしねえと置いてくぞ」
「?医務室まで連れて行ってくれるの」
「そう言ってんだろ!わざわざ聞き返してこねえで察しろ」
「でもさっきは自分で探せって」
「気が変わったんだよ!早くしろ!また俺の気が変わらねえうちに黙ってついてこい!」
慌てて名前が爆豪のもとへ駆け寄ると今度は「走んな!」と怒鳴られた。早くしろと言っておいて走るなとは矛盾していないだろうか。そう思い頭上に疑問符を浮かべる。そんな名前の足元を一瞥して爆豪はまた歩き始めたのだった。