微笑みの裏側
「その子、かわいいですね!」
驚いて顔を上げた。10代……高校生くらいだろうか。若い店員が宙を見上げていた。普通の人には見えない彼の目を見ながらその店員はしっかりそう呟いたのだった。手にしていた小銭を床に落としてしまいそうになるほど私は動揺していた。
「かわいい猫ちゃん。撫でてもいいですか?」
私が答える前に彼女は手を伸ばした。能力者が私以外に、しかも同じ杜王町にいるなんて思ってもみなかった。面倒な事になってしまったと能力を発動させようとすると頭にほんのりと暖かいものが乗った気がした。右と左を行ったり来たりしながら優しく触れられる。
美しい手だった。爪はしっかり整えられ、ベージュのシンプルなネイルが施されている。肌は色白で余計な脂肪が無い。そんな理想の手が間接的に私に触れたのだ。処分してしまおうなんて思惑はすっかり消え去った。
「……キラークイーンも貴女に懐いているようだな。喉を鳴らして本当の猫のようだ」
「えへへ。やっぱり幽霊でも猫は猫なんですねえ」
キラークイーンは目を細め、喉を鳴らしながら彼女の手に頭を擦り付けている。そうすると彼女はカウンターから身を乗り出してキラークイーンの頬を撫でたり耳を撫でたりする。私にも感覚が伝わっているなんてことも知らずに。
「他にも見える人がいるなんて驚いたな。また、会いに来るよ」
「ふふ、待ってます。その猫ちゃん連れてきてくださいね!」
お釣りを財布にしまって本屋を出る。なんとなく出していたキラークイーンのお陰で理想の手を見つけることが出来た。今度はキラークイーン越しではなく、直でその感触を、温もりを、味を堪能したい。
歩きながらふと一つの案が思い浮かんだ。どうしても間接的に撫でられた時の温もりが忘れられない。生きている彼女の新鮮さと自分から私を求めてくれるという幸福感が愛おしくて仕方なかった。切り落とした手は数日もすれば腐敗し穢れていくものである。だが生きている手はそうはいかない。本体が健康である限りは死ぬまでそこにあり続けるのだ。これ程魅力的なことが他あるだろうか。
あの店員の左胸には萩宮鴇子、と書かれていた。この杜王町では非常に珍しい苗字だら調べれば直ぐに見つかるだろう。あの店に通ってもっと美しい手に育てるのも良いかもしれないし、それが面倒くさければ攫って閉じ込めてしまえばいい。キラークイーンを餌にすれば彼女は罠に気づかない獣のように簡単にやってくるだろう。
「待っていてくれ鴇子。ああ、暖かい彼女というのも悪くないかもな……」
張り詰める下腹部には気づかない振りをしながら颯爽と町を歩く。手柄をあげたキラークイーンを彼女と同じように撫でてみたがそっぽを向いてしまった。
やはり、彼女の手は特別なのだろう。