誰かの描いた運命線
お姉さまが行方不明になった。
お母さまが劇に夢中になっている間に、どこかに逃げてしまったようで、お城の中は大変な騒ぎになってしまっていた。
「ご無事でしたか!」
「ええ。いなくなったのはお姉さまだけよ」
お姉さまは何も知らせてくれなかった。私にとってたった一人の姉、たった一人の信頼できる人だったのに。何故私を連れてってくれなかったのか。何故私をこんなところに置いていったのか。
「姫様。ガーネット姫様がしていた仕事はこれからは貴方が……」
「分かってるわよそんなこと、身体の弱い私でも、それぐらいできるわ」
私は未だに籠の中の鳥。飛び立ったお姉さまは私の鍵を奪ってしまったのだ。これからは警備も監視も強くなるだろう。ずっとこのお城で、ずっと偽りの笑顔を続けなければならない。死ぬまで、ずっと。
転機は意外と早く訪れた。
お姉さまが戻ってきたのだ。
あれからお母さまもおかしくなってしまって、謎の男と共に他の国と敵対するようになり、結局亡くなってしまった。そんな中戻ってきたお姉さまだけど、会う気にはなれない。
「……イリア、いますか?」
お姉さまの声だ。声をかけるのに戸惑っていると、ゆっくり扉が開いた。離れていたのは数日だけのはずなのに、昔とは違う明るい瞳……希望の光があるように見えた。なにか大切なものを見つけた時の瞳だった。旅でなにがあったの、なにを見たの、なんで私を置いていったの、言いたいことは山ほどあったけれど何一つ言葉にならなかった。
「……イリア、ごめんなさい」
「おねえ、さま」
暖かいものに包まれた感覚。お姉さまだ。新しいドレスに新しい……女王のティアラ。見た目も地位もたった数日で変わってしまったけど、やはりお姉さまはお姉さまだ。
「いや……!もう私を一人にしないで!こんなところで、信頼できる人もいなくて……寂しかったの」
「ええ。私はこの国を守るの……もうこんな思いはさせない。なにがあっても、守るの」
そう言うとお姉さまは体を離し、涙目で俯く私の頬を撫でた。まるで真逆。何があっても挫けない強い心をもつ優しいお姉さまと、体も弱くて嫉妬深くて愛想が悪い私。
何故姉妹なのにこんなに違うんだろう。そう思いながら、目の前の女王の肩に手を置いた。
「ほら、お姉さまはもう女王になるんだから、早くみんなのところに行かないといけないでしょう?」
「……そうよね」
お姉さまの瞳が揺れた。私がおかしいって気づいたからだろう。これはお姉さまにしかできない仕事。私は影でお姉さまを支えるの。
小さい頃から教わったことでもあるし、生まれる何十年も何百年も前から『妹』はそうしてきた。私が生まれた時点で決められていたことを……運命を受け入れるしかない。
もう誰にも迷惑をかけたくない。
「イリア……あなたの人生はあなたのものよ、あなたの思うとおりに生きなさい」
「お姉さま……?」
お姉さまは私の両手を握り、そう言った。
どうしたんだろう。これは、前から決まっていたことなのに。私が望んだことなのに。
思うとおりに生きる……自分のしたいように。
この言葉が、籠の鍵だ。
「これがお母さまが最後に残した言葉。あなたと私に向けた言葉……ねえ、自分だけが不幸になればいいなんて思わないで」
「で、でも!私が辞めてしまったら誰が代わりになるの?」
「アレクサンドリアのイリア姫はイリア、あなただけなのよ。代わりなんていない、誰もできない。でも……もう縛られる必要はないの」
もう一度暖かいものに包まれる。閉ざされた部屋の窓から差し込む明るい光、希望の光だ。運命に抗うことができる、私は自分のしたいことを自分で決められる。小さい頃のように、お庭で遊びたい。アレクサンドリアの城下町よりも遠い場所に行ってみたい。お姉さまがこの数日で出会った人たち……お姉さまを助けてくれた人に会ってみたい。色んな思いが溢れて、今すぐに外に飛び出してしまいたいぐらいだった。
今日が人生で初めて、幸せと思える日だった。