一目惚れの追熱





それは一瞬だった。
いつもと変わらない食堂からの帰り道。一度自室に戻ろうとする途中で、誰かが前から歩いてくるのに気がついた。すらっとした体、ダークブラウンの髪、そして人を寄せ付けまいとする雰囲気。私に見られているのに気づいているのかどうかは分からないけれど、視線も向けずに颯爽と歩いていった彼に私は完全に射抜かれてしまっていた。
普段は落ち着いているはずの私の鼓動は全く言うことを聞かない。とくとくと熱い音を立てながら私の体を奮い立たせている。戦闘中じゃないのに、何故こんなにも心が忙しないのだろう。恥ずかしくなってしまって、駆け足で自室に戻った。

その後も何度か彼とすれ違うことがあった。ただ、私はあまり人付き合いが得意な方ではなく友達もいない。情報も集められないまま彼を眺める日々が続いていた。あのがっしりとした手を握ったらどんなに安心できるだろうか。あのすれ違う度に爽やかな香りのする体に抱きしめられたらどんなに心地良いだろうか。そんなことばかり考えてしまって訓練もままならない。

(明日もまた、会えるかな……)

ベッドの上で彼の顔を思い浮かべる。今度あったら、話しかけてみよう。そして名前を聞いて、私も自己紹介をする。そうすれば友達とまではいかなくても知り合いにはなれる。頭の中でリハーサルをしているうちに、気づけば私は眠りに落ちていた。

翌朝、私が庭で何気なく空を眺めていると、後ろでがさりと物音がしたのを聞いた。慌てて振り返ると、例の彼がそこに立っていた。一度も合ったことの無い視線。でも今、彼はちゃんと私を見ている。

「え、と……どうしてここに?」
「……べつに」
「えっ?」

会話が噛み合わない。彼は私から目を逸らしたかと思うと、私の傍にあった木に寄りかかってため息をついた。昨夜は自己紹介をしようと思っていたけれど、とてもそんなことができる状況ではない。なんだか居心地悪くなって、一旦戻ろうと建物に繋がる道の方へ歩き始めたその瞬間。今度は彼の方から話し始めた。

「その、俺のこと、よく見てただろ」
「ご、ごめんなさい!今度から気をつけるから……」
「そうじゃない」

再び目線をこちらに向けた彼に驚いて、今度は私が目を逸らした。

「普通のやつは、目的は何かは知らないがくだらない理由をつけて話しかけてくる。でもあんたはしなかった」
「それは、ただ私に勇気がないだけで……」
「あんたの目線は、他のやつとは違う」

確かに思い返してみると、彼はキスティス先生ややんちゃで噂のサイファーと一緒にいる……絡まれていることが多いような気がする。

「いやだったらごめんなさい。私、貴方に興味があるの。その……雰囲気のせいなのかな、びびひってきちゃった」
「……」
「私、イリア。イリア・#苗字#。あなたは?」

あれだけ緊張していたはずなのに、いざとなるとすらすら言葉が出てきた。彼は何も言わないけれど、眉間の皺と少し傾げた首のせいで戸惑っているのがよく分かる。

「……スコール・レオンハート」
「スコール、スコールかぁ……ふふっ」
「何がおかしい」
「ううん、想像していたよりもかっこいい名前だなって」

寝る前に思い描いた色んな名前たちよりも、とっても彼にピッタリの名前だ。そりゃあ、本人の正式な名前なんだから当たり前なのだけれど、すごく似合っているいい名前。

「悪かったな」
「ちが、そういう意味じゃ……」
「……分かってる。その、イリアもよく似合ってる名前なんじゃないか」

彼はそっぽをむいて言った。スコールはかっこいいけど、意外と恥ずかしがり屋さんなのかもしれない。木のそばに寄って彼を見上げると、驚いたのか背を木から離して立ち上がる。私より何センチも高いので自然と見上げる姿勢になってしまう。

「あの、スコールが嫌じゃなかったら、また話しかけに行ってもいい?」
「……ああ」
「ありがとう。ねぇ、まだ授業まで時間があるから自己紹介しようよ」

私たちはお互いのこと、まだ全然知らないでしょ?と付け足して木の下に腰掛けた。すると彼も少し離れて私の隣に座った。木漏れ日に照らされた横顔はまるで王子様のようだ。
授業なんて始まらずにずっとこの時間が続けばいいのに。そう思えるほど暖かくて幸せな時間だった。







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