だいたいこのあたりの部屋に四天宝寺の生徒が泊まっていることはこの三日間で把握していた。お風呂から上がったあと、適当な部屋をノックしてみる。ドアを開けてくれた人物を見て、ここは忍足の部屋だったことを知った。
「えへへ、来ちゃった!」
「あれ、誰もおらんなー。きっと風の音やなー」
「ちょちょちょ、風ってここ屋内ですけど!?私は!ここにおる!」
ドアを閉めようとしているのを察知して、素早く足を挟む。
「怖いん?」
「はい、その通りです」
「そう。可哀想やけどもう消灯時間やし自分の部屋戻ってな、おやすみー」
「無理無理無理、わかるでしょ謙子さん!おばけがいたのよ!ひとりとか耐えられない!」
「そうよねぇ、恐怖体験をしたんだものねぇ……」
「だからお願い!一緒に、一緒に……」
なんとかして部屋に上がり込みたい私は、必死の形相で頼み込む。
「一緒に一晩明かそう!!」
「は!?」
忍足がドン引きしているのはわかっていたけれど、これだけは譲れない。それに、忍足ならなんとかして丸め込めそうな気がしていた。
「うわー、引くわー」
ぱしゃり、とカメラのシャッターがおりる音がした。部屋のなかをのぞくと、いつの間にか忍足の後ろに財前が立っている。
「げ、財前もこの部屋やったん」
「ひどい言われようやわー」
「うふふ、ネバーマインド。ちょっと間違えました!それよりさ、朝までトランプしよ!」
「ふぅん、トランプ、ね」
にやりとする財前に一抹の不安を覚えながらも、ふたりの部屋にお邪魔した。意外と話の早い財前は、私からトランプを奪うと華麗なカードさばきで手札を配る。そうして三度ババ抜きをしたものの、勝者財前で不動のまま忍足と私で最下位争いをするはめになった。
「財前ばっか勝ってつまらんー!私も勝ちたいー!」
「謙也さん。負けたやつは?」
「い、一位の人を敬うこと……」
「つまらんつまらんー!財前様負けろー!」
「それ、敬ってるつもりですか?」
気分転換に窓を開けると、その瞬間何かが動いて背筋がひやりとする。もしかしてさっきのおばけだったりしないよね?
「……あれ、三人で何しとっと?」
「ひっ、喋ったー!」
腰を抜かしてしゃがみこむと、開いた窓からひょいっと千歳が顔をだしていた。
「ち、ちとせえええ!紛らわしいな!」
「ごめん……?」
「あ、千歳いいやん!財前様、私はここで革命を起こしたいと思います」
「ほほう?」
一緒に遊ぼうと千歳に声を掛けると、その場で靴を脱いで窓から入ってきた。
「よくやったみょうじさん!千歳なら財前……様……、を、負かしてくれる!」
「え、千歳こういうのん得意なん?」
「うーん、ぼちぼちたい」
四人でババ抜きを始めてしばらくは平和に進んでいたけれど、千歳の手持ちのカードがとうとう一枚になった。私がこの一枚を引いてしまえば、千歳はあがってしまう。
「あーあ、千歳あがりかぁ。ってうそやん!持ってるそぶりなかったのに!」
「ははは、切り札は最後まで内緒にしといたほうが良かよ」
「もう笑うしかない。さ、忍足はよ引いて」
「そんなん今ババひきましたーって言うたも同然やぞみょうじ!……あ」
こうしてジョーカーが忍足の手に渡ってすぐ、財前もあがる。こうしてひとりメンバーが増えても、私と謙也の最下位争いは変わることがなかった。
ぱしゃり、という音が聞こえてゆっくりと目を開ける。いつの間に眠ってしまったのだろう。身体のあちこちが悲鳴をあげていて、起き上がるのに苦労した。
「いったー、え?床やん。あれ、財前?なんで私の部屋に……あ、そっか」
昨夜の出来事を思い出して、それから先程のぱしゃりという音も目の前にいる財前を見て理解した。
「いくら私が美少女やからって、隠し撮りはよくないでー?」
スマホの画面を覗き見ると、財前は画像の整理をしていた。これは聞こえているのに返事をしない、つまり、無視をされているということ。
「ねぇ!そういう反応が一番辛いんわかってやってるやろ!ざいぜーん!美少女のとこ、つっこんで!」
「うーん、うるさぁい……」
「ぎゃ!誰!?す巻きにされとる!」
さっと財前のうしろに隠れると、ベッドの上には布団でぐるぐる巻きにされた誰かがいた。怖いもの見たさで無理矢理こじ開けてみると、そこには忍足と思われる髪の毛が見える。
「うわぁ、なんかわかる。怖いもん見たあと布団から身体はみ出てたら連れてかれる気ぃするもんな……」
財前がその様子を面白がって写真を存分に撮ったあと、未だ床で伸びている千歳をたたき起こしてみんなで食堂に向かった。全員そろったところでオサムちゃんが合宿二日目に言っていたええもんとやらをみんなに配ってくれる。
「名残惜しいけど、今日は最終日や。この夏の思い出に俺からみんなへプレゼントを渡そうと思う」
「私オサムちゃんのこと先生と思ったことなかったけど、今のは先生って感じ!めっちゃ嬉しいです!」
「何やと思っとったん、あ、俺まだ学生でもイケるってこと!?週明け制服着てこかなー?」
明らかにツッコミ待ちしているオサムちゃんをスルーして、可愛らしいラッピングが施されたそれを開ける。袋の中に袋、というのが幾度も重なって、さすがにうんざりしてきたところでころんと小さなこけしが出てきた。
「オサムはん、頑張りましたね」
みんなの表情が固まるなか、師範だけは感心している。
「オサムちゃんが昨晩寝ずに手彫りした、みんなの名前入りミニこけしやでぇ」
「の、呪われそうー!!」
「大丈夫や、ついでに誰も食べんかった塩飴入っとるやろ?」
「そういう問題じゃないってば」
どうしてもこけしをプレゼントしたいようなので一旦受け取って、暗黙の了解でみんなオサムちゃんの鞄にこけしをつっこんだ。
迎えのバスが来るまでの間、軽くラリーをするというのでいつものようにカメラを準備する。レンズはこれでいいかな、なんて考えながらファインダーを覗いていると、突然視界が真っ暗になった。
「え?何事?」
「なぁ、みょうじさん」
驚いて顔をあげると、小石川が目の前に立っていた。
「最後やし、テニスしてみぃへん?」
「え?でも私みんなの写真撮らないと、あとテニスできひん」
「写真もういっぱい撮ったやん、テニスは教えたるから大丈夫!な?」
「じゃあ、せっかくやし……」
是非、と握手を交わすと隣のコートから元気な声が聞こえてきた。
「なまえのねーちゃん!練習終わったらワイとラリーやろなー!」
「手加減したりや、相手は女の子やねんから」
「わかったー!!」
「ホンマにわかっとるんかいな」
小石川は意外と教え上手で、二、三回なら打ち返すことができるようにったる。ようやく慣れてきたものの、体力がゼロに近くなったころ、遠山が小石川と交代でやってきた。
「なまえー、いっくでー!これがワイのサーブやー!」
「ひっ」
ラリーというより、特技を一方的に体感させられているだけだった。心配してくれた白石が側でフォローしてくれたとはいえ、一歩も動くことを許してくれない。ハードすぎて泣きそうだけど、この状況をなんだかんだ楽しんでいる自分がいた。
「みょうじさん」
声を出せないくらい疲労している私とは対称的に、白石は息ひとつ乱れていない。
「お疲れのとこ言いにくいけど、最後俺と普通にラリーしてくれへんかな?」
「……うん!やる!」
しんどいけど嬉しくて、ふたつ返事で了承した。このラリーが終われば合宿も終わる。そう考えるとたったの四日間だったのに、随分と濃い時間を過ごしたなと改めて感じた。
「テニス、楽しかった?」
「全然!めっちゃしんどい」
「えー、テニス好きになってぇやー」
「テニスをしてるみんなは好き」
「お、デレた」
「そんなんちゃいますー」
堪えきれずに笑顔でいると、白石や他のみんなも笑いかけてくれた。
「あ、最後に集合写真撮らなあかんからみんな並んでー!」
テニスコートの上に並んでもらって、場所やアングルを整える。手ぶれしないように、三脚をセッティングした。
「はーい、撮るよー!みんな笑顔でねー!」
「はぁ?何言うとん」
「え?いくらお笑いが一番の一氏とはいえ、変顔はこの後にしてよ」
メンチを切ってくる一氏から視線を逸らすと、そうじゃない、と首を振っている小春ちゃんと目が合う。
「みんなって言うたらなまえちゃんもやろ?一緒に写ろっ!」
小春ちゃんに引きずられながら、タイマーもセットされていないカメラを見る。誰が写真を撮るのだろう、そして誰が一番にこのことに気付くのだろう。そんなことを考えながら、キメ顔をするみんなを見渡して笑ってしまった。
back / fin