◇スイセンを君に

「ねえ、さっきの子、誰?」

昼休み、廊下で話をした後も一人でボーっとしていたら、不機嫌そうにやってきた幼馴染のなまえ。
さっきの子、というのは女子テニス部の部長、友田さんのこと言っているのだろう。普段から悩みを聞いていた。と言っても個人のではなくテニス部部長としての悩みで、今回は練習内容についてだった。俺は副部長だし部長の葵に相談してみたら、と言ったこともあるが目がギラギラしていて怖いと暗い顔をしていた。女の子好きなのはある程度キャラみたいなところがあるが、思春期の女の子からしたら怖くも感じるのかなとおやじくさいことを思った。

「女テニの部長だよ」

「なんでサエに用があんの?」

「テニス部ならではの会話かな」

「ふうん……」

誰か、という問いに答えても、少しふくらんでいる頬っぺたがまだ不機嫌だということを語っている。

「どうしたの?」

「別に」

どうしたもなにも焼きもちを妬いていることくらいわかる。でもそれは絶対に言おうとしないから意地悪したくなってしまう。

「そう、なら良いんだ」

「……サエのバカ」

言い逃げみたいにパタパタと小走りで去ってしまった。バカという言葉でさえ可愛く感じるのはもはや病気かもしれない。ニヤついてしまう口元を手で隠していると黒羽が楽しそうな顔をしてやってきた。

「サエ、今のってみょうじだよな、付き合ってんの?」
「違うよ、幼馴染」
「え、そうなの?」

そういえば二人は同じクラスだったなと思い出す。だから好奇心も沸いたんだろう。それにしてもどこから聞いていたのかわからないが、不思議そうにこう言った。

「まるで、彼女がいるのに何他の子といちゃついてんのよ、って聞こえたのに」
「そんな感じだろうね、あれは焼きもちだ」
「嫌じゃないの?付き合ってないのにああいうの」
「なんで?お互い好きなんだから良いんじゃない?」

そりゃよく知りもしない子から彼女面されたら困るけど、と言えば呆れた顔をされた。

「あ、そう」
「それに束縛されるのは好きなんだ」
「あー、試合でも食いついてくるタイプだと楽しそうだもんな」

黒羽は「納得〜」と言って教室へ戻って行った。それと入れ替わりでなまえが慌てて飛び出してこちらへ向かってくるもんだから、両手を広げてみると勢いよくダイブしてきた。

「どうしたの?」

「彼女いるって本当?」

「なにそれ」

「バネが、サエに惚気られたって……」

「あー、うん、自慢した」

しがみつく力にぎゅうっと力がこもって少し苦しい。でもずっとこのままでいたい。

「俺のなまえは焼きもち妬きで可愛いだろって」

俺しか知らなくて良いんだけどね、と言うとビックリしたように俺を見上げる顔が徐々に赤くなっていって、その目には俺以外映らなければ良いのにって思った。



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