一歩一歩踏みしめながら手水の近くにたどり着いた時、ガサッという音と共になにかが飛び出してきた。驚きのあまり足が絡まりバランスを崩す。そこにやってくるものだから踏んでしまわないように体をひねった。変なこけかたをしてしまったが、すぐになにかを確認するとそこには目を大きく見開いた猫がいた。
「ビックリしたね、怪我してない?」
バクバクと煩い心臓を落ち着かせるように声を出してみた。猫は誰だこいつと言うようにジっと見てきたかと思うと、逆立った毛を舐めはじめた。猫も自分を落ち着かせているんだとわかると、少しほっとして口元が緩んだ。
先ほどとは正反対の草むらからガサガサ音がしたので、お友達かなと振り返った。そこには猫ではなくて人がいた。真っ白な肌、長い銀髪、少し釣り目の男の人。目が合った一瞬が、すごく長く感じた、というより時間が止まったように感じた。変な気分になりそうだった空気を壊したのは彼だった。
「……大丈夫か?」
「あ、はい」
神社にいるせいだろうか、なんだか神秘的なものを見てしまった気がした。そんな考えを払うように、パンパンと手についた砂ぼこりを落とした。お清め以外の意味でも手を洗いたくて立ち上がるが、力が入らずその場にペタンともう一度座ってしまう。その様子を見られているのが恥ずかしくて口早に言い訳をした。
「腰ぬけたみたいです」
「どう見ても捻挫やと思うんじゃが」
陸上部の友人が捻挫したと足首に湿布を貼っているのを見たことがある。自分がなったことはないので、そうですねなんて判断ができない。そんな私を察したのか足を伸ばせと言う。
大人しく両足を伸ばすと踵を持ち、ゆっくり足首を回し始めた。
「痛い!!!」
なにしているんだろう、そんな風に思ったのにある角度になると激痛が走った。
「な、捻挫じゃ」
「こ、これが捻挫……」
とりあえずテーピングだけしてやると、どこからか取り出した布っぽいテープを足首に巻きだした。
「ん、立ってみ」
「はい」
先ほどの痛みを思い出しゆっくり立ち上がったが、すんなり立てた。
「あ、立てる」
その場でそっと足踏みをしても痛みは感じなかった。
「癖になるとめんどくさいけえ、病院行きんしゃい」
「ありがとう。あの、お名前聞いても良いですか?」
少し口を開いたものの、なにか考えるように横目で後ろの神殿を見た。かと思えば小さくため息をついた。
「すまんな、名前は教えられん」
「あ!私はみょうじなまえです!」
「順番とかじゃなくて、俺はここの守り神じゃき本名を知られたらここにおれんくなる」
「どっか、遠くにいっちゃうんですか?」
「消えてなくなる、ただそれだけじゃ」
唇に人差し指をあてて「内緒じゃ」と一言付け足した。気のせいかもしれないけど、少し寂しそうに見えたから安心させるように応えた。
「内緒にする、約束」
小指をそっと差し出すと彼もゆるゆると小指を絡めてきた。でもこれは自分に警告を出していただけなのかもしれない。
「なまえ−!?」
階段の下から母の声が聞こえる。手すりにつかまってのぞいてみるともう少しで登り切りそうな母と父が見えた。
「行くの早いよ〜おいなりさん忘れて行ってるし〜!」
「ごめーん」
おいなりさんを持っているだろう片手を上げる母に一言謝り、彼の方へ振り返った。
「私のお母さんとお父さんも、」
挨拶しに来たの、そう続けられなかったのはもう誰もいなかったから。
彼がいた場所の奥では猫がのんきにごはんを食べている。ああ、あれはお供えじゃなくて猫のごはんだったのか。どうでも良いことなのになんだか目が離せない。
「この歳でこの階段きついわ〜」
登り切った母がぜえぜえと肩で息をしながら傍まで来る。
猫を見ながら彼はどこへ行ったんだろうと思っていただけなのに、何も知らない母は不思議そうに尋ねた。
「ボーっとしてどうしたの?」
彼が見ていた神殿に目線をうつす。もしかしてあの中に帰ったのかも。そう思ったけど何も見えない。
「ううん!白昼夢見ただけ!」
足元のテーピングを見てそう答えた。
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