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 この身体に生を受けてからの一番古い記憶は、両親の死に様だった。

 それはまだ私が産まれて間もなかった、初めての聖夜にあの男たちは闇に紛れて街を襲ったのだ。生き残りは私だけだったように思う。言葉も話せず歩くこともままならなかった私を母は室内にあった物置に隠した。

「かくれんぼよ。しゃべっちゃダメ」

 眼に涙を溜め、顔から血の気が引いたように蒼白になった母は赤ん坊相手に気丈に振舞ってくれた。父は私たちを守るため杖一本で立ち上がり、すぐに殺された。マグルだった母の命乞いの声は絹を裂くような悲鳴へと変わり、やがて何も聞こえなくなった。父が用意したクリスマスツリーは引き倒され、土が荒く床を汚し、母の自慢の手料理は家畜の残飯のように引っかきまわされた。私はそれを静かに物置から見ていたように思う。乳飲み子ながらここで泣き声でもあげてしまえば父の、母の犠牲が無駄になることは理解していたのだろう。私の両親を殺した男たちは二人だったが、やがて物音がすると玄関からもう一人現れた。いずれも上背のある男たちだった。夜の闇よりも暗いローブで頭まで 隠し、顔には悪鬼のような白い面を被っていた。だから、見えたのは男たちが動くたびにローブから僅かに零れる髪の毛だけだった。街の住人たちを殺したであろう途中合流した三人目の男が、幽鬼のようにゆらりと動くたびに緩いウェーブのかかった長い黒髪が揺れた。一番背が高かったように思う。私の母を殺した男は烏の濡れ羽のような、男にしては長い黒髪を覗かせながら何やらもう一人に話しかけていた。声は聞こえなかった。もっとも、聞こえるような距離に居ればすぐにでも気づかれて殺されていたことだろう。私はじっとその男をみていたように思う。その、父を手にかけた男を。月明かりがやけに鮮明に室内に差し込んでいた。静かな光がローブからはみ出た男の長い銀髪を照らしきらきらと輝い ていた。それを私は場違いにもきれいだ、と思ったのだ。ただただ、見ていた。



 育ての親である叔父にいつの日だったか聞いたことがある。

「お父さんたちは誰に殺されたの」

 私の疑問符のつかない確信めいた質問に叔父は軍人らしい浅黒い武骨な手をのせると、

「……知っていたのか」

と一言呟き昼間だというのに酒を一口煽った。叔父は私の質問にわからないと答えた。私を残して街を壊し殺戮の限りを尽くした男たちは未だ捕まっていないらしい。
 両親の死に顔は安らかだった。不自然なほど外傷がなくまるで今にでも「おはよう」と起きてきそうだった。
 私は叔父の首に抱き着いた。彼は魔法使いではなかった。ただのマグルの軍人だ。けれども私はきっと魔法使いだ。私が、私だけが仇をとれるのだ。それから数年後、十一歳になる年、ホグワーツへの入学案内が届いた。私にはそれが両親や街の人たちを無残にも殺した≪デスイーター≫への復讐の案内状に思えたのだ。



 突然だが、私には前世の記憶があった。だから私は知っていた。私の同級生に≪英雄≫がいることを。だからこそグリフィンドールに入るわけにはいかなかった。物語は決して少なくない犠牲の上に勝利を収めるはずなのだ。それが私というイレギュラーの介在で悪い方へと転がり落ちたら堪ったものではない。私などが何をできるでもない、自惚れのようなものかもしれないが可能性は潰しておきたかった。スリザリンは嫌だった。ダメなのではなく単純に私が嫌だった。もしかしたら朝一で挨拶を交わす子の両親がデスイーターかもしれないのだ。そんなところでおちおち眠っていられない。それに私は純血ではない。どちらかといえばマグルの血の方が濃いから純血主義という名の民族主義にはつ いていけないだろう。レイブンクローも避けたかった。頭を使うのは嫌いではないが、叔父に鍛えられていた私は体を使う方が好きなのだ。寮に入るためにいちいち問題を解かなければいけないなど勘弁してほしい。だから、私の選ぶ道は一つしかなかった。これで私の七年間の身の振り方が決まると言っても過言ではないのだ。だというのに――

 (う〜む……目的のためには手段を選ばぬ気質はスリザリンじゃが)
(ハッフルパフハッフルパフハッフルパフ)
 (しかし度胸に関していえばグリフィンドールの素質もあり、頭を使うことも苦ではない)
 (ハッフルパフハッフルパフハッフルパフ)

「よし、スリザ――」
「チクショウがああああああ――」

 帽子を床に叩きつけ私は激怒した。必ず、かの邪知暴虐な帽子を除かねばならぬと決意した。何故、なぜこの帽子は人の話を聞かないのだ。ハリーは自分の望みを通してグリフィンドール入りしたではないか。もうこの時点で二十分は経っている。あまりに過ぎた組み分け困難者に教師も生徒もざわついているではないか。

 (私はハッフルパフに入りたいのだ)
 (う〜むスリザリンが嫌ならここはやはり……)

「グリフィン――」
「人の話を聞けええええええ――」

 一部から悲鳴が上がった気がするがそんなものに構っている余裕はない。何故だ、ハリーは主人公補正があったのか。けれど――

 (私はハッフルパフに入らなければいけないんだ)
 (しかしお前さん、やさしさの欠片もなければ忠実ですらない……)
 (貴様……ケンカ売ってんのか。私は、自分にはいつだって忠実に生きてきたさ)

「う〜む……まあいいか。ハッフルパフ!」

 最初からそうしておけばいいのだ。もったいぶりやがって。呪詛を吐きながら帽子を椅子に置いて教授席を振り返る。遠い昔に画面を介して見たことのある顔が並ぶさまは壮観と言って差し支えない。その中で一人、ふと眼に留まる男がいた。頭からつま先まで塗り潰したかのように黒で揃えた、育ちすぎた蝙蝠と揶揄されている男。我ながら騒がしい組み分けだったと思うが、一瞥もくれることなくとある一点を睨むように見つめていた。何を見ているのかなんて、そんなもの確かめなくても予想がつく。
 ――セブルス・スネイプ。哀れな男だ。愛するひとをその手で殺めたも同然の男。愛も闇の魔術の仲間も、どちらも手に入れようと欲張ったがために、どちらの咎も背負ってしまった。
ふと、瞳をそらしたスネイプと視線が交差する。闇のように底の知れない瞳はいつかの夜を思い出させる。何故だか、見てはいけないものを見てしまった背徳感に襲われて私は瞳を伏せ頭を振った。

 ――嗚呼、この十一年とこれからの七年は、あの夜のためにあるのだ。
 私は今一度ひとり舞台の役者のように大仰な動作でぐるりと大広間を見渡した。

 さあ、復讐劇をはじめよう。