(…だめだ…朝の有馬の言葉が気になって集中できねぇ…)

パソコンをカタカタと打つ…フリをしながら、古田はそうっと有馬の様子をうかがった。入社から数か月も経てば、もともと優秀だった有馬は古田のフォローなしでも仕事を回し始めた。最近は一人で営業も行って契約を取ってきた。

(俺のこと好きな人がほかにもいる…?ってことだよな…あの言い方だと…)

まるで何もなかったかのように働く有馬は今日も忙しそうだ。ビジネススマイルを振りまいて先輩に仕事を頼んでみたり、同期にヘルプで呼ばれて答えてみたり…。

(…聞けるわけないよなぁ…忙しそうだよなぁ…)

と。

「陽くん」
「ふぇあい!!」

不意に後ろから声をかけられ、古田は何とも言えない情けない声で飛び跳ねた。
振り返るとそこには安達。

「ふふっ。どうしたの?」
「あ、え、いや…その…」

(え…?昨日こ、告白してきた…んだよね?え、なんでこんなに普通なの!?)

「仕事サボって何見てたの?」

まだ動揺する古田に構わず、安達は少し屈んで古田と同じ目線になって今見ていた視線の先を見た。

「あ、あの!!全然サボってないし…!!あの、ち、近いし…!!」

すぐ真横にいる安達の顔を、古田は見ることができない。
対する安達は横目で見るのが精いっぱいの古田の様子に小さく笑ってからファイルを差し出した。

「これ、陽くんの今月の営業リストね」
「あ、あああうううん!!あ、ありがとう…」

(だめだ…!!変に意識すると普通の接し方がわからん…!!っていうか普通ってどんなんだ!?)

カチコチに固まってかろうじてファイルを受け取ると、安達はもう一度にっこり笑って立ち去った。無意識にため息が漏れる。

(…そうだ…こっちも解決してないんだった…)

「古田くん…?安達さんとは…どういう関係…?」
「っえ!?」

と、安心した瞬間別のところから近づいてきた先輩後輩同期数人。

「ご飯行ったんでしょ?二人?二人よね?」
「なんでそれ知って…!!」
「お酒飲んだのか?お酒入れたのか?」
「えっ、いやまぁ居酒屋だったんで…」
「ってことは…ワンナイトラブか…?」
「んなわけあるか!!!!」

思わず大きくなる声。ふと我に返って周りを見れば話を聞いていなかったであろう人たちが嫌そうに顔をしかめてこちらを見ていた。

「普通にご飯行って、帰ってきた。それだけです」

声量を落としてそう言えば、分かりやすく面白くなさそうな顔をする面々。

「なんだよぉ…もっとあるだろいろいろ」
「そうよ。じゃあなんで陽くんなんて呼ぶようになったのよって話じゃない」
「それは…呼んでいい?って聞かれたから…」
「聞かれて?それで?なにもなかったの?」
「ないです。はい、もう話は終わりです!!ほらほら散った散った」

しっしっと手で振り払えばえーと声を上げながらもみんな持ち場に戻っていく。

「はぁ…」

盛大なため息。今日だけは許してくれと、誰にでもなく心の中で呟く。
その様子を、有馬はじっと見ていた。


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:


「古田戻りました〜」

昼ごはんの時間には案の定先輩後輩構わず何人もの人に囲まれ、昼ごはん後半分逃げるように外周りに出た。帰ってきたのは終業後の人がまばらになった時間。
誰もいないかとも思ったが一応声をかければ。

「あ、お疲れ様」

安達がパソコンの前に座っていた。

「あ、おう…お疲れ…」

安達の言葉に返事を返しながら、なんとなくホワイトボードの有馬の部分を見ればすでに『帰宅』の文字。

(なんだよもう帰ったのかよ!!)

俺を助ける気はないのかと見当違いの八つ当たりを心の中で有馬にする。

「有馬くんなら今さっき帰ったよ」
「…え?」

不意に、安達が声を上げた。パソコンを見たまま古田の方には向かずに口だけを動かす。

「有馬くん見てたんでしょ?朝も」
「え、ああ、まぁ…そりゃ直属の後輩だし…気になるよな」

朝というのが何のことなのかというのはすぐに分かった。

「有馬くんの方が優秀なのに?」
「おい…凹むわそれは」

古田の言葉にふふっと小さく笑う安達。そんな安達の姿に思わず古田も笑う。




「返事…いつ聞ける?」

ふと。突然。安達がぽつりとつぶやいた。

「返事、いつになったら言ってくれる?」

もう一度古田に伝えるように目を見て同じことを言う。そんな安達の目から古田は逸らせなくなった。

「あ、いや、えっと…」
「早く聞きたいの」

安達が目を伏せたことで古田は視線を漂わせた。

「えっと、その…安達は俺の…どこが良かったの…?」
「…優しいところ」
「俺そんなに優しい?」
「昔、入社してすぐのころわたしの事助けてくれたの覚えてない?」
「安達の事…?」

入社したころのことを振り返ってみるが、安達を助けた記憶はない。

「そうやって忘れちゃうほど当たり前に人を助けられるところが好きになったの」
「ご、ごめん…なんか…忘れちゃって…」

謝らないで、と安達は困ったように笑う。

「…」
「…」

何とも気まずい沈黙が流れる。

「えっと、正直すっごい嬉しかったよ、安達にその、す、好きって言ってもらって…」
「うん」

それに耐えられずに古田は一つ一つ言葉を選ぶようにゆっくりと話し出した。

「嬉しい…うん、嬉しかった…まずありがとう」
「うん」

なんといえば一番いいのか分からない。だって付き合ったことなんで一度もないんだから。
いろいろな言葉が頭の中でぐるぐるとまわる中、古田は口を開いた。

「ごめん」








「…」

中の声はしっかりとは聞こえない。それでも中にいるのが古田と安達だというのは声質で分かった。
有馬はしばらく足元を見つめると、今日は資料を取りに戻るのはやめて廊下へ足を向けた。