「申し訳ありません!!」

救急車を呼び、古田を病院へ運び簡単な症状を聞いた後、すぐにオフィスに戻った有馬は上司の前で文字通り土下座をした。

「ま、まぁまぁ、有馬くん・・・君だけのせいじゃないだろうし」
「完全に僕のせいです!!今日集中力のなかった僕の注意不足です!!」

いつもの有馬らしくない態度に目の前で困惑する上司。
有馬にはそれすらも気がつかなかった。

「・・・有馬、今日はもう帰って良いぞ」
「っでも・・・!!」
「いいから。帰りなさい」

何があっても上司からの命令は絶対だ。しかもそこに心配の色が隠れてるとあれば素直に聞くしかない。

「分かりました・・・すみません・・・」
「・・・どうせ家に帰っても古田の心配ばかりしてしまうんだろ?だったら病院行け。何かあったらまたここに電話してくれたら良いから」
「・・・分かりました」

少し思い空気の流れたオフィス内。

「有馬くん」

そこに不意に女性の声が響いた。
後ろから聞こえた声。有馬はその声にゆっくりと振り返り。

「安達さっ・・・!!」

名前を呼ぶその声は乾いた音でかき消された。

「・・・何してるの・・・?」

じんじんとした頬の痛みで有馬はやっと自分が殴られたと分かった。

「安達さん・・・」
「何してるのって言ったの聞こえなかった?」

周りがざわざわとざわめき出す。上司が遠慮がちに安達を止めようとしているのが視界の端に入る。
が、有馬は安達の怒りに満ちたその目から目が離せなかった。

「あんたも・・・私と一緒なんでしょ?」

その言葉の意味が分かる人間が、ここには何人いるだろうか。

「・・・はい。そうですね」
「だったら何迷惑かけてんの?」

言い返す言葉もないほどの正論。有馬に出来ることはただ安達を見返すことだけだった。

「・・・何に遠慮してるのか分からないけど・・・それでこんなことになるならここから消えて」

最後にキッと睨んで自分の席へと戻る安達。
有馬は最後まで何も返せなかった。


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「階段から落ちた事による軽い脳震盪です。今日中には目を覚ますでしょう。それよりも右足の骨折の方が重傷ですね。とりあえず明日一日様子を見て退院は明後日になりますかね」

医者の言葉を頭で繰り返しながらドアをノックする。

「・・・はい?」
「・・・え・・・?」

もちろん中から返事はないと思っていた中で聞こえた声。

「古田さんっ!!」

他の部屋に迷惑になるほどの大きな音でドアを開けると。


「・・・おぉ、有馬・・・」

そこには小さく手を上げベッドに横たわる古田がいた。





「良かったぁ・・・」

もうろうとする意識の中、床にへたり込む有馬がうつる。慌ててそこに駆け寄ろうとして自分の体が思い通りに動かないことに気がついた。

「・・・はは・・・ちょっと・・・俺動けないから・・・自分でこっち来てよ・・・」

言葉も思い通りに出てこない。そこで自分が階段から落ちたことを思い出した。
ふらふらとした足取りで自分の横にある椅子に座った有馬。その有馬の手にそっと触れる。

「怪我・・・してないか・・・?」

ピクリと有馬の腕が震える。

「あの・・・俺・・・古田さんに・・・」
「あー・・・気にすんな・・・って言っても説得力ねーか・・・」

ははっと笑ってふざけてみても有馬は笑わない。

「俺も・・・お前のプライベートに突っ込みすぎたかな・・・って・・・だからお互い様だ」
「違いますよ」
「・・・え・・・?」
「お互い様なんかじゃないです。プライベートとかでもなくて、俺が勝手に安堵して、それと同時に悩んでただけなんです」

どういう意味かと聞こうとして。

「もう・・・耐えられないんです」
「有・・・馬・・・?」

目の前で悲しそうに笑っている有馬に言葉を発するのをやめた。その表情の意味は古田には分からない。が、急速に意識が晴れていく感覚だけは鮮明に感じた。

「最初はそんなつもりなかったんです。こんなこと言うつもりなんて・・・。でも・・・それで迷惑をかけてしまうなら・・・」

ベッドの脇の椅子からゆっくりと立ち上がる有馬。

「返事はいりません。最初で最後のわがままです」

早く声を出せ、体を動かせ。今なら間に合う。
何に間に合うのかは分からないがただ脳がそう警鈴を鳴らす。
が、こう言うと時に限っていつものように動けなくて、いつものように声は出ない。

有馬が動くと同時、ふわりと柔軟剤の良い香りが鼻をかすめる。





「好きです。古田さんのことが」




相変わらず動けないし声は出ないが、ただただ唇に残る有馬の感触だけがその現実を突きつけた。