「じゃあ、これ。次の会議に回しとくから」
「ありがとうございます」
上司に資料を回してちらりと時計を見ると12時を過ぎたところ。
そろそろご飯を食べて、昼からの営業の準備をしなければならない。
「有馬ぁ〜」
ぐるりとフロアを見渡せばいつもの席にいる有馬。
「っはい…!!」
「飯行くぞーそのまま営業だ」
「…あっ、はい、今行きます」
ガタリと席から立ち上がる有馬。その様子がいつもと違って、古田は少し首をかしげた。
「…どした?なんか今日ぼーっとしてね?」
「え…そう、ですか?」
「んーいや、朝は思わなかったんだけどな…会社来てなんかあったか?」
「…気のせいですよ!!」
「…ほんとだな?」
「はい」
絶対に気のせいなんかじゃない。古田的にはそう思うのだが有馬からはこれ以上聞くなというオーラが全開で、結局古田はこれ以上詮索するのはやめた。
episode04.好きです。
「えっと…次は…あ、そうだ俺1回本社寄る予定あるんだよね。ついでに言っていい?すぐ終わるから」
「…」
「…有馬?」
「…」
「あーりーまー」
「…」
「おいこら有馬!!」
「っ!!は、はい!!」
やっぱりどう考えてもおかしい。ここは先輩として心を鬼にして注意すべきだ。ある程度集中力が切れてしまうのは人間としてしょうがないかもしれない。が、これでは仕事に支障が出る。
「あのなぁ、今日ほんとおかしいぞ?」
「…すみません」
「何かあるなら俺に相談する!!何も無いなら集中しろ!!」
「…はい」
「よし、行くぞ」
「…はい」
:
:
「おう、有馬。ごめん、待った?」
「いや、大丈夫です」
本社での用事を終えて有馬の元に戻ると階段前の壁にもたれ携帯を弄っていた彼はすぐにそれをしまった。
こういうところまでかっこいいんだからこいつはずるい。なんて、心の中では思ってみる。
「なんか用事?」
「あぁ、いや、ちょっとれなさんと」
「れなと・・・?」
「あ、すいません・・・仕事中なのに」
知らず知らずのうちにどうやら険しい表情をしていたらしい。
「あーいやまぁちょっとくらいなら全然良いけど・・・って他の先輩の前ではするんじゃないぞ!!俺の時だけな!?普通怒られちまうからな!!俺が優しいだけで!!」
「・・・っふふっ・・・分かってますよ。古田さんの前でしかしないですってば」
会社に着いてから初めて有馬が渡った表情を見せたことに内心少しホッとする。
「・・・っふ・・・バカかお前は!!俺の前でもすんなっつの!!」
「古田さんじゃないですか。いいって言ったの」
と、不意に古田の携帯が鳴ったことで今日一番と言えるほどの和やかな雰囲気が断ち切られた。
「あ、わり」
「どうぞ」
有馬に一言断りを入れて画面を見れば自分たちの直属の上司の名前が表示されていて思わず固まる。
「もしもし?古田です」
覚悟を決めて電話に出れば。
『・・・古田か?今有馬と一緒だろ』
「・・・あ、はい・・・有馬がどうかしました?」
『・・今日出した書類、ミスがあった。』
「は、え・・・?」
『たいしたミスじゃないからこっちで処理しておくが・・・一個のミスじゃなかった。ちょっと集中力ないんじゃないか?有馬にもお前から言っておけ』
世にも珍しい、否、古田が見たことのない有馬のミスという件での電話だった。
横で少し心配そうに古田を見ている有馬を横目に一言謝罪を入れて電話を切る。
「俺・・・ですか?」
どうやら本当に有馬はミスに気がついていないらしい。
「お前、今日の書類ミスしてたってさ」
「え・・・」
「しかも一個じゃなかったってよ」
「すみません・・・」
またさっきまでと一緒だ。古田は心の中で小さくため息をついた。
「・・・あのなぁ・・・ほんとに何もないのか?」
「・・・」
さっきまでと違うのは黙り込んでしまったこと。
「何かあるなら本当に言えよ。俺だってミスすることあるし、ミスが悪いとは言ってない。ただちょっとおかしいだろ」
「・・・」
「なぁ、有馬!!」
「ほっといてくださいって!!」
不意に。
有馬が大声を上げ、古田は聞いたことのないその声に思わず固まった。
対する有馬も自分で自分の声に驚いたように口を手で覆った。
「・・・すみません・・・ただ・・・本当に何もないですから・・・」
ぽつりと呟くように吐き捨て古田の横を通り過ぎ、階段へ向かう有馬。
「っ待てよ!!」
何も考えていなかった。
ただ気がつけば有馬の腕をつかんでいた。
そして。
「・・・っ!!」
腕をつかんだと同時、階段を降りかけていた有馬が体勢を崩した。
有馬が落ちる。助けないと。
次の瞬間に古田の頭の中にあったのはそれだけだった。
落ちていく有馬の体を力任せに引っ張り上げる。それと比例するように引っ張られ階段へ重心が倒れていく自分の体。
最後に古田が聞いたのはガンッという鈍い音と有馬の叫ぶ声だった。