「…れなさん…」
勢い任せに行ってしまった言葉。後悔してももう遅い。
逃げるように病室から出れば、そこにいたのはれなだった。
「…知ってたよ」
俯いたままのれなが小さい声で呟く。
「…知ってた…っていうか…うん、そんな気がしてた」
俯いたままのれなの表情は有馬には見えない。ただただ黙って聞いていることしかできなかった。
「有馬くん、私の事応援してくれてたんじゃないの?この前のは私を騙してたって…」
「それはない」
ゆっくりとれなが顔を上げる。ここで初めて有馬はれなと目が合った。
「そんなつもりは、まったくなかった」
今度はれなに言い聞かせるように。有馬はれなから目をそらさずに言った。
「・・・分かってる。有馬くんがそんな人じゃないって・・・ごめん」
どれくらい時間がたっただろう。
ふとれなが目をそらして小さく呟いた。
「れなさん・・・」
「ごめん・・・完全に八つ当たり。・・・なんで陽にいは男から告白されて黙ってんのよ・・・って」
ぽつぽつと呟くれなに有馬は言葉を返すことが出来なかった。
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次の日、いつも通り朝起きて朝ごはんを作って、―――そこで初めて今日が土曜日だと思い出した。
「はぁ・・・」
一人誰もいない部屋でため息をついて作りかけていたご飯の手を止める。
もうすでに着ていたスーツがしわになるのも気にせず、どさっとソファーに寝転んで近くにあった携帯を見ればちょうどピコンとメッセージが届いたことをお知らせしてきた。
《朝から悪いんだけどさ、今日来れたりする〜?手伝ってほしいんだけど》
ナイスタイミングで届いたメッセージは古田から。有馬は文字通り飛び起きた。
いかにも古田らしい文章。あんなガタイいいくせにちょくちょく絵文字とか使ってくるあたりが古田っぽい。
今日はなぜか最後についてるペンギンさんの絵文字。まったくもって何の意味もないその絵文字に有馬は小さく笑った。
昨日は勢いであんなことを言ってしまったが古田は思ったよりいつも通り接してくれている。否、気を使ってそうしてくれているんだとしても有馬にとってはありがたかった。
《行けますよ。何時ごろ行ったらいいですか?》
軽快に文字を打ち込んで古田に送信した有馬は今度こそ朝ごはんの準備の続きを始めた。
episode05.餌付けされます。
「失礼しま…って何やってるんですか古田さん」
「おう有馬!!何ってみたらわかるだろ?着替えてんだよ」
古田が指定してきた午後二時。言われた時間ピッタリに病室に入れば入院服を畳むのに悪戦苦闘している古田がいた。
「あーもう、貸してください」
いつまでたっても前開きのその服に苦戦している古田に有馬はため息とともにひったくった。
まるで昨日の告白の事は何もなかったかのような古田の様子に少しの安堵。
「それで?なんで着替えてるんですか?退院明日でしょ?下の売店でも行くんですか?」
「んなわけあるか」
ササッと服を畳んで病室の棚の上に、そうして古田の方を見れば古田はすでに片方にスニーカー、片方にサンダルを突っかけて松葉杖に手をかけていた。
「脱出するんだよ」
にやり、と。古田が笑って近くにあったリュックを手に取る。
「…はぁ?」
それに対して有馬は分かりやすく顔をゆがめた。
「あ、あっう、嘘だよ?有馬?普通にあの、俺が元気すぎるからもう退院していいって…」
よほど顔に出ていたのだろう。慌てた古田が今持ったばかりのリュックを放り投げて有馬に近づく。
「…それは本当ですね…?」
「ほ、ほんとほんと!!」
「嘘だったら…どうなるか分かってますね?」
「ほんと!!ほんとだから!!ど、どうなるかはわかんないけど!!でもほんと!!」
そこまで古田に言わせてやっと有馬は笑顔を見せた。
「ま、そこまで言うなら信じましょう」
「有馬ぁ〜…」
「ほら、行きますよ。手続して、帰るんでしょ?そのために俺を呼んだんでしょ?」
「おう!!」
放り出されたリュックを拾って持ち上げた有馬はもう片手で古田を支えた。
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「そういえばさ、さっき言ってたじゃん?」
帰り道のタクシーで不意に声を上げたのは古田だった。
「さっき?」
「そう。嘘ついてたらどうなるかわかってるか…ってやつ」
「あぁー…あーはい、言いましたね」
「もし、俺が嘘ついてたら…どうする?」
にこにこと楽しそうな古田の笑顔。タクシーという狭い空間の中で古田が密着してくる。
「…嘘だったんですか?」
ドキドキとなる心臓の音が聞こえないように、有馬は不機嫌な表情を顔に張り付けた。
退院の手続きも滞りなくできたため、古田が嘘をついているというのはあり得ない。
「いや、もちろん嘘じゃないよ!?うん、嘘じゃない!!」
途端に慌てた顔の古田。その代わり様に有馬は少し意地悪そうに笑った。
「そうだなぁ…もし嘘だったとしたら…」
先ほど古田が近づいてきたように、否、それよりも近い距離に。
「な、なんだよ」
そこでやっと有馬のいつもと違う空気に気が付いたのか古田が少し後ろに下がった。
「夜ごはん、奢ってください」
耳元に口を近づけてそうささやき離れれば、あっけにとられた表情の古田に思わず笑いが込み上げた。
「な、なんだよ!!晩飯ぐらいべ、別に嘘ついてなくても、お、奢るっての!!ははは!!」
どこからどう見ても慌てた様子の古田にさらに笑いが込み上げる。この様子だとどうやら古田は自分の事を嫌いになったわけではなさそうだ。そもそも昨日の告白で嫌いになってたとしたら今日自分は呼ばれていなかっただろう。そのことに有馬は小さく安堵のため息をついた。