「お前さ、独り暮らししないの?」
「独り暮らしですか?」
「うん」

会社への行きの電車。無事遅刻の時間は回避した電車内で声をかけたのは古田だった。

「んーまぁちょっと遠いんで、したいんですけど…いい部屋ないんですよねぇ。家賃と時間の事考えたらどうも割に合わないというか…別に家でも家事はほとんどやってるし、早起きもつらいわけじゃないんで家からでもいいかなぁとか」
「あ、じゃあさ、俺の住んでるアパート住む?」
「…は?」

心の底から意味の分からなそうな顔をして有馬が古田の顔を見る。

「…あ、言葉足りなかったな。あのー、俺の隣の部屋今空いててさ、大家さんと俺仲良しだから。家賃安くしてもらうし、すぐに入れるようにしてもらうよ。会社からも近いし…俺的にも隣が有馬だと嬉しいし…嬉しいってか…ありがたいし…」
「古田さん…」
「ま、まぁ考えててよ!!とりあえず大家さんには部屋キープしといてもらうし」
「は、はい…」



この会話から五日後の日曜日。
彼―――有馬健は古田陽のアパートのお隣に引っ越してきたのだった。



「これで全部?」

腰に手を当て古田は部屋を見渡すと汗をぬぐった。

「はい」
「ふーん…」

まだ少し残っている段ボールを蹴らないように避けながらふらふらと部屋の中を物色する。

「お前、ほんと荷物少ないねぇ…」

物色とはいえ物色するほどもない家具家電をだいたい全部見終わって有馬を見れば少し恥ずかしそうに笑った。

「いや…なんか…家帰ってきて部屋が散らかってたら嫌な性格で…。そうならないようにちょっとでも荷物減らそうと思って」
「ほーん…なるほどねぇ…」
「はい」

確かに有馬の実家の部屋も物が少なかったなぁなんてぼんやりと思う。

「なるほど…こういう部屋がモテるのかぁ…」

だからこそ、心の声が漏れていたことに気が付くのに時間がかかった。

「モテ…る?」
「ん?ああ、気にしないで。こっちの話だから」

(くっそこいつ無自覚か…!!あんなにモテてるのに…!!まじで…!!)

「古田さん…?」
「ああ、ごめんごめん。じゃ、残りの荷物片付けちゃおっか」

有馬に声をかけられ我に返った古田は近くにあった段ボールを前に腕まくりをした。

「えっ、あっ、い、いや大丈夫ですよ!!ここまでお手伝いしてくれただけでも十分ありがたですって!!」
「なーに言ってんの!!俺の部屋、横だし。気にすんなって。これはどこに片づけるもの?」

しゃがみこみ、段ボールに手をかけた古田。

「あっ、それ一人じゃっ!!」

そんな古田に有馬は何かに気が付き止めようとした。が。

「え…?ってうおっ!!」

時すでに遅し。
古田は一瞬段ボールを持ち上げたものの予想外に重かったそれに耐えきれなかった。

「いってぇ!!」

そのまま段ボールは容赦ないスピードと重さでそのまま床ではなく古田の足の上に落ちた。
段ボールには≪本・辞書・専門用語解説書≫の文字。
古田がそのダンボールを持ち上げる前からそれを分かっていた有馬は、はぁ、とひとつため息をついた。

「あーもう!!何してるんですか!!だから止めたじゃないですか!!」
「そんなの聞いてねぇ!!あーいってぇ!!」
「あーもう…!!もう…!!そんなんだから…!!」

部屋をぴょんぴょんと飛び回る古田を見つめ、有馬は心底面倒くさそうに荒く頭を掻くと。

「有…馬…?」

古田に肩を貸した。

「ソファー行きますよ…。足…見ますから」
「おう、サンキュ…」

ふと横を見ると思ったより近くに有馬の顔。
なぜか動揺する自分の心に驚きながらも、古田は有馬から目をそらした。

「……」

そんな古田の表情をちらりと見た有馬は、一瞬視線を下に向けるとすぐに前を向いた。