御遊びは其処までにしたら?


大きな音を立てて支部の地下室に入ってきたのは、百舌。花宮の表情があからさまに変わる。酷く腹立たしそうな顔付きに変わりはないが、それでも違うとオレは言い張るつもりだ。証拠に咄嗟に伸ばした両腕と、そこに雪崩込む百舌をしっかりと受け止めることを物証とする。

「ザキ、閉めろ」

「……ん」

内鍵をオレが締めると、百舌はごめん、と言った。小さくて頼りなくて、なんか前と様子が違って。花宮にしがみついて離れない百舌を原が見ながら、意味深に視線を寄越した。いや、分かんねえから。お前の場合よく考えたら視線見えねえから。顔だけこっち向けて、にやにやする原から顔を逸らすと、……うわ。ドアがぶち破られてた。あのバッシュは分かる。青峰だ。

「百舌離せ。んで寄越せ」

「先輩にどんな口聞いてんだバァカ。餓鬼は家帰って寝ろ」

「そうはいかない。百舌、こっちにおいで」

「…………あ、あ、」

百舌の揺らぐ表情を見て、オレは小さくやめろよ……と言う。その言葉に二人とも動きを止めるわけだから、まあ、そうなる気持ちも分かるんだけどさ。けど、百舌だって説明責任はある。そんな思いが伝わったのか、百舌は花宮から離れて、いつも座ってる椅子に腰掛けた。諦観を孕んだ顔がらしくない。やがて、百舌はゆっくりと話し出す。

「ごめんねぇ、嘘、ついてたの」

「嘘?何が嘘なの、百舌ちゃん。オレらを騙してたの」

「おい、原。そんな言い方ねえだろ」

「──うん、そうだよぉ、欺いてたんだよ」

「本当にそれならそれで、証拠がなければ、ボクたちは信じようがありません」

「証拠、は、えっと……」

百舌はふと顔を上げると、あろうことかシャツの釦を外し始めた。もちろん自分の、だ。誰もが止める前に、脱ぎやすい春服はそれだけで百舌を下着に剥いてしまう。

「今日までみんなに会わなかった一ヶ月、弱?私、修復されてきた。私の体はみんなと同じではないんだよ、」

──修復?オレがその言葉を認識する前に、赤司がおもむろに立ち上がって振り向かせた百舌の、下着を捲って腰をあらわにする。……そのときオレは意味が分かった、なるほど確かに、修復、という言葉がふさわしいに違いない。四方を囲うように縫合された皮膚は骨盤の上辺りか。メカニックな縫合跡。そう、あのとき落ちていたら、丁度したたかにそこを打っただろう場所──『奇跡的に』何処にも致命傷はなかったなんて医者は言ったが、いいや、そんなことはやはりなかったみたいで。赤司がそこを、触れようとすると、百舌がその右手に片手を重ねて導き、縫合してある皮膚を剥がした。赤司の指が摘んだ皮膚片、それはオレの想定よりもスムーズに剥けた皮。グロテスクな色の中には、骨と血管が──

「……は?」

……なかった。正確に言おう、別の物質がそこを占めていた。脊髄骨の形をした金属が肉の中で鈍く光る。錆びはしないだろうが、見た目は新しく見える。血管もなかった。ちゃんと言おう、半透明のチューブがあった。金属に添いながら体中を巡っているのだろうことは想像がつく。オレたちは誰も声を出せないでいた。人間だろう。いや人間でないと説明がつかない。なのに百舌はそんな願望すら俯きがちに否定する。

「私っていう存在はね、脳神経しかのこってないんだよ、細ぉい神経がせいぜい何千、何万か──私の体は生きることを辞めたけど、私の脳はまだ生きてた。とは言っても、脳全体の損傷も酷くて遺してもらえなかったんだけどねぇ」

あー、これは、全然ついてけねえやつ。つまり何?脳神経しか、『百舌』って存在はないってことなのか。じゃあ、だとしたら今此処に居る百舌は百舌といって良いのだろうか。倫理だ。突き付けられた道徳。

「私はドイツ帝国産で、義体の実験体。発明された幹細胞で皮膚を構築して、遺された脳神経というネットワークで義肢を操って動く。血液は体温調節と栄養補給のため。脳神経の他はすべて人間の造り物。百舌って名前も実験体のコードだし──私って、私かな?」

酷い後味だ──知らないほうが良かった。

『百舌は百舌だよ』

『百舌ということに変わりはないんだから、大丈夫』

『今までと何も変わらない』

誰か、誰がこんな寒い台詞を吐けるだろうか?誰もできない。オレたちを取り巻く空気は、既に氷のように冷えきってしまっていて、瀬戸はおろか赤司や花宮すらもこれを溶かすことは無理そうだ。

「ギミックな機械、ドイツ帝国の実験の結晶、日本帝国の内部を探る任務を受けたスパイでもある。痛覚は、四肢と生殖器にだけは通してあって、よりリアルな人間に寄せるための付録みたいなものらしいの。赤軍の人に痛いとこ突かれたときは、脳みそバグっちゃうかと思ったよぉ、割と本気でね、えへへぇ……」

例えばそれで、本当に百舌の脳味噌がやられて、動かなくなったらどうなるんだ。また治せば生き返った事になるのか?脳神経が動かなくなったら、死んだ事になるのか?そもそも今、生きているのは百舌なのか。いや、肉体で存在する百舌は死んでいるのは確かで、代わりに宛てがわれた機械の入れ物は、義足やペースメーカーを付けている人間と数や規模が違うだけで、別段構わないのではないか。気にすることでもない。なんて跳ね除けられるほど、この存在は甘くない。腰元が、今もぽっかり開けているだろうに、スカートを湿らせるのはどうだよ、おい、ぬるそうな半透明の液体だよ。義足の人間も、ペースメーカー付けてる人も、流れるのはみんな赤い血だっていうのに。床にぴちゃぴちゃ滴ってる光景に、オレは思わず目を背けてしまった。

「私はねぇ、私が生きてるとは思わないよ。だけど、博士は私も生きてるって言う。つまり私の存在は機械であって人間であって、機械でもなく人間でもない。生きているし、死んでいる──」

気が遠くなりそうな難題だった。半永久的な問題に、答えることができるのは神様とか仏様くらいじゃないか、ああしんどい。どれだけの孤独感に今まで百舌は耐えてきたっていうんだ。私は誰?私は何?誰もそれに答えられないのに。

「でも誰も気付けないように。みんなを騙すために見た目は万人受けだし、電気信号とか微弱ぅ、な電磁波とか。ビュンビュン飛んでるんだよぉ、すごいよねぇ……なんだろう……だから、狂っちゃう。みんなは誰が好き?別に恋愛的な意味じゃなくて……誰が好き?私のこと、好き?何で?何がそうさせてるのかな?」

百舌はそれを言うと、まばたきの合間に何かを双眸から零した。

──涙だ。

変な話だが、機械ならばそんな器用なことはできないと思う。

百舌は人間だ。

オレはそう、意地でも信じようと思った。







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