3組の子が木兎先輩に告白したんだって。
昼休みに耳に入ったクラスメイトの言葉に強く反応したのは私ではなくイトちゃんで、クラスメイトに告白した子の名前を聞いていた。私は名前を聞いたもわからなかったけど、イトちゃんは友好関係が広いのですぐにわかったらしい。あの子か、と呟いていた。
「相変わらず木兎先輩モテるよね。ナマエは不安じゃないの?」
「不安?」
「告白してきた子の方がいいって先輩が思うかもしれない不安」
「そのときは先輩から別れ話があるんじゃないの?」
「あるんじゃないの? じゃないよ。それでいいの?」
「うん。木兎先輩がそうしたいならそれでいい」
「こっわ。その盲目的な信仰心こっわ。もしかして洗脳されてる?」
「そんなわけないでしょ。ガチファンと呼んで」
「だからナマエのは狂ったファンなんだって」
なんとでも言って。イトちゃんを無視してお弁当に箸をつける。
モテる木兎先輩は彼女の有無は関係なく告白される。私と付き合ってからもこうやって告白された話はよく耳に入った。今のところ先輩への告白はもっぱら一年生だ。一年生からすると高身長でバレー部主将、バレーのときの真剣な姿と先輩なのに明るく人懐っこい姿のギャップがグッとくるらしい。
告白されたときに彼女を理由に断っているため、先輩に彼女がいることは今や生徒のほとんどが知るところで、その彼女が私であることも当然知られている。
同級生からはかなり驚かれた。木兎先輩が今まで付き合ってきた人たちとは明らかに毛色が違う私が彼女になったとなれば驚くのも無理はないと思う。
今までの彼女は先輩のような明るくて可愛くて先輩と一緒にきゃらきゃらと笑う人たちだった。私のような無愛想でクラスメイトからも認識されてるんだがされていないだか微妙な立ち位置の人はいなかった。
ちなみに三年生の先輩からは「え、木兎ってああいう子ありなんだ」と廊下ですれ違い間際に言われたこともある。
「もし先輩が告白してきた子の方を選んでナマエと別れたいって言い出したら先輩の恥ずかしいトークばら撒きなよ」
「どうしたらそんな極悪な発想になるの? イトちゃんの方が怖いよ」
「だってナマエの献身があってバレーに集中できてるのに、そんなことあった日には腹立たない?」
「別に平気だよ。付き合ってからその可能性を考えなかったわけじゃないし。それに別れても私の中で木兎先輩が一番であることに変わりはないよ。だから別れることもそんなに悲壮的じゃないっていうか」
「やっぱり洗脳されてない?」
だから誰に。
大体先輩とメッセージのやりとりはほとんどないし男女の甘い言葉も全くもってないのだから万が一流失するようなことがあっても先輩は痛手でもなんでもないだろう。
むしろ私のくだらない日記ばかりで埋め尽くされたトークが流失したとなれば精神的にも社会的にも私が死ぬ。
★
季節は7月。バレー部はインターハイベスト8という記録を残した。期末試験も終わり夏休みを待つばかりのこの時期は学校全体が少し浮き足立っているように思える。
クラスメイトやイトちゃんも夏休みのバイトのシフトから予想できる給料を計算をしたり出掛けるか予定を立てるのに忙しい。
予定が合う日にみんなで人気のケーキバイキングに行こうと誘われたので、私は常に予定がガラ空きなことを伝えておいた。バイトをしていない私は長期休みの予定が真っ白だった。
「木兎先輩とデートしないの?」クラスメイトから訊ねられ、木兎先輩とデート? 誰が? とすっとぼけた返事をしそうになったけど慌てて困った顔を作る。木兎先輩は部活で忙しいから。え〜やっぱり噂どおりデート出来ないんだねえ。クラスメイトは納得して、じゃあいっぱい遊ぼ! と笑顔で誘ってくれた。
スマホを見るとお昼休みが半分過ぎていた。私はひと声かけて席を立つと保冷バッグを手に取って教室を出た。
木兎先輩にお弁当を渡すようになってから学校を出る時間が以前より遅くなりスーパーのタイムセールに間に合わなくなった。
タイムセールを狙わなくともお父さんから月々もらっている予算内で買い物が出来るので気にもしていなかったけれど、今日のタイムセールはさすがに見過ごせないほど多くの商品が激安超特価になる。曲がりなりにも主婦歴7年。行かない選択肢は当然なかった。
そんなわけで先輩には申し訳ないと思いつつ、お弁当はお昼休みに手渡す手筈になっていた。
自分の学年以外の階を歩くのはなんとなく居心地が悪いけれど、上級生の階となればそこに緊張も加わる。ましてや木兎先輩の彼女と知られている今、チラチラと視線をよこす人も多くてなおさら居心地が悪かった。早く渡して戻りたい。
昨日のメッセージでは廊下で待っていると書いてあったので先輩の身長からすぐに見つかると思っていたけど、先輩を視界にとらえると同時に他のバレー部員も目に入った。
自分のタイミングの悪さを呪いたくなる。
木兎先輩はバレー部三年生やマネージャーさん、赤葦くんとともにいた。背の高い人ばかりなのでその場がものすごく目立っていて、廊下の幅を半分くらいは占拠していた。もはや壁のようだ。
どうしたものかと歩く速度を緩めて思いあぐねていると木兎先輩がこちらに気付き「ミョウジ〜!」手を上げて私を呼ぶ。
木兎先輩はリアクションは言うまでもないが声もわりと大きいので一緒にいたバレー部どころか廊下にいた三年生の視線も私に向く。ひやりと背中が冷たくなる。
文句のひとつやふたつは言いたいけど木兎先輩に言ったところで響くとは思えないので瞬時に諦めて足早にバレー部集団に近づく。
もともと執着心もなく諦めの早い方ではあったけど、木兎先輩と付き合ってからはさらに加速している気がする。赤葦くんがため息をつく気持ちがわかるようになってきた。
注目された原因を作った張本人はそんなことなんのそので私のお弁当を楽しみにニコニコしている姿を見ると、先ほどまでの恨みが霧散していく。悔しいけれど木兎先輩といると「しょうがない」と思って許してしまう。とんでもない末っ子気質で人たらしだ。
恨みは消えたけど納得はいかないので保冷バッグをやや押し付けるように渡す。先輩はさっそくバッグを開いて覗き込んでいた。お弁当箱は透明なプラスチック容器なので上から見れば中身は簡単に確かめることが出来る。
なぜかマネージャーさんや他の部員も覗き込むので恥ずかしくなる。
「は〜本当においしそうだねえ」
「いいだろー。めちゃくちゃおいしいの!」
「今月で食べ納めだからしっかり堪能しなよ〜」
「え!? そうなの!?」
「だって今月末から夏休みじゃん」
ふわふわとした雰囲気の先輩に言われ木兎先輩はわかりやすくしょぼくれ始め、面倒なことになりそうだと思った私はさりげなくその輪から抜けようとしたけど赤葦くんが壁のように立ち塞がりそれは叶わなかった。
逃がさないと目が語っていた。木兎先輩の機嫌を直すカードをひとつでも多く持っておこうという魂胆だろう。
こうなれば私は瞬時に全てを諦め先輩の方へ向き返る。
「夏休みもお弁当作りましょうか?」
「え!? いいの!?」
「お弁当をお借りできるなら作って持ってきますよ」
「やってほしい!」
わかりましたと頷けば、木兎先輩は子どものようにやったー! と喜ぶ。赤葦くん、満足? むっとした表情でちらりと視線を動かすとふっと微笑する赤葦くんが目に入った。満足そうでなりよりだ。
「でも夏休み入ったらすぐ合宿だねえ」
「じゃあミョウジの弁当食べれないじゃん」
ふわふわした先輩のからかうような言葉に木兎先輩は再びしょぼくれた。バレー部がテンションを下げたんだから今度こそバレー部でどうにかしてほしい。
赤葦くんにそう目で訴えるも赤葦くんは赤葦くんで面倒という感情を隠しもせず顔を歪めていた。窓側の壁に寄りかかった先輩は「合宿でもミョウジのご飯が食べられたらいいのに」と目を閉じてぽつりと呟く。
そこまで言ってもらえるのは嬉しいけど、さすがにどうにもできない。「戻ってきたら好きなおかずをたくさん入れますね」少しでも元気になってもらいたくてそう言えば、木兎先輩ではなくふわふわしたマネージャーさんが「なるほどねえ」とふわふわした声で言った。
「ミョウジさん」
がしりと両肩を掴まれ顔がぐいと近づけられた。思わず胸の前に両手を持ってきてこれ以上距離を詰められないようにする。
ふわふわした雰囲気と眠そうな目にも関わらず有無を言わせない力強さを感じて「は、はい」弱々しい声が出てしまった。
「夏休みに入ったら合同合宿って言う何校かが集まって一週間過ごす合宿があるんだけど、食事の準備はマネージャーがやってるの」
「はあ…大変そうですね」
「そう! 大変なの!」
「ひえっ」
「ミョウジさん、帰宅部だよね?」
「は、はい…」
「料理、慣れてるんしょう?」
「はい…」
「合宿来てくれない?」
さらにぐぐっと顔が迫る。ち、近い…!
「合宿の料理担当で来てほしいの」
勢いにら負けて頷かなかった自分を褒めたい。後ろにいる木兎先輩は見なくても顔が輝いているのがわかる。いいじゃん! さすが雪っぺ! と騒いでいる。
赤葦くんに助けを求めて視線を向けたけど、赤葦くんは片目をすごく細めて苦々しい顔をしていた。
木兎先輩の扱いはほぼ無敵を誇る赤葦くんもマネージャーさんには弱いんだろうか。
さっきの恩、返してよ。
目で訴えるも小さく首を振られた。やっぱりあのとき逃げるべきだったと悔やむ。
「あの…私はバレー部じゃないのにそんなこと可能なんですか? それにご迷惑になったり…」
「大丈夫、大丈夫! それに問題があるなら仮入部扱いにすればいいよ〜」
そんな詐欺まがいな手法をとっていいんだろうか? 私のとってつけたような遠回しな断りもどこ吹く風で、マネージャーさんはどう? と聞いてくる。
正直な気持ちとして悪い気はしなかった。こんな私が誰かに求められ役に立つのならこれほど嬉しいことはない。
でも合宿は一週間もある。お父さんのことが頭をちらつく。料理は一週間分を作って冷凍しておけばなんとかなるかもしれないけど、洗濯や掃除はそうはいかない。
遊びではないけれど、お父さんからしたら私が家事を投げ出して行くことに変わりはないわけで想像しただけで罪悪感で胸が蝕まれていく。
断らないと。
でもここで言うのは怖かった。お父さんに呆れられたくなかったけれど、同時に木兎先輩に失望されたくなかった。
なかなか答えが出せない私は結局「親に聞いてみないと…」と無難な理由をつけて結論を先延ばしにした。
「一週間も泊まり込みになるもんね。とりあえず聞いてみてくれる? ミョウジさんが来てくれたらすごく助かるよ〜」
いつの間にか姿を消していたもうひとりのマネージャーさんが「まだ残ってた」と紙をひらひらさせながら戻ってきて私にその紙を手渡す。
保護者同意書。
手にとった紙が急に重くなった気がして、ぴらっと角が折れた。