合宿の詳細を話すため、お昼休みに空き教室に呼び出された。木兎先輩、赤葦くん、マネージャーさんふたり———白雪先輩と雀田先輩とお弁当を広げながら、合宿の日程や昨年の献立表や収支決算書、今年の予算をもとに合宿について教えてくれた。
 木兎先輩は話には入らずひたすらうんうんと頷いてお弁当を食べていて、他の3人も気にすることなく淡々と話を進めていく。私も特に気にすることなく聞いていく。
「大体はわかりました。去年の献立表をもとに今年の分を作るので出来たら確認してもらっていいですか?」
「うん、出来たら見せてくれる? 食堂が開く前に何人かは手伝いに行くし配膳は全員でやるからとにかくご飯作りをお願いすることになると思う」
「わかりました」
 大人数の料理を作るのは初めてなので不安はあるが請け負ったからには頑張ろう。
 それにしても、と先ほどのマネージャーの合宿中の仕事内容を思い出す。マネージャーは体育館でマネージャー業をしつつ、合間に洗濯、料理とお風呂の準備、配膳、片付けまでやっているらしい。いくら他校と割り振りがあるとは言え重労働だ。精神的にも肉体的にも大変だろう。
 マネージャーさんの身体がおかしくなるのではと心底心配になる。白福先輩があれほどまで気迫こもった勧誘をするのも頷けた。
「あとすごく大切なことを伝えそびれてたんだけど…」
 パンっと雀田先輩と白福先輩が顔の前で両手を合わせる。
「手伝ってもらうのに本っ当悪いんだけど、ミョウジさんも合宿費かかっちゃうだ」
「あ、大丈夫です」
 参加する以上、私の光熱費や食費もかかるので手伝いの立場と言えど負担するのは当然だ。
 すでに部員に配られているであろう保護者に向けた合宿案内のプリントには合宿費が記載されていた。
 さすがに10万を超えるとなれば断ろうと思っていたけど、合宿場所は今回参加するひとつである森然高校を使用するおかげか合宿費は予想より安かった。
 もちろん数万でも高校生にとって大金であることに変わりはないけど。
「今更お金かかるって言って親御さん許してくれそう?」
「貯金があるので大丈夫です」
 お小遣いとは別に渡される生活費は余った分を自分のものにしていいルールとなっている。私がタイムセールを狙うのはこういった理由がある。いざというときのため全部貯金していたけど使うときがきたようだ。

 その日の晩。私はお父さんの夕食の準備を済ませると部屋に籠り去年の献立を参考にしつつiPadを使って世の中の合宿の献立を調べたり料理にかかる時間や手間を考慮したメニューを考えていた。
 去年は朝から揚げ物が出ていたようで男子高校生の食欲のすごさを感じる。去年のレシートのコピーを見ると森然高校近くにある業務用スーパーに売ってある冷凍を使っているようで、それなら今年も取り入れられるそうだとノートの端にメモする。
 食べ盛りのスポーツマンの食事なので栄養面は考慮されつつ、いかに男子高校生を満足させられるか考えられた献立は品数も多い。
 改めてマネージャーさんたちの苦労と思いやりを知って畏敬の念を抱く。
 おおよそは去年の献立を流用して、ひとりで準備しやすい献立や作り置きが可能なメニューを取り入れていく。
 栄養面が気になってネットで栄養士のブログを読み漁ったり効率的な料理方法など調べ尽くした。
 執着心はないが凝り性なためそのとき気になったものは調べたくなる性分なのだ。また資料作りも好きなため、献立表の他に去年から予想できる今年の予算や料理工程の詳細な指示書を作成していく。
 料理の準備はひとりでやろうと思っているけど時間的にひとりで難しい場合は手伝ってもらうしかない。指示書も作っておいて損はないはずだ。
 ひととおり作り終わってぐぐっと腕を上げて身体を伸ばす。スマホを見ると11時になろうとしていた。2件のメッセージ通知が目に入る。イトちゃんだろうか。
 タップしてアプリを立ち上げる。
「え…?」
 1件は予想どおりイトちゃんだった。『今日のドラマ見た!?』と興奮する内容だった。今日は見てないと返す。
 もう1件は木兎先輩からだった。トークを開かなくても見える部分には
『合宿参加ほんとうに大丈夫か?』
 思いがけない内容に心臓が嫌な音を立てる。1時間も前に来ていた。今更かと思ったけど『大丈夫です』とだけ返した。すぐに既読がつく。
 くるかもわからない返事を待っていると手の中のスマホが震えて身体がびくりと跳ねた。震えが電話の着信だと遅れた理解した私はおそるおそる通話ボタンを押した。
「はい、ミョウジです」
「あ、出た出た。まだ寝てなかったのか?」
 電話越しの先輩の声はいつもより少し低く感じた。静かな話し方に思わずどきりとする。
「…合宿の献立を考えてました」
「リクエストしていい!?」
 先ほどの静かさを吹き飛ばす元気のよい声に小さく笑う。
「ふふ、聞くだけ聞きますよ」
「炊き込みご飯! あと唐揚げと———」
 次々と出てくるメニューは私が今までお弁当に入れたものだった。心の奥のやわらかい部分がじわりと温かくなる。
「どう? 入れてくれる?」
「実のところ、今言ってもらったやつはほとんど入ってます。木兎先輩が好きなので入れたくて」
 職権濫用感は否めないが大量のご飯を作るんだからそこは許してほしい。木兎先輩はさすがわかってる! と喜ぶ。
 ふと沈黙が落ちて何か話題を探そうと口を開きかけたとき
「合宿よかったのか?」
 落ち着いた声に口が開いたまま動けなくなる。普段あれほど騒いでどうしようもないくらい子どもっぽいのに、突然あらわれた年上の空気にどきまぎしてしまう。
「大丈夫です。……それに実は楽しみなんです」
「へ?」
「部活に入ったことがないので遠征とか合宿ってちょっと憧れみたいのがあって。バレー部の人たちは遊びに行くわけじゃないのにすみません」
「いいじゃん! 俺も合宿楽しみだし実際いろんなやつと会えるから楽しいよ。ミョウジも楽しいと思う」
「そうなれるように頑張ります」
 時間も時間なので雑談もそこそこに電話を切ることにした。
「また明日な! おやすみ!」
 本当にこれから眠るんだろうかと疑問に思うほど元気いっぱいの挨拶に笑いを堪える。
「おやすみなさい」
 自分の声と信じられないくらいやわらかくて優しいものだった。





 お昼休みに三年生の階に行って雀田先輩に昨日作った献立表や料理指示書を見せると「こんな真面目に作ったの!?」と驚いていたので、凝り性なんですと答えた。事実、凝り性なので。
 どこからともなく現れた木兎先輩は献立表を覗き込んで本当に自分の好きなメニューばかりだとわかり喜んでいた。
「さっそく他のマネージャーに送ってみる。返事次第だけど、これだけしっかりしてたら大丈夫だよ」
「わかりました。お願いします」
 大丈夫と言われホッとする。「ミョウジすげえだろ?」木兎先輩が得意げに言うので雀田先輩は「なんでこいつが…」と顔を歪めていた。

 放課後、合宿に参加することを赤葦くんとマネージャーふたりから改めて監督とコーチに伝えられて私も挨拶をする。部外者であり突如現れた私が合宿に同行していいのか未だに不安だったけど、やっぱりマネージャーさんたちの負担は大きかったらしく監督とコーチには快く迎えてもらった
 現地に着いたらいずれかの学校の先生が買い出しの車を出してくれることや火の扱いの注意、何か困ったら赤葦くんかマネージャーのふたりを頼るよう言われた。
 そこに木兎先輩が含まれないことにコート外での先輩の扱いがよくわかる。雀田先輩から他校のマネージャーさんたちに送った献立表も問題なく通ったと聞かされ、いよいよ現実味を帯びてきたように感じる。
 夏休みまであと3週間。夏休みに入ればすぐに合同合宿だ。
 やってやる。
 両手をぎゅっと握って頭の中に浮かんだ言葉は私には似合わない強気なものでちょっと恥ずかしくなってしまった。