ピピっという音に急いでスマホを手に取り目覚まし機能を停止させる。身体を起こして周りを見渡すも他の人たちはまだ夢の中で安心する。静かに着替えて身支度道具の入った小さなバッグとエプロンを手に持つとそろりと教室を出た。
朝食の時間は7時からだ。昨日少し仕込みをしたので4時半に起きれば間に合うだろうと考えひとり調理場に入りお米を炊く準備やおかずを作っていく。
6時過ぎに他のマネージャーさんたちも調理場に到着し、7時に向けてそれぞれテキパキと動く。朝は全員で準備ができるおかげで余裕を持って用意することができた。
ひと通り全ての時間帯の準備を経験できて時間配分や事前の準備具合をどこまでしたらいいかある程度わかった。なんとかなりそうだ。
今日の昼食と夕食の準備について考えていると食堂の開放時間になり仁花ちゃんが食堂の扉を開ける。お腹を空かせた部員たちが入ってきた。
「おはよう!」
「おはようございます」
朝から元気いっぱいの木兎先輩は大きな声で挨拶をしてトレイを滑らせてきた。ご飯を盛って先輩のトレイに乗せると後ろに並んでいた黒尾さんと目が合う。
「おはようございます」
「おはよ、ナマエちゃん」
思わずお椀を持って固まる。高校生になって男子から名前で呼ばれることがなかったので動揺してしまった。
———でも部活をやってたらこんな感じなのかな。
バスケ部の女子は男バスの先輩から名前で呼ばれているのを見たことがある。部活において男女であっても名前呼びは私が思うほど特別でも珍しいことでもないのかもしれない。
部活に入っていない私には無縁だと思っていたので名前で呼ばれたのは驚いたしむず痒かったけれど不思議と嫌ではなかった。
そう思ったのも束の間で、食堂に響き渡るほどの声で木兎先輩が叫ぶ。
「黒尾! なんで名前で呼んでるんだよ!? いつの間にそんな仲になったんだ!」
「別にぃ」
ニタニタ笑う黒尾さんに前を進んでいた木兎先輩が戻ってきて黒尾さんに突っかかる。あ、と思ったときには木兎先輩の顔はこっちに向いて、その表情は明らかに不満そうだった。
「黒尾と連絡先交換した?」
「し、してませんよ。それより、進んでください、うしろ詰まってます」
「俺だってまだ名前で呼んでないのに!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ木兎先輩とニヤニヤとその様子を見ている黒尾さんの姿に昨日会った黒尾さんとは別人なのかと混乱した。猫をかぶっていたんだろうか。とんでもない人だ。
「名前呼びでもそうじゃなくても、木兎先輩が呼んでくれるならなんでも嬉しいですよ」
本音を洩らせば木兎先輩は目を丸くさせたあと、そっか! と満面の笑みをこぼしカウンターにシャーっとトレイを滑らせて先に進んだ。再び黒尾さんと目が合ってジトッと睨む。
「いやあ、なかなかなるね、ナマエちゃん」
わざとらしくはっきりと名前を呼ばれ、からかわれていたことに気付く。
むっとしてお皿を置くと、黒尾さんの口からふっと息が漏れ「なんか安心したわ」今度は意地悪な笑い方じゃなくて、ゆるく目を細めた優しい表情だった。
何が安心なのかも黒尾さんのことも全くわからなくて、はあ…と力なく応え、後ろの人にもお皿を置いていく。今は朝食を無事終える方が大切だ。
大方の配膳が終わった頃には7時半を過ぎていて、あとはぽつりぽつりゆっくりくる部員のみなのでマネージャーさんたちに朝食を取るよう勧める。
昨日の昼食の様子から誰かひとりは調理場にいておかわりや下がってくるトレイに対応する必要があり、そうなると他の仕事がない私が適任なわけで食堂が開いている間はわたしが調理場で待機するようにした。
昨日の夕食のときに試したところ、みんなが食べているときに使った調理器具を洗ったり次の日の朝食の準備ができて意外と効率的だった。
料理担当として来たからにはマネージャーさんたちにはマネージャー業に集中してほしかった。
★
調理場で作業をしていると汗が噴き出すくらい真夏日だった。体育館にいる部員たちもさぞ暑いだろう。夕食に向けてひたすら野菜やお肉を切っていると食堂の扉が開く音がした。まだ2時を過ぎたところでこの時間に用事がある人はいないはずだ。カウンターから扉の方を覗けば、知らない女性が数名いた。
「あら、初めて見る子だね。こんにちは、わたしたち森然高校の父母なの。差し入れを持ってきました」
女性のひとりがガサリと持っていたビニール袋をあげると、そこには大きなスイカが透けて見えた。
「はじめまして、今回初参加の苗字です。お心遣いありがとうございます。いま先生を呼んできますので少しお待ちください」
わたしに判断できることじゃないので走って体育館に向かうと森然高校の監督とコーチの元へいき、差し入れのことを伝えた。3時に休憩があるからそのときに出すよう言われ、真子ちゃんに取りに来てもらうよう伝える。