では行きましょう

 なんてことはなく、部屋にはしっかり時寧ちゃんが鎮座していた。私の旅行鞄を抱えて完全に準備万端な構えだ。なんだろうこの小っ恥ずかしさ。


「では行きましょう」

「うっす」


 返事をしたは良いけど、どこからどうやって行くのか謎だ。もっと先に質問しとけば良かっただろうかなんて考えていると、時寧ちゃんは当たり前のように玄関へ向かい、靴を履いてドアノブに手を掛けた。
 え、まさか外に出るんです? みんなの目の前で消えるんです? 嘘でしょ。
 思わず時寧ちゃんを凝視していると、時寧ちゃんは思い出したかのように言った。


「あ、これはですね。変な移動の仕方は危ないので、着地し易い形をと考えてみたんです。ドアを潜れば目的の世界に行けます」

「トリップの着地に難易度があるという発想がすげぇ」


 いやでもよく考えたら着地が困難なトリップ方法は夢小説でも存在してる。空から落ちてくる系トリップなら難易度最高レベルで、私の場合は最低レベル。むしろ易しいくらいのもんだ。しかも自分の分身みたいな子が案内してくれるんだから、問題が起きるほうがおかしいかもしれない。
 時寧ちゃんが私の手を取る。そのまま玄関まで連れて行かれ、私は慌てて下駄を履いた。さすがに裸足でってのはちょっと。


「じゃ、開けますよ」

「うん」


 時寧ちゃんが、再度ドアノブに手を掛ける。この時にはもう、時寧ちゃんが本物なのかとか、私の妄想かもしれないだとか、そんなことはどうでも良くなっていた。本当に行けるわけじゃなかったとか、そんな未来になっても構わなかった。

 今この瞬間のドキドキが、心底心地よかったのだ。









序章〜終〜


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