これぞ妄想

 そろそろ自分の正気度を誰かにチェックしてもらわないとヤバいんじゃないかと思い始めたところで退職日とアパートの退居を迎えた。
 フゥ、危なかった。SANチェック強制イベントは回避できたようだ。そんでもうすぐ時寧ちゃんが妄想なのか、時寧ちゃんの話が妄想なのか、これでようやくハッキリするというわけだ。


「何か持っていくものとかある? むしろ持って行かない方が良い? 世界が歪むとかあるの?」

「え? ええと、大丈夫だと思います」

「じゃあとりあえず歯ブラシ持ってこ」


 あ、旅行セットは持って行こうかな。あと洗って何度も使える系の女の子の必需品な。服はさすがに要らねーわ、服装違うだけで敵視する人間が現代にもいるわけだしそこは行き先に任せることにしよう。


「あ、そうだケータイ持ってこ〜」

「ケータイもですか? で、でも……契約や電波が違っていた場合は使えませんよ?」

「写真撮るくらいならできると信じようじゃないか」


 別に電話やメールのために持ってくんじゃないからね。とは言え持って行く理由を聞かれたら「特にありません」と答えるしかないんだけど。あ、コンセントとかどうなるのかな。家電を持って行くつもりはないけど、ケータイは充電しときたい。手動式折り畳み発電機があったな確か、持って行くか。1分間に120回回せとかいう鬼畜仕様らしいけど回せるかな私。念のため太陽光発電機も持って行っとこう。雨が降ったら使えないけどそこは手動式と交互に使うことにしよう。


「あ、そうだバッテリーも持ってこ」

「お母さん、もしかして鞄の中に物を詰め込むタイプですか?」


 当たりです。


「あ、あともう一個」

「まだ持って行くんですか!?」

「教科書持ってく」

「教科書……? 学校の、ですか?」


 行った先が日本じゃなかったりパーリーとか言っちゃう世界だったら私知識ゼロだからたぶん死ぬと思う。だから、とりあえず程度に教科書を鞄に詰め込んだ。
 旅行鞄はいっぱいになったけど、それでも鞄ひとつで荷造りは終わったんだから褒めてくれ。世界規模の旅行だぞ、しかも永住の可能性もあるんだからこの程度で済んだのが奇跡だと思うんだよ。奇跡的に執着心のなかった私を褒めてくれても良いのよ。誰も褒めないって。
 移動する前にトイレ行っとこうかなと立ち上がると、時寧ちゃんが口を開いた。


「では、そろそろ……」

「ちょっとトイレ行ってくる」


 うん、なんかホント突然だったね。ごめんね今ちょっとトイレ行こうかなって思って立ち上がった所だったんだよね。ごめんて、ちょ、床に頭を叩き付けるな。どんだけショックだったんだよこっちも相当ショックだよ。打撃力高そうな音出して土下座と同じ動きをするのやめろ。
 精神のHPを削られながらトイレに行くと打撃音が止む。我ながらぶっ飛んだ子供を作ったもんだ。タイミングが悪いのは私譲りだろうか。ていうかもう真相とかどうでも良い気がして来た。時寧ちゃんはなんていうかもう私なんじゃねーの。お前実は私の妄想だろ、似過ぎ似過ぎ。
 そして用を足してトイレから出ると、やっぱり時寧ちゃんは私の妄想だったらしく部屋には誰もいなかったのだった。

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