アルジュナ

俺はとにかくいつでもどこでも寝ていたい。外に出るのはご飯を食べたいときぐらいでいい。できることならご飯だってベッドの上で食べて片付けも人任せに寝てしまいたい。お布団は最高、目を閉じて何も考えないの最高。だというのに、昨日も一昨日もそのまた前の日もそしてそしてそのまた前も、このカルデアで初めて知り合った生真面目なアーチャーに引っ張り出されてしまった。マスターが困っているだ、寝てばかりいないで貢献しろだ、やいのやいの言われ結局いつもしぶしぶ従ってしまう。彼とは確かに召喚時期も一緒だったし、かなりお互いここでは古株になってきて、付き合いもそれなり。積極的に他のサーヴァント達と話さない俺としては一番距離の近い人物ではあるのだが、何が彼を動かすのか、最近になって特にあれやこれやと引っ張り出されご指導を受けている。正直、ダラダラしていたい俺としては、めんどくさい。もちろん、だからと言って彼のことが嫌いになったとかではないが、今日も今日とて部屋のドアをコンコンとノックしてきた彼であろう扉の向こうの人物に、流石に今日はひとこと言ってやらねばならない。俺は今日こそ寝たいのだと。
「名前、居ますよね。周回の時間です、マスターの元に向かいましょう」
やっぱりな、と思いながらめんどくさいが重たい足をベッドから降ろして、扉の前に向かう。ピッという電子音がして、目の前の扉が開けばやはりそこには、ピシッとした皴一つ、乱れ一つない格好のアルジュナが姿勢よく立っていた。
「おや、今日はすぐに扉を開けてくれましたね。結構。ようやくあなたも、やる気を出したということですか」
満足そうに口の端を上げてアルジュナが言った。ちがわい。思いっきり眉根を寄せじとっと睨めば、アルジュナはきょとんとした。
「おや、どうしたのですか。何か不満でも?」
「あるにきまってるじゃん」
そう言って腕を組んで壁にもたれ掛かり睨み続けても、アルジュナは全くピンときていないらしい。はて、と首をかしげて顎に手をあて考え出した。
「何ですか?もしかして、お腹空いてます?」
「いや俺そんな食いしん坊キャラじゃないから…」
不満そうな理由がお腹空いてるとか考え出す辺り、本当にこう、気の抜ける奴だ。俺はムカムカしてたのも馬鹿らしくなって、ため息をついた後、あのな、と続けた。
「今日は嫌。寝たい。おやすみ。じゃ」
「こら」
「ぐぇっ」
それだけ言ってはいさよならと踵を返したのに、こちらが扉を閉める前に素早く首根っこを掴まれ引き戻されてしまう。筋力Aに力技でかかられてはどうしようもなく、つぶれたカエルみたいな声が出てしまった。
「もとより、英霊は寝る必要などなし。それは怠慢に他なりません。ほら、行きますよ」
「う、うぅ〜っ!やだやだやだやだやだ〜〜!!」
ジタバタと暴れてもビクともしない。結局廊下を引っ掴まれたまま引きずられ、尚も暴れる俺を通り過ぎざますれ違ったサーヴァント達が生暖かい目で見てくる。助けろや。
「や〜だ〜!は〜な〜し〜て〜!ね〜る〜!」
アルジュナは完全無視で俺をズルズル引きずり廊下を進んだ。鬼だ、鬼がいる。あ、今酒呑ちゃんがすれ違った。あ、こっち見た。あ、手振ってくれてる。わーい、振り返そう。笑ってる〜可愛い〜。
「ぎゅえっ」
「あっすみません、つい力が」
俺を捕らえていた手に力を入れて掴み直したのか、一瞬物凄く首が締まって絞め殺されそうなニワトリみたいな声出てしまった。アルジュナはようやく振り返ってぺこりと頭を下げまた進み始める。鬼畜。
もうジタバタするのも疲れた。床に擦れたケツは痛いがこのまま身を任せる事にしよう。こうなってしまっては抜け出して鬼ごっこするほうが疲れる。せめてマスターの所に着くまでは寝させてもらおう。俺は観念して目を閉じ引きずられることにした。


「終わった…」
今日の分の周回がようやく終わってやっと解放された。アルジュナは集めらた他のサーヴァント達が散っていく中、律儀にマスターに挨拶をして頭を下げると、こちらにやって来た。
「お疲れ様です、名前。食堂に行って、何か食べましょうか」
「うん」
気晴らしに食事を取りたいと思っていた所だったので、頷いて歩き出したアルジュナについて行く。この子また辛いカレー食べるんだろうなと思いながら、自分は何を食べようかと思案しながら歩いた。

「って、そうじゃない」
「?」
仲良く向かい合ってご飯を食べている途中で気がついた。そうじゃないだろ俺。今日こそアルジュナにそろそろ休ませてくれと言わないと、俺の寝たい欲が限界になって座に帰ってしまいたくなることを伝えなければいけないのに。突然食事中にツッコミを入れ始めた俺をアルジュナはカレーをすくったスプーンを口元に運びながら不思議そうに見た。
「なんですか、急に」
「だから、俺そろそろ寝たいんだけど」
「はぁ。寝ればいいのでは?もう今日は夜ですし」
「そーじゃなくて」
全然わかってない様子でパクッとカレーを口に入れてもぐもぐしている所に、ぴっと指をさすと、「人に指をささない」と怒られた。しぶしぶ手を降ろしアルジュナを睨む。
「一日中ゴロゴロしたいの」
「却下します」
却下されてしまったが、ここで負けるわけにはいかない。負けられない戦いがそこにはあった。
「俺は!怠けてないと!死ぬの!」
「英霊はそんなことで死にませんよ」
シレッと言い放って、俺がひとくち食べたら辛さで水を4、5杯は飲まなきゃ涙が出てくるようなカレーを食べ進める。頑として崩れないその姿勢に、俺は項垂れた。
「あのさ〜…アルジュナ〜…なんでさぁ、そんなに、俺のこと引っ張り出すわけ〜…。ほんとさ〜、俺のこと大好きよな…」
ぶーぶー文句を言うと、カシャ、とスプーンを落とした音が聞こえた。顔を上げると、アルジュナが持っていたスプーンを皿に落として目を丸くしている。
「どうした?カレーの辛さが今更になって駆け巡ったのか?」
「……いえ」
なんでもありません、と言ってアルジュナはスプーンを持ち直す。珍しくちょっと狼狽えているように見えて、なんだ?と首を傾げた。が、また何事も無かったように食事を再開しだしたので、気にせず話しかける。
「俺はさ、ダラダラするのが好きなの。ベッドの上で寝っ転がってー、目ー閉じてー、色々考えたり、考えなかったりしてー、ゆっくりする時間がいっぱい欲しいの。別に、マスターに呼ばれれば、まぁ、必要な時なら頑張るからさー。アルジュナみたいに、ずっとピシッとして頑張るぞー、とはなれないんだってばー」
「なるほど」
こくこく頷いている。分かってくれた?と期待していれば、「ですが」と続けられた。
「我々はここでは古株ですので、新しい面々が増え、それぞれが尽力する中、ただ寝っ転がっている訳にはいきませんよ」
「うぐぐぐぐぐ」
ぐうの音も出ないほどいい子だ。正直初対面で冗談半分に、俺の方が年上なんだから敬語だぞとかなんとか言ったのを律儀に守り続けて貰ってるのが申し訳なくなってくる。
しかしそれでも、こちらだって死活問題なのだ。だらけたい。怠けたい。ゴロゴロしたい。もうこれは俺の生き方なのだ。もはや意地である。
「じゃあさ、じゃあさぁ…アルジュナの言う通り、頑張るからさぁー…俺にもさ、ご褒美あってもいいでしょ?3日頑張ったら、1日怠けていいとかさー…」
「む…」
俺の提案に、アルジュナがようやく考える姿勢を見せ始めた。そんな姿を見ながら、ちょっと俺も色々考え始める。
そもそも、なんで俺なの?他にも好き勝手にしてる英霊なんていっぱいいるし、古株って言ったって、俺以外にもそんなの結構いるのに。同郷の奴らも最近じゃ増えてきていて、なんなら自分のオルタだっているのに。アルジュナはやたらと俺に構い、やたらと話しかけてくるような気がする。
「アルジュナってさ、なんで俺にそんな構うの?」
「え?」
目の前に答えを持った本人がいるのにあれこれ考えるのも馬鹿らしくなって直接聞くことにした。考え込んでいたところにいきなり質問されたからか、アルジュナはびっくりして目を丸くした。
「嫌とかじゃないよ。俺アルジュナのこと好きだし。ただ、ほら、勝手してる英霊なんていっぱいいるじゃん。なのに俺ばっか引っ張り出すでしょ。なんで?」
「……ええと、それは、その」
アルジュナはそう言って、下を向いて黙ってしまった。何か理由が、例えばなんとなく1番指導しなくちゃ、みたいな具体的な理由があるのかと思って聞いたのだが、なんだろう。そんなに言いにくい事だったのだろうか。え、俺は一体、そんなに言い淀まれるほど、何をどう思われているというんだ…。
「……あの、」
ようやく顔を上げたと思ったら、何故か頬が赤い…ような気がする。褐色って分かりにくい。
「それは、ですね。私が…単に…」
うんうん、と頷いて続きを促す。アルジュナは一呼吸置いて、口を開いた。
「単に、あなたと、一緒にいたいだけです…」
…………なんて?持っていた割り箸がパキッと割れて食べていた親子丼に落ちていった。今、なんて?
「…すみません…」
申し訳なさそうにアルジュナは謝った。聞き間違いではなかったようで、な、なるほど、となんとか気を取り直し思考する。
つまり、アルジュナは、怠けるなとか貢献しろだとか言って俺を連れ出していたが、まぁそれも嘘ではないのだろうけど、実のところ、俺と一緒にいたかったから、こんなに連れ回してた、ってことになるのか?
「なるほど…なるほどなるほど…なるほど…?」
なるほどな。つまり、アルジュナは俺といたい。しかし俺はダラダラしたい。だから俺は引っ張り出される。が、それでは俺の要望だけ叶っていない。俺は別にアルジュナが嫌いじゃない。むしろ好き。つまり、なるほど、こうすれば全部解決しないか?
「じゃあ、アルジュナも一緒に俺とゴロゴロすればいいのでは?」
「え」
天才かもしれない。俺はもうこれだろ!みたいな感じでアルジュナに詰め寄った。
「だってさ、俺だって頑張りたいアルジュナに付き合ってるんだからさ、アルジュナだってダラダラしたい俺に付き合うべきじゃん?」
「…な、なるほど…」
アルジュナがやっと俺の話で納得し始めてくれた。嬉しくなって俺は上機嫌に話しかける。
「お前ばっか得しててズルいじゃん!俺の方も叶えられるべきだろ?」
「そうですね…その通りです。しかし、いいのですか?」
「何が?」
聞き返すと、不安そうに眉を下げてアルジュナが聞いてきた。
「私が一緒で、あなたの思うように過ごせるかどうか…」
「なんで?布団でゴロゴロするだけじゃん。俺の部屋なんもないけど、ベッドが部屋の8割閉めてるから1人増えようが狭くないよ」
そう、俺は心地いい眠りのために全てのQPを費やした男。部屋のベッドはキングサイズ。あとはなんもなし。最高。
そう返せば、ますますアルジュナは慌てだした。
「そ、そういうことだけではなくてですね」
「なんで?いいじゃん。アルジュナは俺といれるし、俺はダラダラできる。オールオッケーじゃん」
「そう、なのでしょうか…………そう、そうですね…?」
「オッケーオッケー、いえーい」
「いえーい…?」
ここまで言って、やっと頷いたアルジュナとハイタッチをした。そうと決まれば今すぐにでも寝たい俺はさっさと新しい割り箸を割って親子丼をかき込む。アルジュナも最後の一口を食べ終えたのを見て、よし、と席を立った。
「じゃあ部屋行こうそうしよう!」
「は、はい…え、今からですか!?」
久しぶりに起こされる心配をせず寝られそうだ。俺は何か言っているアルジュナの手を取り引っ張って食堂を後にした。


「ぐあああああああああああ!!!!!」
「オイ!大丈夫かおっきー!」
「ダメ…ムリ…あれで付き合ってないとか…死ぬ…くろひー…後は任せた…」
「おっきー!畜生!あの野郎共、おっきーになんてもん見せやがる…!…おっきー?おっきー!?…し、死んでる…」