アスクレピオス
「来たな助手。隣に来い。こいつの経過状態と脈拍呼吸数を書き取れ」
「え、あ、は、はい!」
緊急だとアナウンスで呼び出された医務室には、もう既に治療の準備を完了させたアスクレピオスがゴム手袋をはめて待っていた。診察台の上には、何やら青い顔で口から泡を吹き出している男が横にされている。
急患だ。慌てて言われた通りにバイタルチェックを始めた。脈も酸素も危険な数値だ。危険な状態です、とアスクレピオスに伝えると、涼し気な顔で「知っている」と返された。
「何かが原因で消化器官の働きが弱まっていると考えられます。先生、これは…」
「キノコ」
「へ?」
ぽつりと言われた言葉に思わず聞き返す。するとアスクレピオスは「だから」と続けた。
「コレのせいだ」
くいっと顎で示された先には、見るからに『僕は毒キノコです!!!』と主張しているかのような毒々しい紫のキノコがトレーに乗せられていた。なにこれ?
「コレ…を…食べたんですか?この人」
「そうだ」
ぴくぴくと診察台の上で陸に上げられた魚のように体を跳ねさせている金髪の男は、意識は無いはずなのにうわ言のように「ぅ…メ、メディア…」と繰り返している。英霊が食あたりなんかで倒れるはずがないのだが、どうやら彼はこの毒キノコを食べて倒れたらしい。何故こんなものを食べてしまったのだろうか。
そうこうしているうちに、彼の顔はどんどん青を通り越して紫のチアノーゼになっていく。慌てて呼吸器の準備をしようとその場を動けば、何故かアスクレピオスに首根っこをがしりと掴まれた。
「何をしている。お前は病状の経過を書き留めることに集中しろ」
「は、はい」
治療は自分がやる、ということだろうか。言われた通りカルテに細かく観察記録を書き留めるが、アスクレピオスは呼吸器の準備をすることもなく、それどころか毒キノコの解析を始めていた。おいおい。
「先生、患者、呼吸数、落ちてきてますが…」
「安心しろ、死にはしない」
「先生、患者、うわ言のように『メディア』と繰り返していますが…」
「安心しろ、いつもの事だ」
こちらを見向きもせず毒キノコを調べていたアスクレピオスが、ふむ、と言ってヒューヒュー喉を鳴らす患者の方を見向きもせず俺の隣に戻って来た。
「どうやらイアソンだけに姿が変わるよう魔術礼装がかけられていたようだな。イアソンはそうとは知らずにコレを口に入れた、と」
「はぁ…なんでそんなことに?」
「知らん。思い当たる節しかなさすぎて逆に知らん」
もう興味は無くなったのか、どうやらキノコ自体は彼の意識を向けられるに値するものではなかったようで、ポイと適当に捨てられていた。はぁ、とため息をついて、ようやくイアソンと呼ばれた瀕死体の男を視界に入れる。
「つまらん、メディアも食わせるならもっと面白い発症のキノコを食わせろ。ただの食中毒だ、英霊ならほっとけば治る」
「いやでも…苦しそうですよ」
「なら処置をしてやれ。しなくてもその内治るが」
やれやれといった感じで、アスクレピオスはゴム手袋を外してしまった。どうやら期待していたような事にならなかったらしい。ムスッとして椅子に座り、俺にやるなら早くしろと視線で伝えてくる。
「あの、俺がやっていいんでしょうか…知り合いなのでは?」
「いい。これぐらいの処置、お前なら問題ないだろう」
今のは褒められたという事でいいのだろうか。喜びを隠す為に顔を背けて準備に取り掛かった。酸素を送り込む準備をし、念の為点滴の用意もしておいた。サーヴァントって、点滴いるのかな…。まぁでも今口から何か摂取できる状態には見えないしな…。
「お前は」
処置があらかた終わった頃、アスクレピオスが突然口を開いた。お前は、と言った後に言葉が続かないため、大人しく顔を見て待っていた。顔が良い。
「そういった処置の仕方は、前任者に教わったのか」
前任者、と言われてぱっと思いついたのは1人しか居ない。「はい」と言って頷くと、「そうか」とだけ返された。
しばらく無言のままアスクレピオスは目を閉じていた。綺麗な白い睫毛を見つめていたら、ふいに開いた瞳と見つめ合うことになってしまい、なるべく平常心、平常心だぞ…と心の中で唱える。
「付き合いは長かったのか」
「かなり、さすがにドクターの方が俺よりずっと前からカルデアに居ましたけど…。そうですね、それなりに。一緒に居たと思います」
思い出してしまう。柔らかく気の抜けた笑顔だとか、優しい彼の声を。医者の見習いでしかない俺に、彼は持てる技術全てを教えてくれた。今思えば、あれは…、託されていたのかも、しれないと思うほどに。
無言になった俺に、アスクレピオスはどこか歯がゆそうにしかめっ面をしていた。「そうか」とまた同じように呟いて、寄せた眉をそのままにしている。
「あの、先生。どうされましたか?」
「ヒュ、お前が前任者と、どういう、関係だったか気になってるけど、聞けねぇなーって、おもっ、てんだよゲホォッ!」
「うわっ」
急に呼吸器を外して喋りだしたと思ったら、案の定ゲホゴホとのたうち回った男に駆け寄り呼吸器をあてがい直す。何してんだこの人。
「ちょっと、まだ苦しいんだから外しちゃダメですよ、ていうか喋っちゃダメ!」
「ヒュ、くそ、メディア、のやつぅ…ヒュ…」
「あ、脈上がってる…大丈夫そうだなあんた…」
「だからそう言ったろうが。もういい、あとは僕が診る。お前は出てろ」
「え、あの、先生っわっ」
ひょいっと摘まれてそのまま診察室からポイと出されてしまった。問答無用で閉められた扉をしばらく睨んだが、開く気配もなし、仕方が無いので
とぼとぼとその場を後にした。


「なんだよ、言いにくそうだから代弁してやったんだぞ?まぁなんだ、お前もそういうことを思う奴だったんだなぁ〜はっはっはおい待てその手に何持ってるんだ」
「症状が凡庸なのは食べる量が足りないからだと思ってな。もう一口いけ。安心しろ、何があっても治してやろう」
「いやまてまてまてまてまて」
「メディアリリィが用意したものだったなら面白い物になったかもしれんのだがな。コレはメディアの方か。惜しいな…」
「悪かった!悪かったから!照れ隠しにそういうことをするのはやめろ!オイ!違うか!マジでやりたいだけだなお前もがーーーーーっ!!!」