酔っ払い以蔵さんと男主


お酒に酔った以蔵さんは、アルコール臭いし、やたら寄りかかってきて重いし離れようとするとうだうだと暗いことばかり口にするのでとても苦手だ。今日も最近お気に入りの缶ビールを空けて、そろそろ虚ろになりそうな目で呂律の回らない土佐弁をまくし立てている以蔵さんは、胡乱な目で見ている俺の肩に腕をまわして、さらに酒を一口大きくあおった。
真っ赤な顔で一度天井を見た後、もう焦点の合ってない目が俺の方を見る。「にゃー」と猫の鳴き真似かとも思える呼び掛けをわざと無視をしていると、今度は首筋に顔を埋めガブガブと甘噛みし始めた。
「以蔵さん、くすぐったい。やめて」
「ふひゃふぁふぁふぁ」
「ん…くすぐったいって」
何が面白いのか、俺の頸動脈に歯をあてがったまま笑う以蔵さん。吐息がアルコールの臭いだ。鼻がツンとする。
こっちの声など届いていなさそうな以蔵さんの肩をあやす様に叩く。ぐずった子供のように、駄々をこねるように、以蔵さんは背中に腕を回してきて、俺を逃げられないようにホールドしてきた。こうなると、押し返すにはそれなりに力を込めなきゃいけなくなるけど………そうすると意地になって力を強めるのが目にみえている。
「以蔵さん、俺動けないって」
「それでええわ」
「良くないでしょ…」
これはもう完全にダメだ。肩に吐かれる覚悟も決めなくてはいけないかもしれない。
狭い畳の部屋には、俺と以蔵さんと、以蔵さんの飲み干した缶ビール。カーテンのない窓には雲がかった満月がそれでも部屋を白く薄ぼんやりと照らしていた。
何も無い部屋。以蔵さんを召喚してからは毎日酒の空き缶空き瓶掃除の日々だが、部屋にはもともと物が無い。寂しい部屋だと文句を言われたが、気兼ねなく酒が置けるからええわ、とのことだった。
以蔵さんは強い。自信家でたまに考え無しだが、それを補える実力がある。いつもその力に助けられている身だし、俺自身は金があっても欲しいものなど殆どない。だから稼いだ金で以蔵さんが何をしようが責めるつもりなど毛頭ないのだが、どうやら先月、他の地区のサーヴァントに怒られたらしい。この辺りの夜店を出禁にされたとたいそう立腹して帰ってきた日から、以蔵さんはこうして宅飲みで潰れ、絡み相手が俺しかいない為こうなってしまっている。
「なんじゃあ〜!名前もわしを叱るんか!どいつもこいつもガヤガヤガヤガヤ、いちいちうるさいんじゃ!」
「叱らないよ…。ほら、以蔵さんは強い〜以蔵さんは最強〜」
これ以上ないくらいてきとうに褒めたのだが、当の本人は満更でもなく、というかかなり嬉しそうに体を左右に揺すり始めた。首筋に埋めていた顔を上げ、俺の顔に鼻がぶつかりそうなほど顔を近ずけてくる。酒くさい。
「そーかそーか、しょーがないき、もうちっくと褒めさしちゃる」
「キャー、イゾーサンカッコイー、ダイテー」
もうこんなんで勘弁して頂こう。赤ちゃんみたいに背中をポンポンし続けたらこのまま寝てくれないだろうか?
その時突然、ため息を吐く筈だった半開きの口が生暖かくなる。押し付けられる肉の感触。湿った何かが唇を這った。
驚いて飛び退こうとしたが、逆にのしかかってきた質量とビクともしない身体に押され、俺はそのまま後ろの床に後頭部を緩く落とす。上から押し付ける形で、口をこじ開けて入ってきた舌に肩が跳ねた。
両肩を掴んで下から抑えようとしても、どうしても降りてくる力の方が強く、抗えない。何度か角度を変え俺の呼吸を荒らした後、ようやく以蔵さんは唇を離した。
「ええよ」
「っ、ゲホッ、なにが!」
「抱く」
「は」
俺に跨っている以蔵さんは逆光で表情が見えない。影が俺の身体を覆い尽くして、見下ろしてくる眼光だけを鋭くさせた。以蔵さん、と言おうとして開いた口に、またしても以蔵さんはかぶりついて来ようとしている。俺は咄嗟に両手で自身の口元をガードした。
「あ?」
「いや、だから、その、…男!俺、男だから、その、以蔵さん、経験…」
「ない。なんとかなるじゃろ」
「な、なるかい!」
思わずツッコミを入れてしまったが、どうやらそのノリがお気に召さなかったらしい。表情が見えない筈なのに、ムスッとしたのが空気で分かった。
「名前が言うたがじゃろうがァ!」
いやそうだが。普通に考えて冗談だろうに。
どうやら酒が脳みそまで回ったらしい。怒ったと思ったら、今度は鼻を鳴らしてグズグズと泣き出してしまった。子供か。
「なんじゃあ〜、名前もわしを置いていくんじゃあ〜〜」
「どこにだよ…どちらかというと、この状況に置いてかれてるのは俺なんだよ…」
しまいには胸を枕にされ涙を染み込まされる始末だ。仕方がなく背中をポンポンし続けていたら、次第に声はか細く、呼吸は規則正しく、穏やかな寝息が聞こえてきた。………寝た。寝やがったぞこの酔っぱらい。
「……あ〜〜」
酒の味が残る口元を指で触り、まだ感触の残る熱い感覚を思い出して頭が痛くなった。朝になったら覚えてなければいい。以蔵さんは大抵酔った時のことは覚えてないし大丈夫だろ。
そう言い聞かせて、胸の上の男を床に落っことした。重い。涙もヨダレも垂らしやがって。
「酔っぱらいめ…」
やりたいだけやって気持ちよさそうな寝顔を恨めしげに睨みつけ、腰にしがみついてやる。今日はこのまま抱き枕にしてやろう。起きた時のささやかな嫌がらせだ。
「…おやすみ、以蔵さん」
どこにも置いてくわけないのに、とは言わないでおこう。





「ん…」
瞼の向こうから日光の白さが透けて見える。どうやら朝になったようだ。いや、もしかしたらもう昼に近い時間かもしれないが。
目が光に慣れるまで時間がかかる。ゆっくりと瞼を持ち上げ目を擦ろうと抱きしめていた何かから腕を解くと、ソレはビクッと僅かに身動ぎをした。
「………」
そういえば昨日、嫌がらせだと思って以蔵さんの腰にしがみついたまま寝た気がするんだが、よくよく考えるとあの流れの中、かなり恥ずかしい事をしたのではないか?と思考が止まる。…俺も酔っていたのだろうか。
おそるおそる、顔を上げる。片手はまだ抱き枕にしていた誰かの腰にしがみついたままだ。ややはだけた着物の襟を通り、目を丸くして真っ赤な顔の以蔵さんと視線が合った。
「……おはよう以蔵さん」
「………」
自分の笑顔が引き攣るのが分かる。これは多分、昨日のことを覚えている顔だ。なんで今日に限って覚えてるんだ。いっつも忘れた忘れた言っているくせに。
「い、今離れるから」
急いで起き上がろうと身体を起こす。が、直ぐに腕を引っ張られて転げ落ちるように床に倒れる。顔を両手で挟まれ、真剣な顔で以蔵さんが睨みつけていた。
「断ったじゃろ、なんで引っ付いて寝ちゅうんじゃ」
言っている意味が一瞬わからず固まったが、昨夜のことを思い出し顔がいっきに熱くなる。あんな酔っぱらいの戯言を蒸し返すなんてどうかしている。そんな本気で怒った顔をされる筋合いなんて無いはずなのに。
「酔ってたじゃん」
「今は酔うちょらん」
なんだそりゃ。以蔵さんが何かを待つように俺の言葉を待っているが、なんて言うか、自分は酒の力を借りたくせに……と思うと、どうにもムカムカしてくる。なんで俺が言わなきゃいけないんだよ。
「以蔵さんが置いてくなっていったんじゃん。朝起きた時そばにいなかったら泣いちゃうかと思って一緒にいてあげたの。感謝しろよ」
「なっ!?」
以蔵さんが絶句してる隙を突き、拘束を逃れその場を離れた。水が飲みたい。お腹も空いたしなんか食べよう。後ろから、なんじゃああああ!とか聞こえてくるが無視だ。今日は無視。
調理中にちょこまかと後ろから喋り続けてくる以蔵さんを無視し続け、今度シラフで言えたら許してやろう、と心の中、内緒で思った。