ディルムッドと男主
「ディル、ディルー」
「どうされましたか、マスター」
呼びかけながら部屋を移動していたら、奥で掃除をしていたのか槍の代わりにクイックルワイパーを装備していたディルがひょこりと顔を出した。掃除なんか俺がやるからいいと言っても、マスターのお役に立たせてくださいといつも爽やかに微笑まれてしまう。顔面で押し切られている。
「遊びに行こう、遊園地」
「え?えっと、…今からですか?」
「?。うん」
そうだと頷くと、きょとんとした顔のディルはしばらくして、ははっと笑った。
「いつもながら唐突ですね…なにか理由が?」
「CM見て行きたくなったから」
ぼーっと眺めていたテレビ番組の合間に流れた、某遊園地の新アトラクションが面白そうだったのだ。それに遊園地なんて久しく行っていない。1人ではちょっと寂しいが、ディルがいるなら問題ないだろう。
「マスターが望むのであれば、俺はお傍に」
「やった」
着いてきてくれるらしい。小さくガッツポーズをするとディルはまた笑った。
「あ、なぁ、お揃いの服で行こう。今流行ってるんだって、そういうの」
「ふむ…なるほど?」
「服がお揃いだと、割引になるのもあるらしいよ。ほら」
ちょうどさっきと同じCMが流れてきたので指をさす。画面には"あなたの大切な恋人と"というナレーションと共に、笑顔でペアルックに身を包む男女が手を繋いでいた。
「ね」
「えっと、マスター、これは、その、恋人同士のキャンペーンなのではないでしょうか?」
照れた様子で、少し戸惑った表情のディルに首をひねった。
「デートだから間違ってないよ。…ディルは…嫌?」
「滅相もございません!!!!不肖このディルムッド、ペアルックに身を包ませさせて頂きます!!!」
クイックルワイパーを肩に掛けて背筋を正し、ディルは胸をバシンと叩いた。
「お次のお客様、どうぞー」
「はい」
顔の良いディルに視線が集まる一方、俺たちの番が来たので呼ばれる方へ歩き出した。ディルはというと、下を向いて帽子を目深く被っているのだが全然オーラというか、美形の粒子が漏れ出ていて意味が無い。観念してもう顔をあげた方がいいと思う。
「お客様、ペアルックでお越しいただきありがとうございます!」
スタッフのお姉さんは同じパーカーに身を包んだ俺たちを見るとニコッと笑った。プロい。10パーセント引きです、とチケットの代金を提示され財布を取り出す。代金を渡した時、何か言いたげな、うずうずとこちらを伺うスタッフのお姉さんと目が合った。
なにか?と首を傾げると、お姉さんは「あの!」と頬を上気させた。
「とても素敵なペアルックで…」
「ありがとうございます」
褒められたのでにこっと笑えば、お姉さんはますます顔を赤くした。お釣りをいそいそとこちらへ差し出すと、また小さく「あの…」と声をかけられた。
「失礼ですが…お2人は、お友達なのでしょうか…それとも、その、…」
「え?」
その言葉に不思議に思い、再び首をひねる。キャンペーンの概要を指さして、これ、と示した。
「カップルキャンペーンですよね?何か間違えましたか…?」
「いいえ!!!ありがとうございます!!!どうぞ隅々までパークをご堪能ください!!!ありがとうございます!!!」
2回も感謝されてしまった。どうもと興奮気味に手渡されたパンフレットとチケットを受け取ると、何故か周りの女性がうんうんと頷いて目を閉じているのが見えた。男性陣はなんか一様に苛立たしげに睨んできているが。
「マスター…」
ディルはため息をついて、少し顔を赤くしながら肩を落としていた。この空気は何だろうか。
「ディル」
手を差し伸べると、石のようにディルは固まった。動けーと1本だけ垂れた前髪をくいくい引っ張ると、「ハッ!?」と我に帰ってくれた。
「マスター…もしやそれは…」
「手」
「ですよね…」
周りの人だかりを見渡して、困った顔でディルが「あの、」と耳打ちしてくる。
「人目がありますし、その。変に目立つのは…」
「ディル」
片方の手を掴むと、ディルはビクッと震える。俺はせっかくこうして来れたのに、周りばかりを気にされてちょっとむくれていた。
「デートなんだってば…いいじゃん、ディルのあほ」
「マ…マスター…!」
ガシッと両手で今度は俺が手を掴まれた。顔面宝具が近い。キラキラした目のディルが眩しくて目を細めた。
「お客様…」
いつの間にかスタッフのお姉さんがハンカチで口元を抑えながら近くに来ていた。手に何かを持って差し出している。忘れ物でもしたかな、と受け取ると見たことの無いチケットだった。
「どうぞ…お使いください…全アトラクション1日無料券です…」
「え」
なんで?俺が返そうとすると、お姉さんは必死で突き返してくる。
「違うんです!これはスタッフとしてではなく! 1個人として差し上げるので!どうか有益にお使いください!!!」
「わ、私の飲食割引券も使ってください!」
「私のも…!」
「えっ、えっ」
どんどん貢物が集まってくる。返す間もないまま、俺たちの手にはまだ園にも入っていないのにチケットやらマスコットの耳やらが追加されていく。どうしたのお姉さん達は。男子の目怖っ!
「マスター!これ以上はいけません!申し訳ありませんが、逃げましょう!」
まだ何か渡そうとしてくるお姉さんたちを振り切り、ディルが俺の手を取り走り始めた。
手を引かれるま走る。ぎゅっと握られた手を握り返す。ディルといるといつもこんな感じになるが、本当に退屈しない。
まぁ運はないけどな。慌てるディルの横顔を眺めながら、楽しくなりそだとひっそり笑った。