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「それはなんでしょうか」
またしてもカルナをパシリにしようとしていたドクターの秘蔵黒蜜団子を没収し、俺は大丈夫だと言うカルナの制止を振り切って黒蜜団子を抱えたまま逃亡した先の食堂で、いきなり話しかけられた。
声のした方へ振り返ると、このカルデアではよく見る顔の英霊が居た。よく見る、というのは遭遇率ではなく在籍数のことである。自分と同じ顔の存在が複数居ることをどう思っているのだろうと常々考えているのだが、それはさておき、ブリテンの男装麗人、アルトリア・ペンドラゴンが俺の手にある黒蜜団子を凝視していた。
なんでしょう、って、ドクター秘蔵の老舗団子屋の高級黒蜜団子なのですが…。
見てる。すごい見てる。おかしいな、気のせいかヨダレが出てる気もする。そんなわけないよな。騎士として誇り高い彼女が…あっ、今お腹の音が聞こえた…。
しかし分からない。俺の持っている黒蜜団子、確かに美味しいと有名なのだが、今は箱の状態だ。なんでどうしてこれの中身が食べ物なのだと分かったのかは理解不能だが、なんだろう、何かのスキルとか?そんな事に発揮しないで欲しい。
黒蜜団子の入った箱から目線を全く逸らさない王に、多分何を言っても追い詰められるな、と察したので、大人しく白状することにした。老舗団子屋の黒蜜団子です。カッコでドクターの、と入るが割愛だ。焼きそばパンでも食ってればいい。
黒蜜…団子…と目をキラキラさせて「ほぅ…」と呟くブリテンの王は、不敬なんだろうがとても可愛かった。黒蜜団子もアラサーのふにゃふにゃ男子に食べられるより、ブロンド美人に食べられたがるはずだ。うんうん、俺は悪くないぞ。
「あの、食べますか」
「!」
その言葉を待っていた!というように、彼女はバッと勢いよく、ここで初めて黒蜜団子の持ち主である俺を見たのだった。
「良いのですかっ」
「セイバー、何をしているんだねキミは…」
俺が答えるより先に、誰かが返事をしていた。声は俺の真後ろから聞こえていて、振り返ると、厨房から出てきたであろう黒いエプロンを装備したエミヤが腕組みをしてアルトリアを見ている。
「む。アーチャー、いえ、これはですね」
「かの王が直感スキルでお菓子を感知するんじゃない。というかキミ、さっきデザートを食べたばかりだろう」
なんと王は食後であった。自分でも恥ずかしくなったのか、アルトリアは 「うっ」と言葉をつまらせ歯噛みして1歩後ずさる。
「し、しかし、分けてくれると彼が」
「キミの勢いに押されているように見えたのだが?」
「うっ」
アルトリア・ペンドラゴン、劣勢であった。うぅ…と黒蜜団子と俺、エミヤをチラチラと交互に伺っている。よっぽど食べたいんだな…。
「あの、いいですよ。別に」
食べるかどうかを先に聞いたのは俺だ。ここは助け舟を出すべきだろう。
「!!」
アルトリアの顔が、パァァァと明るくなる。エミヤが額に手をやり溜息をついていたが、申し訳ない。こんなに喜ばれるなら、嬉しくなってしまう。
「まったく、あまり甘やかさないでくれ。ただでさえ円卓が集まって、セイバーに菓子を与えすぎている節があるんだ」
「アーチャー、菓子だけを食べているわけではありません。今朝はガウェイン卿のポテトだって摂取しています」
「それについては強く言えないが…」
何やら事情があるらしい。しかしこの2人、仲がいいのだろうか。接点があるようには見えないが、英霊も色々あるんだろう。
いくらか言い合いをした後、折れたのはエミヤだった。まぁ、持ち主の俺が了承しているので、最初からそこまで強く止める気もなかったのだろう。「そこに座りたまえ。茶を用意してくる」とエミヤは厨房に戻って行った。
俺は団子をテーブルに置いて退散しようと思ったのだが、アルトリアに引き止められてしまった。「貴方も2、3個、い、いえ、半分こ、しましょう…」という絞り出すような言葉にすぐさま首を振ろうとした時、背後から有無を言わさぬエミヤの威圧を感じ、その気迫に思わず俺もこくこくと頷いてしまった。

彼女は背丈こそ小さいが、一国の王なのだ。緊張で餅を喉につまらせそうだ。俺が椅子に座らずに逡巡していると、アルトリアはすっと椅子を引いて「どうぞ」と俺に座るよう促した。不敬罪で円卓に殺されるのでは?向かい側に座るアルトリアはピンと背筋を伸ばしている。視線でも逸らそうものなら、柱の影から矢でも飛んでくるんじゃないかと内心冷や汗が止まらない。
「そういえば、自己紹介が遅れましたね。私はアルトリア・ペンドラゴン。クラスはセイバーです。貴方の名前を伺っても?」
凛として誠実な自己紹介だったが、知らないわけはなかった。ただ、きっと知られていようがいまいが、彼女は自分と向き合う人間がどういったものであれ、同じように対するのだろう。こんな一端のスタッフの名前を聞いたって意味はないと思うのだが、ここでそんなことを言えば首から上は無くなる気がする。
「名字です」
「名字。感謝します。黒蜜団子、なんと良い響きでしょう。美味しくいただきますね」
まぁ、もしかしたら全部は美味しいものが食べられるからというのが原理なのかもしれないが。



余談だが、ドクターが食堂に駆けつけてくるまでにアルトリアは結局黒蜜団子を半数以上つまんでいてエミヤに怒られた。ドクターは、何でアルトリアが食べてるの!?とかなり本気で悲しんでいたので、仕方がなく俺が手に持っていた分を口に突っ込んであげたら、怒ってるんだか喜んでるんだかよく分からない表情のまま、むぐむぐと大人しく団子を食べていた。うんうん、食べられてよかったね。