最近、藤丸くんとよく話をするようになった。
というのも、彼の方からちょくちょく話し掛けて来るようになったからだ。最初はぎこちなく返事を返していただけだったが、ここカルデアでは珍しい普通の少年っぽさと、彼の持ち前の人柄もあり、以前よりも幾分か、今は会話が弾んでいる、ような気がする。
「名字さん」
今日も藤丸くんは休憩中にあくびをしていた俺に会いに来てくれた。休憩時間はたいてい温室の隅にあるベンチに居ると教えた日から、彼は度々、俺なんかを探して会いに来ているらしい。
「どうぞ」
広々とベンチを使っていたので、少し移動してスペースを空ける。手でポンポンと叩きながら相席を誘うと、彼は嬉しそうにはにかんでおじゃまします、と座った。
藤丸くんと話す内容は、なんてことのない普通のことだ。今日は、以前俺が実家に犬がいると話していたことを思い出したらしい。俺もかわいい愛犬のことを楽しそうに聞いてくれるので、つい熱弁してしまった。
……それは良かったのだが、休憩時間が終わる頃、俺は今日自分ばかりがベラベラと喋ってしまったことを、すぐにもの凄く後悔した。いくら藤丸くんが聞き上手だろうと、一方的でつまらなかったと思う。やってしまった。
「ごめん。俺ばっかり喋って…つまんなかったよな」
「そんなことないですよ?」
藤丸くんは一切邪気を含まない声色でそう答えた。
「俺が聞きたくて聞いてたんです。というか、俺が名字さんの話を聞きたいって言ったんじゃないですか」
多分だけど、その言葉には嘘など微塵も無いと思った。なぜだか藤丸くんの言葉には、全てに、気持ちだとか、本心を感じさせる力がある。思えば、彼の言葉には出会ってから1つも疑念を持ったことがない。それこそが今、俺が目の前の少年に対して、余計な緊張をせずにいられる理由であり、また彼が多くの英霊と絆を結べる証なんだろう。
なんだかホッとした俺は、照れ隠しのために椅子から立ち上がった。休憩ももうすぐ終わる。ありがと、と小声で伝えて温室から逃げるように足早に出ると、藤丸くんが少し駆け足で追いかけてくる足音が聞こえてくる。
まずい。今顔を見られるのは阻止したい。程なくして俺に追いつき、隣に並んで歩き出した彼のいる方とは反対を向いて歩く。なんだか隣で藤丸くんが笑っている気がする。悔しかったので少し歩くスピードを早めたが、藤丸くんもさらに加速してくるので、それに負けじと加速すると藤丸くんも加速。俺、加速。藤丸くんも加速。負けじともはや早歩きを超えて走り出したら、藤丸くんも走り出した。なんかもう歯止めが効かなくなったので数億年ぶりにダッシュした。それは彼も同じだったらしく、いつの間にかカルデアの廊下を鬼ごっこで駆け抜けていた。だが悲しいかな、藤丸くんは足が早かった。それもそうだろう。あらゆる危機的状況でも生き延びてきた彼の走りには、いつもモニターに睨めっこな俺ではとても太刀打ちできる筈がないのだ。
「捕まえた!」
がしっと腰をホールドされた。ついに捕まってしまった。まぁ逃げられたのはものの数秒で、久しぶりの運動に息も絶え絶えだ。だというのに、俺はもうこの状況が何故かおかしくって仕方なかった。ぜぇぜぇ肩で息をしながら、それでも笑いが止まらない。
「あ、ははは、は、なにこれ、はは、ばっかじゃ、っねーの」
息を乱しながらひとしきり笑う。が、そんな余裕もなくなり深呼吸を数回繰り返した。しかし悲しいかな、息はまだまだ全然整う気がしなかった。
…というか、藤丸くんはいつまで腰にしがみついているのだろう。そろそろ離してくれないと、誰もいないとはいえ、一応廊下なので恥ずかしいのだが。
「藤丸、くん。逃げないから、離して、くれない?」
「嫌です」
そう言った藤丸くんは俺と違ってすぐに呼吸が整っていて悔しかった。ていうか今、断られた?
「は、離して。恥ずかしいから」
「知ってます。顔赤いです」
「これは、酸欠だから!」
もちろん嘘だが、半分は本当なので許されたい。当然分かっているであろう藤丸くんは、笑いながらようやく離れてくれた。抱きつかれていた箇所が、離れたというのにまだ熱を持っている。
「じゃあ、負けちゃった名字さんは罰ゲームね」
いつの間にそんなルールが?しかし負けてしまったものは仕方がない、年上の余裕として、甘んじて受け入れてやろう。俺がまだ若干整っていない呼吸で「何?」と言うと、藤丸くんはニッとはにかんで言った。
「俺のこと、立香って呼んでください」
それが藤丸くんの言う罰ゲームだったので、ジュースを奢って、とかを予想していた俺は呆けてしまった。
名前を呼ぶくらい、大したことはない。そう思っていざ目の前でニコニコしている藤丸くんに向き合うと、何故だか無性に恥ずかしい気がしてきた。違うぞ、そんな少女漫画じゃあるまいし、全然緊張してない。これはまだ呼吸が整わなくて、うまく声が出せないだけだから。
言葉に詰まる俺を、藤丸くんはわくわくした笑顔でじっと待っていて、その姿が待てをする犬を連想させる。
俺は意を決して口を開いた。
「り、…立香、くん」
「はい、名前さん」
お前も呼ぶのかよ。