頬をぺしぺしと遠慮がちに叩いてくる僅かな振動で、俺のボヤけた意識が徐々に深海から海面へと浮かんでくる感じがした。ゆっくりと開く瞼にぼんやりと見える人のシルエットが俺を覗き込んでいるのが分かる。俺が体を起こそうと肘をついて起き上がると、その人は背中に手を当てて手伝ってくれた。
まだなんだか意識がハッキリしてこない。重たい瞼を擦って2、3度瞬きをするとようやくピントが合わさってきた。ここはどこだろうか。どう見てもこの地面は家ではなく野外だし、ゴツゴツとした岩肌に触れている尻がけっこう痛い。
「大丈夫ですか?」
忘れていた。俺を起こしてくれた親切な人の方へ向き直ると、そこには俺よりもいくつか歳下に見える、幼い顔立ちの黒髪の青年がいた。僅かに既視感のある青年は見慣れない格好をしていて、なんというか普通の服装には見えない。大袈裟かもしれないが、戦闘服のようにも見えなくもなかった。
「大丈夫…えっと、ここ、どこ?」
「それがオレにもわかんなくて」
へへ、と照れくさそうに笑う青年は、その言葉とは裏腹にあまり焦りや疑問の色が見えないどころか、どこかこなれた様子さえ窺えた。
「怪我はないですか?」
「あ、ああ、うん………キミは?」
「藤丸立香です」
すんなり名前を教えてくれた青年に面食らいつつも、俺は自分の名前も告げないまま失礼だったなと居直して彼を見据えた。まだ幼く見えるはずの、青年の全くブレない視線になんだかどきまぎしてしまう。
「名字名前です」
「え?」
不思議そうに首を傾げる青年は、俺の名前に心当たりがあるようで目を丸くして驚いた。
「アルジュナが言ってた人…?」
その一言で、そして手の甲の令呪で、俺もなんとなく彼が誰なのかが分かってきた気がした。
「「アルジュナのマスター?」」
2人声を揃えて指をさしあった後、程なくして俺たちはまた揃って照れ笑いをした。
パチパチと焚き火の音が洞窟内に響いている。サバイバル能力がやけに高い藤丸くんがてきぱきと小枝をかき集めてポケットから取り出したマッチで火をつけた時は、いつも持ち歩いているのかと思わず聞いてしまった。「こういう事結構あるんで」と笑いながら言っていたが、笑い事じゃない気がするんだけど。
とりあえず、お互いどうしてここに来てしまったのかの話をした。俺はいつも通りジュナオたちと遊んだ後うたた寝をして、そして夢の中で海に飛び込んで。藤丸くんの方もいつも通りカルデア?の自室で眠ったらしい。そしてここで目が覚めた時は、俺がずぶ濡れで倒れていたそうだ。そういえばやけに寒いと思ったが雨に濡れた子犬のようにびっしょりだ。寒さとか以前にこの状況の方が意味わかんなかったのでスルーしてしまっていたが、冷えた体に焚き火のあたたかさがありがたい。多分夢なのにね。
状況を整理していただけの話は、いつの間にかお互いの話に移っていった。ジュナオたちに会った時の事、夢でアルジュナに会った事、ジュナオの
おそらく、生前のこと。そこまで話した時に俺はやっと思い出した。彼はたしか、ジュナオの記憶の中に居た事に。
俺の話を真剣な表情で頷きながら聞いてくれた藤丸くんは、なら今度は自分のを、と話し出した。その話の大半はアルジュナに聞いたものと合致していたが、改めて聞くと彼の境遇の過酷さに圧倒されてしまう。こんな細い体の青年が、まだ学校に通っているであろう歳の青年が?俺はいつの間にか焚き火の炎に視線を移して俯いてしまっていた。
「アルジュナオルタの幼い姿かぁ、可愛いだろうな」
「可愛いよ」
俺が即答すると藤丸くんはあははと吹き出して笑った。
「ここ、アルジュナと夢の中で来た洞窟に似てるんです」
「アルジュナと?」
「はい。あ、えっと、アーチャーのほうの」
俺の頭の中に、電車の中で隣合ったアルジュナの笑顔が浮かんでくる。彼は元気だろうか。
「元気ですよ。最近は、かなり素を見せてくれるようになって…うん、本当に、いろんな顔を見せてくれるようになったかな」
焚き火の火花が舞う音が心地よく耳に響く。座って火を囲む俺と藤丸くんの顔がオレンジにぼんやりと照らされていた。
「………こんなこと聞いても、分かんないとは思うんだけどさ」
俺はなんとなくだけど、藤丸くんならと思って聞いてみることにした。藤丸くんは顔をあげて、俺の言葉が続くのをじっと待ってくれている。
「なんで、俺のところにさ、ジュナオは来たんだと思う?」
「うーん……俺の勝手な考えなんですけど。たぶん、名前さんのところに、ジュナオくんたちが行きたいと思ったから…なんだと思いますよ」
俺が藤丸くんの顔を見て固まっていると、藤丸くんは表情を変えずに、なんの気負いもなく、あっけないとも取れる気軽さで答えてくれた。少しはにかんで、藤丸くんはまた言葉を続ける。
「召喚される材料とか道筋とか…そういうのも勿論あったと思いますけど。でも、俺も彼らを召喚する時、なんで俺のとこに来てくれたのかなって考える時があるんです。考えて…わかんないから、だから、一緒に居て知ろうと思った。たくさん時間を共有して、仲間になって…だから、思ってるんです」
「みんな、それぞれ考えはあるんだろうけど…ここに来てもいいと思ってくれてるんだって。俺と一緒に、居てくれるんだなって。きっと名前さんもそうだと思います!」
ね!と言って、藤丸くんは年相応に幼く笑った後、少し恥ずかしかったのか頬を赤らめて顔を伏せた。俺はと言うと、もうなんと言って返したらいいのか分からずただひたすらに藤丸くんの方を見て固まってしまっていた。あぁ、なんていい答えを貰ってしまったんだろう。そうか、それでいいのかもしれない。
「藤丸くん」
「はい」
まだ若干赤く見える頬は焚き火のせいかもしれない。俺は心の底から彼に感謝の意を込めて微笑んだ。
「ありがとう」
「……はい!」
「あだっ!」
頭にごつんと硬めの衝撃を受けて俺は思わず声をあげた。いてぇ〜と体を丸めて頭を押さえ蹲る。
「起きた」
「……シロ?」
「そう」
柔らかい布団の感覚。肌寒かった洞窟の空気と岩肌はどこにも見えなくて、そこにはいつもの天井と白のもふもふした真っ白の髪の毛があった。
俺の顔に目と鼻の先まで近づいてきて顔を覗き込む白ジュナオに、未だにズキズキ痛む頭を押さえて俺は口を開く。
「シロくん頭突きしました?」
「シロくん頭突きしました」
機械のように反芻して返されてしまったが肯定ということだろう。重たい体を起こそうとしたら、白ジュナオが背中を押して手伝ってくれた。俺はいつも人に助けられてばかりだな。
「……もしかして、みんなでベッドに運んでくれたのか?」
「そう」
こくんと頷き、白ジュナオはふよふよと浮かんで部屋から出ていった。俺が起きたことを2人に言いに行ったのだろう。
窓の外はいい天気だ。すっかり冬空になったものの、カラッとした冬晴れの突き抜けるような青空が覗いている。ベッドから足を下ろすと床の冷たさに足先がひんやりした。それにしても、しっかり寝巻きにも着替えさせられてしまったようだ。本当に助けられてばかりな気がする。
まずは、コーヒーを淹れよう。ジュナオたちにはココアを。顔を洗って目を覚ましたら、温室の植物の手入れだ。階段を降りながら、微かに聞こえる話し声の方へ足を進めた。買い溜めたハロウィンのお菓子を口いっぱいに頬張る灰ジュナオを、後ろに隠そうと腕を広げて慌てているジュナオが見える。やっぱ食ったか。リスみたいになってる。灰ジュナオだけコーヒーにしてやろ。