9−1「字の練習?」

ミズキ:「主語はこれでしょ。で、これが……あ、じゃあもしかしてこれ油%Iな感じ? ……なんかそれっぽいかも」

ハリー:「さっきからなーにぶつぶつ言ってんだ?」

ミズキ:「油をしく、炒める……え? あ、ああ。ごめんきみか。来たなら言ってよ、びっくりするなあ」

ハリー:「なんだ、珍しく勉強してんのか」

ミズキ:「まあね。さすがに読み書きできないんではこれから生活していけないと思ってさ」

ハリー:「へえ。おまえなりにちゃんと考えてんのな」

ミズキ:「えらいでしょ?」

ハリー:「はいはい」

ミズキ:「苦笑いしないでよ。傷つくなあ」

ハリー:「どうせ思ってもねえくせに」

ミズキ:「へへ。ばれたか」

ハリー:「……」

ミズキ:「なに? じっと見て」

ハリー:「いや。普通に箸使ってたときも思ったけど、おまえ、文字の読み書きはさっぱりできねえのにペンを持つのはやたら上手いんだなと思ってさ」

ミズキ:「うん? ……上手い、かな? たしかに考えてみたら変だね。気がつかなかった」

ハリー:「そこだけすっぽ抜けるなんて妙な話だよな。手が覚えてるとかよく聞くけど、べつにそういうわけじゃなさそうだし」

ミズキ:「急にすらすら書けるようになったらいいんだけどねえ。……なんで言葉は通じてるんだか」

ハリー:「あ? なんだって?」

ミズキ:「ううん、こっちの話」

ハリー:「で、それはなにを書いてんだ? ……なんで隠すんだよ。いいから見せてみろって」

ミズキ:「ああ! 返してよ途中なんだから!」

ハリー:「うわ、へったくそな字。ミミズみてえ。……なになに? 人参、じゃがいも豚肉——。……なんだこれ」

ミズキ:「なにって『肉じゃが』のレシピだけど」

ハリー:「肉じゃがぁ!? 真面目に勉強してると思ったら肉じゃがのレシピを書き写してたってことか? まさかおまえ、こんなので字の練習をしてるんじゃあねえだろうな?」

ミズキ:「変、かな? ほら、興味があることのほうが覚えるかなあと思って」

ハリー:「新聞とか本とかほかに色々あるだろ? それをレシピって……食い意地が張ってるっていうかなんつーか」

ミズキ:「失敬な。それを言うなら生産的≠チて言ってよ」

ハリー:「考えてることはよっぽど消費的≠セけどな」

ミズキ:「誰がうまいことを言えと?」

女 性:「——こらこら。せっかくミズキがやる気になったっていうのに横から水を差すんじゃないよ。勉強になにを使ったっていいじゃないか。——はいこれ。この前言ってた里芋の煮物のレシピ」

ミズキ:「あ! ありがとうございます。忙しいのにわがまま言ってすみませんでした」

女 性:「いいんだよ、あたしゃただの下働きなんだから。こんなのでも役に立つんならいくらでも書くさ」

ミズキ:「そう言ってもらえると助かります。これ、おいもが口の中でとろけてほんっとうに美味しかったんですよ。今逃したら知りようがないと思って」

女 性:「嬉しいねえ。退院してもたまには顔を出してくれていいんだよ? うちみたいな男所帯じゃあ普段だーれもそんなことを言っちゃあくれないもんだから。やっぱり女の子はいいねえ。張り合いがあるよ」

ミズキ:「ははは。まあ、男の子ってたいがいそういうものらしいですからねえ(ちらり)」

ハリー:「なんでそこでオレを見る」

ミズキ:「いやあ? きみは味の感想とか言わなさそうなタイプだろうなあ、と思っただけ」

ハリー:「ああ? 悪いかよ。いいだろ、不味くても文句言わねえんだから」

ミズキ:「誰も悪いなんて言ってないでしょ。ま、たまには作ってくれた人に味の感想くらい言ったほうがいいと思うけどね」

ハリー:「嫌味かよ、うるせえな! だいたいおまえ、料理なんかしたことないだろ。レシピなんか知ってどうするんだよ」

ミズキ:「え、知ってたらそのうち作れるようになるかもしれないじゃん?」

ハリー:「おまえが?」

ミズキ:「失礼な! これでも一応女の子なんだよ? 料理くらいできますー」

ハリー:「なにが女の子だよ。ガラでもねえくせに」

ミズキ:「どこからどう見ても女の子でしょうが! しらーっとした目で見ないでよ、ちょっと!」

ハリー:「言っとくけど、オレはおまえのこと女扱いするつもりはねえからな」

ミズキ:「はいはい。それでけっこうですよー。私もきみのこと男と思ってないし」

ハリー:「ああ? オレは男だ!」

ミズキ:「だからそれは言葉の綾でしょうが!」

ハリー:「ま、食うのはいいけど、横にでかくならないようにせいぜい気をつけるんだな」

ミズキ:「また、すーぐそうやって憎まれ口を叩く」

ハリー:「おまえこそその減らず口をなんとかしろ。だいたい先にばかにしてきたのはそっちだろ」

ミズキ:「だからばかにしたつもりはないってば。っていうか、おまえおまえってね。私にはミズキっていう名前がありましてね!」

ハリー:「じゃあ言うけどよ! おまえこそきみきみって言ってるじゃねえか! それが面倒みてやる人間に対する態度かってんだ——」

(じゃれ合いが続く)

女 性:「はっはっは! 喧嘩するほど仲がいいっていうけど、本当だねえ」

(2023.08.25)
最終加筆修正(2025.05.29)

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