翌日、合宿二日目。午前五時三十分。
まだ空気はひんやりとしていて、
山の朝は思っていた以上に早かった。
(ねむい……)
まぶたが重い。
視界もどこかぼやけている。
それでも足は止まらず、
A組は相澤先生の案内のもと、
山の中の開けた場所へと集められていた。
寝癖が跳ねている人もいれば、
まだ目が開ききっていない人もいる。
三奈ちゃんは完全に力を抜いて、
私にもたれかかっていた。
(重いけど……ちょっと安心する)
その重さに、少しだけ眠気が紛れる。
「お早う 諸君。
本日から本格的に強化合宿を始める。
今 合宿の目的は 全員の強化及び、
それによる仮免の取得。
具体的になりつつある敵意に
立ち向かう為の準備だ。
心して臨むように。
というわけで爆豪。こいつを投げてみろ」
相澤先生の声で、少しだけ意識がはっきりする。
爆豪くんに渡されたのは、見覚えのあるボール。
(あ、これ……)
「これ…体力テストの…」
やっぱり同じことを思ったらしい。
「前回の…入学直後の記録は705.2m…
どんだけ伸びてるかな」
「おお!成長具合か!」
「この3カ月色々濃かったからな!
1kmとかいくんじゃねえの!?」
「いったれバクゴー!」
周りのテンションが一気に上がる。
(確かに、あの頃とは全然違うよね)
体育祭、職場体験、実戦に近い経験。
短い時間だけど、濃かった。
「んじゃ…よっこら…くたばれ!!!」
(くたばれ…)
相変わらずの言葉。
でも、その瞬間。
爆発音と共にボールが打ち出される。
空気が震える。
(速い…!)
一瞬で視界の先へと消えていった。
その飛距離に、自然と期待が高まる。
だけど――
「709.6m」
(あれ…?)
「思ったより伸びてない…?」
瀬呂くんの呟きが、
皆の違和感をそのまま言葉にした。
「約3カ月間、様々な経験を経て、
確かに君らは成長している。
だが、それはあくまでも精神面や技術面。
あとは多少の体力的な成長がメインで 、
個性そのものは今見た通りで
そこまで成長していない。
だから、
今日から君らの個性を伸ばす。
死ぬ程キツイがくれぐれも…死なないように…」
相澤先生が、少しだけ口元を歪める。
(来た……)
本格的な“強化”。
それも、“死ぬ程キツイ”レベル。
眠気が一気に吹き飛ぶ。
その後、それぞれの個性に合わせた
トレーニングが説明されていく。
プロヒーロー、プッシーキャッツの
メンバーも改めて紹介される。
ラグドールの“サーチ”。
(100人分の情報って…すごすぎる)
虎の“軟体”。
(見た目とギャップすごいなあ…)
フリフリの衣装に一瞬目がいくけど、深く考えないことにした。
そして――
「星宮」
名前を呼ばれる。
私は一歩前に出ると、
そのまま相澤先生に案内されて、
他のみんなから少し離れた場所へ移動した。
開けた空間。
周囲の音は少し遠くなる。
それでも、A組の姿は小さく見えていた。
(ここでやるんだ…)
「星宮のスターライトは、
光粒子が3〜5m展開し、
その光粒子を圧縮させることで、
様々な形状に変化させ、
飛沫させる事による衝撃を利用した機動力と、
防御力を兼ね備えていたな」
「はい!」
自然と背筋が伸びる。
眠気なんてもう残っていない。
「お前がやる事は、
球体ドーム状に光粒子を展開し、
最大範囲・最大出力で発光を維持する事。
それだけだ」
(それだけ……?)
内容はシンプル。
でも、出来る操作を全てやる。
それって――
「維持ってどれくらいですか?」
一応、確認する。
嫌な予感はしていたけど。
「1日中だ」
「1日中!?」
思わず声が出た。
(さすがにそれは…)
頭の中で“無理”という言葉が浮かぶ。
でも、
「今回の目的は限界突破だと何度も言っている」
その一言で、全部引き戻される。
(……そうだった)
ここは“強化合宿”。
甘い訓練なんて一つもない。
(やるしかないよね…!)
胸の奥で覚悟を決める。
少しだけ拳を握る力を強めた。
相澤先生が離れていく。
その背中を一瞬だけ見送ってから、
私は前を向いた。
深く息を吸う。
そして。
スターライトを展開する。
光粒子が一気に広がる。
半径いっぱいまで。
それをそのまま圧縮して、形を整える。
(球体…ドーム…)
空間を包み込むように。
粒子を均一に配置する。
そして――
発光。
ドーム内部に光が満ちる。
粒子の密度も、配置も崩れていない。
(維持できる)
意識を全方向に広げる。
一点でも緩めれば崩れる。
だから、均一に。
空間全体を掴み続ける。
「ラグドールによるサーチで、
見回りがいない時でも気を緩めたらバレるからな。
サボらず続けるように」
「は、はい!」
背中越しに返事をする。
(サボれないってことね…)
完全に逃げ場はない。
そのまま、相澤先生は戻っていった。
残されたのは、私と、展開し続ける光だけ。
広がったままのドームを崩さないように、
意識を張り巡らせる。
まだ余裕はある。
けれど、それがどこまで続くのかは分からない。
(……1日中)
その言葉を、頭の中でもう一度なぞる。
軽く息を整えて、
私は、光を出し続けた。
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