あの後、私は爆豪くんに包丁の持ち方を教わって、
ぎこちないながらも人参を切り終えた。
形は揃っていないし、厚さもバラバラで、
正直綺麗とは言えない。
(うわ、歪……)
自分でもそう思うくらいには不格好だったけれど、
それでも“切れた”という事実が
少しだけ嬉しかった。
隣では梅雨ちゃんが、迷いのない手つきで
じゃがいもを均一に切り分けていく。
(やっぱり上手いなあ……)
同じ作業でも、
ここまで差が出るものかと感心する。
火の方では三奈ちゃんとお茶子ちゃんが
轟くんに火を起こしてもらっている。
(もう火を使う事に抵抗なさそう…)
体育祭では色々あったけど、
緑谷くんのおかげで轟くんは変わった気がする。
やがて鍋の中で具材が煮込まれ、
カレーの香りが広がる。
空腹だったこともあって、
その匂いだけでお腹が鳴りそうになる。
(いい匂い……)
完成したカレーは、
少し具材の大きさにばらつきがあるけれど、
しっかりと味が染みていて、温かくて――
とても美味しかった。
(疲れてるから余計に美味しいのかな)
一口ごとに、体に染みていく感じがする。
食べ終えた頃には、
さっきまでの疲労が少しだけ軽くなった気がした。
その後、露天風呂へ向かう。
湯気の立つ広い湯船に体を沈めると、
一気に力が抜ける。
「はぁ……」
自然と息が漏れる。
体の芯に溜まっていた疲れが、
じわじわと溶けていくようだった。
私は濡らしたタオルを目に当てる。
じんわりとした温かさが、
じわじわと目の奥に広がっていく。
(気持ちいい……)
一日中光の中にいたせいか、目の奥が重かった。
それが少しずつ和らいでいく。
湯船に浸かりながら、
ぼんやりと今日のことを思い返す。
(ちゃんと、やり切ったなあ……)
限界まで展開して、維持して。
途中で何度もきつくなったけど、
最後まで落とさなかった。
それだけで、少しだけ自信になる。
のぼせないように適度に上がり、
水を片手に部屋へ戻る。
まだ少し体が火照っている。
(ちょっと熱い……)
扉を開けると――
「あ!綺羅帰ってきたー!
ガールズトークしようよガールズトーク!」
(え?)
三奈ちゃんの声が飛んできた。
部屋の中には、A組の女子に加えて
見慣れない顔が数人。
(あれ?B組……?
でもガールズトークって言った?)
「ガールズトーク!?楽しそー!
でも三奈ちゃん補習は?」
「補習まで少し時間あるからそれまで!」
(なるほど……)
時間の隙間を使って集まったらしい。
「芦戸さん 、一佳さん達に
ご迷惑をかけてはいけませんわ…!」
「私たちも話したかったしいいよ」
百ちゃんと拳藤さんのやり取りに、
場の空気は柔らかいままだった。
「廊下で会ってちょっと話してたんだけど、
だったら皆んなで話したいねーってなって、
廊下にいたとりあえずこの4名と
うちらA組で初女子会を開催します!」
(女子会かあ……)
机の上にはお菓子が広げられていて、
さっきまでの疲れた空気とは少し違う、
ゆるい時間が流れ始める。
「ガールズトークって何を話すのでしょう?」
百ちゃんが首を傾げる。
(確かに……)
私もあんまりやったことないかも。
「そりゃあもう決まってるでしょー!」
「勿論!恋バナだよ!」
(恋バナ……)
思わず少しだけ意識が向く。
(そういうの、あるのかな)
体育祭、職場体験、合宿。
短い期間でも色々あった。
その中で、誰かを特別に思うことって
あるんだろうか。
そんなことを考えていると、
「今付き合っているがいる人!」
しん、と静まり返る。
誰も手を上げない。
(まあ、そうだよね)
「今気になっている人がいる人!」
これにも、反応はない。
完全な沈黙。
「今そんな暇なくない?」
(それはそう)
響香ちゃんの一言に、内心で頷く。
日々の訓練や出来事で、いっぱいいっぱいだ。
周りを見ると、
お茶子ちゃんはどこか照れたように笑っていて、
透ちゃんは楽しそうに周囲を見回していて、
百ちゃんは状況を掴みきれていない様子だった。
B組の子たちも似たような反応で
、特別な動きはない。
「え〜〜!まさか全滅!?青春どこいったのさぁ」
三奈ちゃんが大げさに肩を落とす。
(青春……)
ちょっとだけ考える。
でも、今はそれよりもやることが多い。
その空気を変えるように、
「じゃあさ!麗日は?ほら、
緑谷とか飯田と一緒にいること多いじゃん!」
(お茶子ちゃん!?)
突然の指名に、お茶子ちゃんが一気に赤くなる。
「えっ!?な、ななな何言ってるの三奈ちゃん!」
必死に否定する姿に、思わず少し笑いそうになる。
(分かりやすいなあ)
「そ、そういうんじゃないから!
ただのクラスメイトだし、仲間だし!」
お茶子ちゃんは、慌てて弁明する。
その空気を切り替えるように、
透ちゃんが私を見る。
「じゃあさ、綺羅ちゃんは!?
爆豪くんに今日付きっきりで
野菜切って貰ってたじゃん!」
(え、私!?)
急に話が飛んできて、少し驚く。
「爆豪くん?いやいやー、
お茶子ちゃんと同じクラスメイトだよ?
野菜切ってくれたのも、
私が指無くしそうだったからで…」
あの状況を思い出す。
(あれは完全に危なかった)
「その優しさがレアなんだよ!」
(そうなの?)
透ちゃんが妙に熱くなっている。
でも、私としては、
(普通に注意されてただけな気もするけど……)
「それはきっと同じ職場体験先の
よしみってことじゃないかな?」
深く考えずにそう答える。
「体験先ベストジーニストだっけ?」
「そー!デニムプレゼントしてくれたんだ!
拳藤さんは、百ちゃんと一緒だったよね?」
話題が自然とそっちへ流れる。
(あ、助かった)
恋の話より、こっちの方が話しやすい。
「そうなんだけど、CMやら取材とか副業が多くて
ヒーロー活動は全然…」
拳藤さんの言葉に、少し意外だと思う。
ベストジーニストもそうだったけど、
ヒーローって、色々やるんだな
「もー!結局ヒーロー科の話に
戻っちゃって、最早職業病だよー!
もっとキャピキャピしたーい!」
三奈ちゃんが不満そうに声を上げる。
(でも、なんだかんだ
これが一番しっくりくるかも)
そんなことを思っていると、
「三奈ちゃん、もう補習の時間よ」
「あ、うわー!」
梅雨ちゃんの一言で、現実に引き戻される。
三奈ちゃんは名残惜しそうにしながら、
部屋を出ていった。
その後も、結局話題は職場体験や
ヒーロー活動の話に戻っていく。
(やっぱり、こっちが中心だよね)
笑いながら、情報を共有しながら、
時間が過ぎていく。
疲れは残っているはずなのに、
不思議と心は軽かった。
そして、明日に備えて。
私は早めに布団に入る。
(明日も……キツそうだなあ)
そう思いながらも、
今日やり切った感覚が、
少しだけ安心をくれていた。
意識がゆっくりと沈んでいく。
光の残像が、まだ瞼の奥に残っている気がした。
そのまま、私は眠りに落ちた。
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