1番の常闇くんと障子くんが
静かに森の中へと消えていく。
暗闇に溶けるようなその背中は、
なんだか本当に“夜”と相性がいい気がした。
続いて2番。
爆豪くんと轟くん。
(この組み合わせ、絶対うるさくなるやつだ)
相性が良いとは言い難い二人だけど、
それが逆にどうなるのか少し気になる。
爆豪くんがキレて、轟くんが淡々として、
それにまた爆豪くんが……なんて想像して、
思わず小さく笑ってしまう。
その二人も、やがて闇の中へと消えていった。
3番、4番と順に進んでいき、
賑やかだった空気が少しずつ静かになっていく。
そして――
「6番、行っていいよー!」
ついに自分たちの番が回ってきた。
懐中電灯も持たず、手ぶらのまま、
暗い森の中へと足を踏み入れる。
月明かりもほとんど届かない木々の間。
足元は見えづらく、枝が擦れる音や、
遠くで鳴く虫の声がやけに大きく感じる。
「怖かったら抱き付いていいんだぜえ」
隣から聞こえてくる声に、
「遠慮する〜」
即答した。
むしろ距離は保ちたい。
そんなやり取りをしながら進んでいた、その時。
(……ん?)
ふと、足が止まる。
鼻に引っかかる、違和感。
(…なんか、臭う?)
焦げたような、それでいて、
ただの煙とは違う、妙に重たい匂い。
「どうした?やっぱ怖いならオイラに」
「なんか変じゃない?」
ふざけた声を遮るように言って、目を凝らす。
暗闇の奥。
木々の隙間、その向こうに――
うっすらと、紫色の煙が見えた。
「何あれ…」
思わず呟く。
それは肝試しの“演出”にしては、
あまりにも不自然だった。
「おい…B組にあんな個性持ってる奴居たかよ…」
峰田くんの声にも、さっきまでの軽さはない。
周囲の空気が、じわりと変わる。
木の上にいた鳥が一斉に飛び立ち、
ざわざわと森が揺れる。
嫌な予感が、はっきりとした形を持ち始める。
「…峰田くんはマンダレイのところに
戻って知らせて」
「星宮はどうするんだよ…!?」
即座に聞き返される。
でも、迷う時間はない。
「私は中にいる皆んな探してくる!
暗闇でも光は出せるし、居場所も知らせられる!
光ブーツで逃げる事も出来るから大丈夫!」
できることを、そのまま並べる。
それが一番、相手を安心させるから。
そう思って、できるだけ明るく笑った。
「分かった…絶対無茶すんなよ!」
その言葉を残して、
峰田くんは来た道を引き返していく。
その背中を一瞬だけ見送って、
私は、反対側へと向き直った。
まだ奥まで進んでいない。今なら戻れる。
でも――
(中に皆んながいる)
それだけで、足は止まらなかった。
そのまま、森の奥へと踏み込む。
進めば進むほど、
紫の煙ははっきりと見えるようになる。
匂いも濃くなる。
焦げたような、喉に引っかかるような、
不快な空気。
(これ、吸ったらまずい)
直感で分かる。
私はすぐに、光粒子を顔の周りに展開した。
薄く、均一に。
呼吸を妨げないように、
でも外の空気はそのまま通さないように。
膜のように覆う。
そのまま一歩踏み出すと、
さっきまでよりも明らかに呼吸が楽になった。
(いける)
短く判断する。
煙は、ただ広がっているわけじゃない。
濃い場所と薄い場所がある。
そして――
(濃い方が、中心)
なら、そこにいる。
私は地面を蹴った。
正規のルートなんて関係ない。
草を掻き分け、枝を避けながら、一直線に進む。
その先で、ようやく人影が見えた。
「誰だ!?」
振り向いたのは、鉄哲くん。
全身が金属のように光る、あの個性。
「お前は星宮!?」
「拳藤さんと鉄哲くん!
B組無事だったんだ良かった…!
それガスマスク!?」
隣には拳藤さん。
二人とも、しっかりとガスマスクを装着している。
「八百万が出してくれた!
でも何人かはガス吸って気絶してる!
俺らは根本のこのガスを撒いてるヴィランを
倒そうと向かってる所だ!
つかお前ガスマスクしてなくてもいいのか!?」
鉄哲くんが一気にまくし立てる。
「光粒子で少し濾過してるから、数分なら平気!
ヴィランってやっぱ煙濃い方にいるよね!?」
そう返すと、
「そうなのか!?」
鉄哲くんが素で驚いた。
横で拳藤さんが「バカ!」と叩いている。
そのやり取りに、ほんの少しだけ緊張が和らぐ。
――その瞬間。
《こちらマンダレイ!ヴィランの襲撃があり、
交戦中!によってA組・B組総員、
プロヒーローイレイザーヘッドの名に於いて
戦闘を許可する!》
頭の中に直接響く声。
空気が一気に変わる。
遊びじゃない。
本当の“戦闘”だ。
さらに続く。
《あとヴィランの目的はかっちゃん!いい!?
かっちゃんは今すぐに宿舎に戻ること!
かっちゃん分かった!?今すぐ避難を!》
「かっちゃん…?」
思わず呟く。
緑谷くんが呼ぶ、爆豪くんの名前。
つまり――
(爆豪くんが狙われてる)
「星宮どうした!?」
鉄哲くんの声で意識を戻す。
考えるのは後。
今やるべきことは決まってる。
「急ごう!」
私はそのまま走り出した。
ガスは、さらに濃くなる。
視界がわずかに歪むほどに。
その中で、拳藤さんが口を開く。
「マンダレイ、ガスの事触れてなかった。つまり、
広場から目視出来るとこには広がってない。
変なんだよ。このガスは、
一定方向にゆっくり流れてる。
フツー拡散してくだろ?とどまってんだよ。
で、見ろよ。さっきいた場所より、
ここのが少しガスが濃くなってる」
的確な観察。
確かに、流れているのに、広がっていない。
「つまり……何だ!!?」
鉄哲くんが勢いよく聞き返す。
「発生源を中心に渦を巻いてると思う。
台風的なさ。つまりその中心にガスを
出してて且つ”操作”出来る奴がいる
ってことにならない!?」
「拳藤おめェ…やべえな!」
「星宮も気付いたからここまで来たんだろ?」
「渦巻いてるのは知らないけど、
濃い方が発生源だと思ってた!」
「星宮もやべえな!」
なんで褒められてるのかよく分からないけど、
悪い気はしない。
「分かってないだろうと思って、
私だけ付いて来たんだよ…も〜。
で!中心に向かう程ガスの濃度が上がるなら
時間も問題だ。ガスマスクのフィルターに
限度があって、濃度が濃い程
機能する時間は短くなる。つまり、」
「濃い方に全力で走って!
全力でブン殴る!!!だな!!」
「んん…まァ…そだけど」
拳藤さんが少し呆れたように言う。
でも、その単純さは、今は正しい。
「塩崎やクラスの皆んなが、
このガスで苦しい目に遭ったんだよ!
嫌なんだよ 腹立つんだよ!こういうの!!
頑張るぞ!!拳藤!!」
「うん!」
鉄哲くんの真っ直ぐな言葉に、
拳藤さんも力強く頷く。
「A組もだよな!当然!」
振り向かれる。
「勿論!ヴィランがいるなら倒さなきゃ!」
自然と声が出た。
怖さよりも、
やるべきことの方がはっきりしている。
それに――
(止めなきゃ)
この煙も、この状況も。
全部。
私はさらに速度を上げた。
濃くなる紫の中へ、一直線に飛び込んでいく。
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