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林間合宿から、重軽傷者は順に病院へと運ばれた。

私はというと、落下による打撲や擦り傷が主で、
幸い大きな外傷はなかった。
それでも念のための検査ということで、
一晩だけ入院することになった。

白い天井。

消毒液の匂い。

静かな病室の中で、昨日の出来事だけが
やけに鮮明に頭に残っている。

同じ病棟には、響香ちゃんと透ちゃんも
運ばれていたけど、二人とも毒ガスの影響で
まだ目を覚ましていない。

百ちゃんも、脳無に襲われた影響で
頭部の損傷がひどく、意識が戻らないまま
別の病室で眠っていると聞いた。

そして――

(緑谷くんも……)

あの状態で戦っていたのが嘘みたいに、
深い眠りについているらしい。

みんな、ボロボロだ。

あの夜が、どれだけ異常だったかを、
今になって実感する。

翌日。

検査の結果、私は退院が決まった。

包帯もほとんど外れて、動くのにも支障はない。

ただ、体のあちこちに残る鈍い痛みが、
昨日の現実を思い出させる。

百ちゃんも目を覚ましたらしく、
病室には警察が来て事情聴取が行われていた。

「では…小さな球体を解除すると
球体に圧縮していたものが出現するという
個性なんだね、仮面のヴィランは」

「はい。
仲間からMr.コンプレスと呼ばれてました。
爆豪くんも彼の個性で、
いつの間にかいなくなっていて…」

言葉にしながら、あの瞬間が蘇る。

掴めそうで、掴めなかった距離。

あと、ほんの少しだったのに。

胸の奥が熱くなって、思わず拳を握り締める。

爪が食い込む。

それでも、その感覚の方が今ははっきりしていた。

「…君の最後の行動で常闇くんは、
救われたと聞いている。
毒ガスのヴィランも確保した。
十分な活躍だ。あとは警察と
プロヒーローに任せなさい」

「…はい」

肩にそっと手が置かれる。

優しい声。

正しい言葉。

――でも。

胸の奥の引っかかりは、消えないままだった。

警察が部屋を出ていく。

入れ替わるように、扉が開いた。

「星宮」

轟くんの声。

「轟くん…切島くん、お見舞いに来てたんだ」

二人の顔を見て、少しだけ気が緩む。

でも。

「ジッとしていらんなくてよ…」

切島くんは、俯いたままだった。

拳を握り締めているのが分かる。

悔しさが、そのまま形になっているみたいだった。

「お前はもう大丈夫なのか?
結構な高さから落ちたんだろ?」

「うん!検査もして、大丈夫だって!
百ちゃんは明日まで入院するみたい。
緑谷くんと響香ちゃんと透ちゃんはまだだよね…」

自然と、声が少し落ちる。

みんなの顔が浮かぶ。

元気な姿じゃない状態で。

「……明日、皆んな見舞いに来るらしいから
その時話すつもりなんだけどよぉ、星宮。
お前も一緒に爆豪を助けに行かねえか?」

「……え?」

思考が、一瞬止まる。

「助けにって…そりゃ助けたいけどどこに…」

言葉が追いつかないまま、問い返す。

すると轟くんが一歩前に出た。

「さっき、八百万と警察が話していたのを聞いた
んだが、襲ってきた脳無に発信機を付けたらしい。
そのデバイスを警察に渡していた。
それがあれば爆豪の居場所が分かるはずだ」

「百ちゃんに作って貰って、個人で行くって事…?
でも警察はプロヒーローに任せてって…」

頭の中で、言葉がぶつかる。

正しい選択。

やるべきこと。

守るべきルール。

それと――

助けたい、という気持ち。

どっちも、間違ってない。

でも、両方は選べない。

「……助けたいけど…」

言葉が、止まる。

その先が、出てこない。

「明日、皆んなにも聞いてみるから、
その時答えくれよ」

切島くんはそれだけ言って、病室を出ていく。

轟くんも続く。

「俺たちは巻き込みたいわけじゃない。
ただ、あと一歩で逃した悔しさは
お前にもあると思って誘っただけだ。
最後に常闇を救えたのはお前だったから…

静かな声。

ドアが閉まる。

部屋に、私一人だけが残る。

(あと一歩…)

その言葉が、頭の中で何度も繰り返される。

(そうだよ)

拳を握る。

(本当に悔しかった)

あの時。

拘束したはずだった。

でも甘かった。

相手の個性を理解していなかった。

“止める”ための一手が、足りなかった。

(私のミスだ)

はっきりと、分かっている。

爆豪くんを救えなかった理由。

それは運でも、状況でもない。

自分の判断と、詰めの甘さだ。

もし、もう一度あの場面があったなら。

(今度は――)

同じことはしない。

そう思える。

でも。

(もう一度、なんてない)

現実は一回きりだ。

取り返すしかない。

やり直しじゃなくて。

前に進むしかない。

おそらく明日、みんなに話したとして。

 動こうとするのは、限られる。

 あの夜、同じように“届かなかった”側の人間だけ。

 その中でも。

(緑谷くんは、絶対に来る)

あの叫びを、見たから分かる。

四人で足りるのかなんて、分からない。

成功する保証もない。

でも――

(もう、逃したくない)

あの感覚を、二度と味わいたくない。

静かに、息を吐く。

そして。

決める。

私は、行く。

轟くんと、切島くんと。

爆豪救出に向かうと。

自分の意志で、そう決めた。








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