翌日。
私は私服に着替えて、
もう一度あの病院へと足を運んでいた。
昨日、自分が退院した場所。
けれど今日は、患者としてじゃない。
お見舞いと――そして、答えを出すために。
病院の白い廊下は静かで、足音だけがやけに響く。
(皆んな、どんな顔してるかな…)
そんなことを思いながら、
緑谷くんの病室へ向かう。
扉の前には、すでに何人か集まっていて――
男子組が先にドアを開けて、
わらわらと中へ入っていった。
「あー緑谷!!目ぇ覚めてんじゃん!」
峰田くんの声が、いつも通り騒がしく響く。
「え?」
ベッドの上で、緑谷くんが
驚いたように視線を入口へ向ける。
そのまま、次々とクラスメイトが入っていく。
「テレビ見たか!?学校いまマスコミやべーぞ」
「春の時の比じゃねー」
「メロンあるぞ 皆んなで買ったんだ!」
上鳴くん、瀬呂くん、峰田くん。
いつもの調子の声が飛び交う。
でも、その奥にある空気は、どこか重い。
「迷惑かけたな 緑谷…」
常闇くんが、静かに言う。
「ううん… 僕の方こそ…
A組皆んなで来てくれたの?」
仰向けのまま、緑谷くんが問いかける。
その声は、思っていたより弱かった。
「いや…耳郎くんと葉隠くんは、
ヴィランのガスによって意識が戻っていない。
そして八百万くんも頭を酷くやられ、
ここに入院している。
昨日丁度意識が戻ったそうだ。
その3人を除いた………」
飯田くんが、事実を淡々と並べる。
「……16人だよ」
お茶子ちゃんが続ける。
その瞬間。
「爆豪いねえからな」
轟くんの一言が、空気を一気に重くした。
「ちょっ轟…」
三奈ちゃんが慌てて止める。
でも、もう遅い。
緑谷くんの目から、静かに涙がこぼれた。
「………オールマイトがさ…言ってたんだ。
手の届かない場所には救けに行けない…って。
だから手の届く範囲は必ず救け出すんだ…
僕は…手の届く場所にいた。
必ず救けなきゃいけなかった…!
僕の個性は…その為の個性…なんだ
相澤先生の言った通りになった…
体……動かなかった…!!」
震える声。
悔しさが、そのまま溢れている。
(……同じだ)
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
私も、届かなかった。
あと一歩だったのに。
「じゃあ 今度は救けよう」
切島くんの声が、空気を切り裂いた。
「「「「「「へ!?」」」」」」
一斉に視線が集まる。
何を言っているのか、理解できていない顔ばかり。
「実は俺と…轟さ 昨日も来ててよォ…
そこでオールマイトと警察が、
八百万と話してるとこ遭遇したんだ。
八百万がヴィランの1人に発信機を付けたらしくて、
それでヴィランの居場所が分かるんだよ」
昨日、私に話してくれた内容。
それが、今ここで全員に共有される。
「………つまりその受信デバイスを…
八百万くんに創ってもらう…と?」
飯田くんがまとめる。
切島くんは、無言で頷いた。
次の瞬間。
「オールマイトの仰る通りだ!
プロに任せるべき案件だ!
俺たちの出ていい舞台ではないんだ馬鹿者!!」
珍しく、強い口調。
空気が張り詰める。
「んなもん分かってるよ!!でもさァ!
何っも 出来なかったんだ!!
ダチが狙われてるって聞いてさァ!!
なんっっも出来なかった!!
しなかった!!ここで動けなきゃ俺ァ!
ヒーローでも男でもなくなっちまうんだよ!!」
切島くんの声は、真っ直ぐで、熱かった。
痛いほど、分かる。
「切島 落ち着けよ。
こだわりは良いけどよ。今回は…」
上鳴くんが止める。
「飯田ちゃんが正しいわ」
梅雨ちゃんも続く。
正しい。
それは、分かってる。
「飯田が皆んなが正しいよ!でも!!
なァ緑谷!!まだ手は届くんだよ!」
その言葉に、緑谷くんの表情が揺れる。
「ヤオモモから発信機のヤツもらって…
それ辿って…自分らで
爆豪の救出に行くってこと………!?」
三奈ちゃんの声が震える。
「ヴィランは俺らを殺害対象と言い、
爆豪は殺さず攫った。
生かされてるだろうが殺されないとも
言い切れねえ。俺と切島は行く」
轟くんは、静かに言い切った。
「ふっーーー、ふざけるのも大概にしたまえ!!」
飯田くんの怒りが、さらに強くなる。
その中で。
私は、ただ黙って聞いていた。
(……私は、もう決めてる)
「待て 落ち着け。
切島の何も出来なかった悔しさも、
轟の眼前で奪われた悔しさも分かる。
俺だって悔しい。
たがこれは感情で動いていい話じゃない」
障子くんの言葉で、場が少しだけ落ち着く。
「オールマイトに任せようよ…
戦闘許可は解除されてるし」
「青山の言う通りだ…」
常闇くんも続く。
そして。
「皆んな 爆豪ちゃんが攫われてショックなのよ。
でも冷静になりましょう。
どれ程 正当な感情であろうと、
また戦闘を行うというのなら、
ルールを破るというのなら、
その行為はヴィランのそれと同じなのよ」
梅雨ちゃんの言葉。
真っ直ぐで、正しい。
(……分かってる)
分かってるけど。
それでも。
胸の奥の何かが、消えない。
その時、タイミングよくノックが鳴った。
「お話し中ごめんね、
緑谷くんの診察時間なんだが…」
医者の声。
「い…行こか 耳郎の方も気になるし…」
上鳴くんが空気を変えるように言って、
皆んなが病室を出ていく。
その中で、切島くんが小さく
緑谷くんに何かを伝えていた。
夜、病院前。
その言葉が、頭に残る。
その後。
まだ眠る響香ちゃんと透ちゃんの様子を見て。
夕方。
エントランスに、また集まる。
「行こうと思う奴は、夜に病院前に集まってくれ」
轟くんが言う。
「まだそんな事を言って…!」
飯田くんが声を抑えながらも怒りを滲ませる。
その空気の中で。
私は、一歩前に出た。
「私は行く」
はっきりと、言う。
「星宮…!」
切島くんの声が弾む。
「綺羅!?」
三奈ちゃんの驚いた声。
でも、もう迷いはない。
「両方の意見を聞いた上で、
私はやっぱり行かない後悔をせずに、
この手で今度こそしっかり掴みたい…
私がヴィランの捕獲を完璧にしていれば、
救えた状況だったから…
今度こそちゃんと助けたい…!」
右手を強く握る。
あの時、届かなかった距離。
今度は、絶対に逃さない。
けれど。
その場で、賛同する声は上がらなかった。
皆んな、同じことを言う。
やめとけ。
その言葉は、揺るがない。
そして。
病院を出る時。
静かだったお茶子ちゃんが、ぽつりと呟いた。
「私らに助けられんのは、
爆豪くんにとって屈辱と違うんかなぁ…」
その言葉に、足が少し止まる。
確かに。
爆豪くんはそういう人だ。
誰かに助けられることを、嫌がる。
でも――
(それでも)
私は思う。
切島くんがいる。
あの二人の距離は、ただのライバルじゃない。
あの時から、ずっと見てきた。
ぶつかって、認めて。
並んで立っている関係。
(だから大丈夫)
あの手なら、きっと掴む。
そう信じて。
私は、夜に向かう決意を固めた
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