その先で、掴んだもの

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「暴力を振るってしまった事…陳謝する。
ごめん…」

夜の病院前。街灯の白い光の下で、
飯田くんは深く頭を下げた。
その動きは迷いがなく、まっすぐで、
いかにも飯田くんらしいと思う。

張り詰めていた空気が、ほんの少しだけほどける。

さっきまでぶつかっていた言葉の熱が、
静かに落ちていくのを感じて、
私は小さく息を吐いた。

(…少し落ち着いた)

完全にじゃない。けど、
このままじゃ前に進めなかったから。

「本当ですわ 飯田さん。
同行する理由に対し説得力が欠けてしまいます」

百ちゃんの声は冷静で、少しだけ厳しい。
緑谷くんは怪我が残っているし、
どんな理由であれ暴力は良くないといった感じだ。

ぐちゃぐちゃになりかけた流れを、
ちゃんと元に戻そうとしている。

「大丈夫だよ 気にしてないから…」

緑谷くんはそう言って笑った。

さっき殴られた頬はまだ赤いのに、
気にしていない顔をしている。

(強いな…)

痛いはずなのに、受け止めてる。
自分が言われた意味も、
ちゃんと分かってる顔だった。

「俺は…君たちの行動に納得行かないからこそ
同行する。少しでも戦闘の可能性を匂わせれば
即座に引き戻すからな…!
言わば監視者…そう ウォッチマン!」

飯田くんがビシッと指を突きつける。

その真剣さに、
思わず少しだけ口元が緩みそうになる。

(ウォッチマン…)

でも冗談じゃない。止める気で来てる。本気だ。

「ウォッチマン飯田……」

轟くんがそのまま復唱する。

淡々とした声なのに、
その一言で少しだけ空気が軽くなった気がした。

「私もですわ。ウォッチマン八百万ですわ」

百ちゃんがすぐに続く。

ポケットから取り出した発信機のデバイスが、
街灯の光を受けてわずかに反射する。

その手に迷いはない。

(百ちゃんも覚悟決めてる)

「これはプロの仕事。端から見れば、
あなた方が出張る必要性は一切ありません。
然しお気持ちがよくわかるからこその
妥協案だということ、お忘れなきよう」

冷静な言葉。

でも、その奥にあるのは否定じゃない。

分かってるからこそ、一緒に来てくれてる。

(…ちゃんと見てくれてる)

それだけで、少しだけ安心する。

そしてそのまま、私たちは動き出した。

夜の駅へ向かい、人の流れに紛れて新幹線に乗る。

車内は静かで、
さっきまでの空気が嘘みたいだった。

椅子を向かい合わせにして座る。

百ちゃんの隣に私。
向かいに切島くんと轟くん。
通路の向こうに緑谷くんと飯田くん。

自然と顔が見える配置になる。

(このメンバーで行くんだ)

改めて実感する。

駅弁の蓋を開ける音が重なって、
ほんのり温かい匂いが広がる。

なのに、胸の中は落ち着かないままだった。

「いいですか?発信機の示した座標は、
神奈川県横浜市神野区。
長野から出発しておりますので約2時間…
22時頃の到着です」

百ちゃんの言葉を聞いた瞬間、
心臓がドクンと大きく鳴る。

(横浜市…)

聞き慣れた言葉。

私の地元と同じ名前。

(同じ横浜にいるんだ)

距離はある。場所も違う。

それでも、“同じ市内”ってだけで、
急に現実味が増す。

(こんな近くに…)

重い。

妙にリアルで、逃げられない感じがする。

「星宮の出身、神奈川だったよな?大丈夫か?」

轟くんの声で顔を上げる。

「え、うん…何で知ってるの?」

思わず聞き返す。

「前に葉隠達と話してたの聞いた」

何でもないみたいに言う。

(覚えてたんだ)

ちょっとだけ、意外だった。

でも、それが少しだけ嬉しい。

「そっか…でも、大丈夫!
神野と私の地元は割と離れてるから
知ってる友達もいないと思う!」

明るく言いながら、自分にも言い聞かせる。

青葉区と神野は全然違う場所。

だから大丈夫。

「そうか」

短い返事。

でも、少しだけ安心したように見えた。

「あの…出発とか詳細って皆んなに伝えてるの?」

緑谷くんが聞く。

伝えた上で、集まったのはこの6人なのか
知りたいのかも。

「ああ。言ったら余計止められたけどな」

轟くんが答える。

当然だ、っていう感じで。

「あの後麗日が駄目押しで
キチい事言ってくれたぜ」

切島くんが続ける。

お握りを頬張りながらでも、言葉はまっすぐだ。

「麗日さんが?」

緑谷くんが驚く。

「爆豪は俺らに助けられる事を
屈辱的に思うかも知れねえってさ。
確かに、アイツァ強えから
助けられるって事自体腹が立ちそうだけど、
そうとも言ってられねえだろ」

(…確かに)

爆豪くんの性格を思い出す。

(助けられるの、嫌がりそうだよね)

それでも――

(だからって放っておけるわけないじゃん)

静かな時間の中で、轟くんが口を開く。

「一応聞いとく。俺たちのやろうとしてる事は、
誰からも認められねえエゴってヤツだ。
引き返すならまだ間に合うぞ」

最後の確認。

逃げ道。

でも、もう決めてる。

「迷うくらいならそもそも言わねえ!
あいつァヴィランのいいようにされて
いいタマじゃねえんだ…!」

切島くんの声は迷いがなかった。

真っ直ぐで、強い。

「爆豪くんがヴィランになる事は無いけど、
その時に不要になった人材を勧誘した側は
どうするのかが問題だと思う。
はいそうですかって解放する訳ないだろうし…」

私は自分の考えを言葉にする。

もし誘いを断ったら爆豪くんが危険なんだ。

(あの人達が、簡単に手放すわけない)

だから急がないといけない。

「うん…」

緑谷くんが静かに頷く。

そして、

「僕は…後戻りなんて出来ない」

その言葉に、空気が少し重くなる。

(…分かる)

戻れない。

もう、決めてるから。

そして、

2時間後新幹線は神奈川県に付き、
電車を乗り継いで神野区に6人は到着した。







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