「ここが、発信機の示す場所ですわ」
百ちゃんの声に、私は足を止めた。
視線の先にあるのは、人気の少ない一角。
街の喧騒から少し外れたような場所に、
ぽつんと建っている。
(……ここ)
ネオンの明かりも届きにくい。影が濃い。
工事現場の倉庫のような建物が、
静かにそこにあった。
「これがアジト…いかにもだな!」
と切島くんは言った。
(……確かに)
それっぽい。
でも、静かすぎる。
「わかりません…ただ、私が確認した限り
ヴィランは丸一日ここから動いていません。
ヴィランがいるからといって、
爆豪さんがいるとは限りません。
私たちが今どれだけか細い情報で、
ここに立っているか冷静に考えてみて下さい」
百ちゃんの言葉が、少し重く落ちる。
(……確かに)
根拠は薄い。
ここにいる保証はない。
(でも)
ここまで来た。
引き返す理由にはならない。
「耳郎くんや葉隠くんのような、
スニーク活動に秀でた者はいない。
少しでも危険だと判断したらすぐ止めるぞ。
友であるからこそ、警察への通報も
辞さんからな…!」と飯田くんは念を押す。
(……本気だ)
止める気でいる。
「………ありがとう 飯田くん。
出来る範囲で出来ること…考えよう」
と緑谷くんは考える姿勢に入って、
ブツブツと独り言を言い出した。
(始まった)
少しだけ安心する。
「久々に見るな ブツブツ」と轟くんは冷静に言う。
「緑谷さんって感じですわ」
と百ちゃんも思っていた。
(いつも通り)
それだけで少し落ち着く。
「電気も点いてねーし、
中に人がいる感じはねえな」と切島くんが言うと、
「木を隠すなら森の中。
…廃倉庫を装ってるワケだな」と轟くんが言う。
(隠してる)
ただの倉庫じゃない。
「正面のドア下に雑草が茂ってる…
他に出入り口があるのか?
どうにか中の様子を確認出来ないものか…」
と緑谷くんは独り言を続けていると、
「おい」と声を掛けられて心臓が強く打つ。
「ホステス〜!何してんだよホステス〜!
俺たちと飲みましょ〜!!」
「やーめとけバカ!」
遠くからの声。
(まずい)
私は反射的に視線を逸らす。
「オッラァ!」と
「パッパイオツカイデーチャンネー!」
と覚えたての言葉を言いながら、
緑谷くんと飯田くんが威嚇する。
(それでいいの…?)
一瞬だけ思う。
「一旦離れよう」と轟くんが
冷静に場所を移動する事を提案する。
私はすぐに頷いて、
皆んなと一緒にその場を離れた。
少し距離を取る。
(ここなら見られない)
人の気配が薄くなる。
6人で小さくまとまる。
通路は狭い。
1人ずつ並んでやっと通れるくらい。
(狭い…)
身体を少し傾けながら進む。
「少し狭いですわね…引っかかって…」
と百ちゃんは苦しそうだった。
私はそのすぐ隣にいる。
(確かに…)
百ちゃんは特に動きにくい…。
ふと百ちゃんの隣を見る。
切島くんの耳が少し赤い。
(……あ)
気付いて、何も言わない。
「安全を確認出来ない限り動けない…
ここなら人目はないし…!
あの高さなら中の様子見れそうだよ!」
と緑谷くんが言い出す。
私は視線を上げる。
(確かに届きそう)
「この暗さで見れるか?」と轟くんが言うと、
「それならわたくし暗視鏡を…」
と百ちゃんが個性で出そうとしたけど、
「いや!!八百万 それ俺持って来てんだな実は」
と切島くんが服のポケットから暗視鏡を取り出す。
(持ってきてたの…!?)
「用意いいね!」と私はびっくりして声を上げた。
「アマゾンには何でもあってすぐ届くんだ。
一つしか買えなかったけど、やれる事考えた時に…
要ると思ってよ」と切島くんは
暗視鏡の設定をして、見る準備を進める。
(ちゃんと考えてる)
少しだけ頼もしく思う。
「それめっちゃ高いやつじゃない!?
僕もコスチューム考えてた時ネットで見たけど、
確か5万くらいしたような…」
どのメーカーか知っていた緑谷くんは驚いていた。
「値段は良いんだよ。言うな」
切島くんは少し気まずそうだ。
(気にしてるんだ)
「よし じゃあ緑谷と切島が見ろ。
俺と飯田で担ごう」と轟くんが名乗り出る。
私は少し下がって見守る。
4人がモゾモゾと動く。
持ち上げて、支えて、位置を調整する。
私はその様子をじっと見ていた。
(落ちないでね)
ようやく切島くんが暗視鏡で倉庫の中を見る。
「様子を教えたまえ、切島くんどうなってる!?」
と飯田くんは急かす。
「んあー……汚ねえだけで…
特に…は…うおっ!!」
切島くんの声が変わる。
(え)
心臓が一瞬跳ねる。
「切島くん!?」と緑谷くんが驚く。
「っべェ!!」
焦った声。
(何が…?)
「おい!」と飯田くんが声を掛ける。
「どうした 何見えた!?切島!!」
轟くんも声を上げる。
(何がいたの…?)
胸がざわつく。
「左奥…!!緑谷左奥!!見ろ!!」
切島くんが暗視鏡を渡す。
緑谷くんが覗く。
「…!?、ウソだろ…!?
あんな…無造作に……アレ…全部 脳無…!!?」
(脳無…!?)
思わず息が詰まる。
一体だけじゃなく複数体いる反応だ。
背筋が冷える。
その瞬間だった。
ドン、と衝撃。
空気が揺れる。
爆風が頬を叩く。
轟くんのウィッグも
私と百ちゃんのサングラスも吹き飛んだ。
塀の上から倉庫の中を覗く。
(……ベストジーニストだ)
見える。
プロヒーロー達。
Mt.レディ。
ジーニスト。
それから他のヒーロー。
プッシーキャッツの姿もある。
(もう動いてる…)
早い。
「ヒーローは俺たちなどよりも、
ずっと早く動いてたんだ…!」
と轟くんは理解した。
「すんげえ…!」と切島くんは圧倒されている。
(これがプロ)
力の差を感じる。
「さあ、すぐに去ろう。
俺たちにもうすべき事はない!!」
と飯田くんは急かす。
(……確かに)
ここにいる理由は薄い。
「オールマイトがいない…
かっちゃんはそっちにいるのか…」
と緑谷くんが言う。
(別の場所…?)
「オールマイトがいらっしゃるのなら、
尚更安心です!さぁ早く…」
百ちゃんも離れようとする。
私は頷きかける。
その時だった。
倉庫の中から響くような低い声が聞こえた。
「すまない虎。前々から良い個性だと……
丁度良いから…貰うことにしたんだ」
(……なに、この声)
空気が変わる。
背筋に、ぞわっとしたものが走る。
中の様子は見えない。けれど、声だけで分かる。
(普通じゃない)
私は塀に背を預けたまま、動けなくなる。
中から虎の声がして、ラグドールの名前が出る。
(ラグドール…生きてた)
安堵と同時に、別の感情が押し寄せる。
(でも——この声は)
嫌な予感が消えない。
まだはっきりした姿は見えないが、
奥から声がしてギャングオルカが
「止まれ動くな」と言い、
その異変に緑谷くんは振り返り、私も足を止めた。
(プロヒーローが止めに入ってる)
それでも、
(止まらない)
声の主は、まるで気にしていない。
「連合の者か」
「誰かライトを…」
現場の緊張が伝わってくる。
でも——
「こんな身体になってから、
ストックも随分と減ってしまってね…」
(……寒い)
言葉の意味より先に、感覚が来る。
ぞくりとする。
生理的な拒否感。
ベストジーニストがその男を拘束する音がする。
繊維が締まる気配。
「ちょ、ジーニストさん もし民間人だったら…」
とMt.レディの声が続く。
(違う)
そんなはずない。
この空気で、普通の人なわけがない。
「状況を考えろ。
その一瞬の迷いが現場を左右する。
ヴィランには、何もさせるな」
その直後だった。
ドンッ——と大きな衝撃音。
空気が揺れる。
爆風が塀越しに叩きつけてくる。
私は思わず肩をすくめる。
(……っ!)
足が動かない。
その場に縫い付けられたみたいに、離れられない。
(何が起きたの…)
分からない。
見えない。
それでも、
(……ヤバい)
ただそれだけは分かる。
音が止む。
一瞬で、静かになる。
(終わった…?)
そう思った瞬間、
「せっかく弔が自身で考え、
自身で導き始めたんだ。
出来れば、邪魔はよして欲しかったな」
(——っ)
その声。
さっきより近い気がする。
まとわりつくような低さ。
(無理)
覗けない。
絶対に、顔を出したらダメだと分かる。
塀に背中を押し付けたまま、息を殺す。
(怖い)
喉が乾く。
でも唾も飲み込めない。
呼吸が浅くなる。
自分の心臓の音だけが、やけに大きく聞こえる。
(聞こえる…バレる…)
そんな錯覚すらする。
(何が起きたのか分からない)
でも——
(近い)
その男が、すぐそこにいる気がする。
(動いたら、終わる)
根拠はないのに、そう思う。
身体が動かない。
声も出ない。
ただ、
(……死ぬ)
その気配だけが、はっきりとあった。
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