「はい、静かになるまで8秒かかりました。
君たちは合理性に欠くね」
低い声だった。
さっきまで廊下に立っていた男が、
ゆっくりと教室へ入ってくる。
その体は、さっきまで包まれていた
黄色い寝袋からずるりと抜け出した。
布が擦れる、くしゃくしゃという音。
私は思わず瞬きをする。
(寝袋……)
教師が、寝袋から出てくる。
あまりにも予想外の光景だった。
男は気だるそうな目をしたまま、
教壇の方へ歩いてくる。
眠そうな目。
無精ひげ。
そして、どこかやる気のなさそうな雰囲気。
さっきまでの緊張した空気とは違う、
妙に力の抜けた存在感。
男は教壇の前で立ち止まり、淡々と言った。
「担任の相澤消太だ。宜しくね」
「「「「(担任!!?)」」」」
教室のあちこちから、驚いた声が漏れる。
私も思わず目を見開いた。
(担任……!?)
てっきり、
注意だけして去っていく教師かと思っていた。
それがまさか――
(この人が担任なんだ……)
改めてその姿を見る。
眠そうな目。
だらしなく見える髪。
さっきまで寝袋に入っていた人。
(……雄英って、自由だなあ)
そんなことを思っていると、
相澤は生徒たちの反応などまるで
気にしていない様子で、また寝袋を引き寄せた。
そして、寝袋の中をゴソゴソと探り始める。
しわくちゃの布が擦れる音が、教室に響く。
何をしているんだろう。
そう思って見ていると――
相澤の手が、何かを引っ張り出した。
取り出されたのは、
見慣れた――雄英高校の体操服だった。
私は思わず瞬きをする。
(体操服……?)
相澤はそれを軽く持ち上げると、淡々と言った。
「さっそくだが、これ着てグラウンドに出ろ」
それだけ。
説明も、前置きもない。
本当にそれだけ言って、
相澤はそのまま教室を出ていった。
ガラッ。
教室の扉が閉まる。
一瞬、静寂。
取り残された生徒たちは、顔を見合わせた。
誰もすぐには動かない。
(……え?)
私は手元の体操服を見る。
雄英高校のロゴ。
新品の生地。
さっきまでの出来事が、あまりにも唐突だった。
(入学式とか……ないのかな)
そんなことを思っていると、
周りでもざわざわと動き始める。
「グラウンド……?」
「体操服って……」
「いきなり?」
戸惑いの声。
けれど、雄英の教師の言葉だ。
逆らう理由はない。
生徒たちは体操服を手に取り、
それぞれ更衣室へ向かい始めた。
私も立ち上がる。
椅子を押し込むと、ふと前の席を見る。
さっきまで机に足を乗せていた金髪の男子は、
もう立ち上がっていた。
表情は相変わらず不機嫌そう。
でも動きは迷いがない。
(行動は早いんだ)
私は体操服を抱えながら、教室を出る。
廊下にはすでに何人かの生徒が歩いていた。
更衣室で体操服に着替え、外へ出る。
春の風が、グラウンドを吹き抜けていた。
広いグラウンド。
そこには、すでに数人の生徒が集まっている。
私もその中に加わった。
雄英高校ヒーロー科。
その最初の授業が――
これから始まろうとしていた。
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