あの神野で起きた夜の事は、
メディアで神野の悪夢と呼ばれるようになった。
(もうそんな名前付けられているんだ…)
少し他人事みたいな響きに聞こえてしまうのが、
不思議だった。あの場にいた自分からすると、
“悪夢”なんて一言では収まらない。
けれど、それだけ衝撃的な出来事だった
ということなのだろう。
あの夜から3日後、雄英は全寮制になる事が
決定したとの通知と共に、
担任による家庭訪問も決まって
今日がその日だった。
(いよいよか…)
部屋の鏡の前で身嗜みを整える。
白いノースリーブのブラウスに、
柔らかいワイドデニム。
いつものポニーテールを整えて、
前髪を指先で少しだけ直す。
(大丈夫…)
そう思った瞬間、インターホンが鳴り響いた。
「綺羅ー、先生いらしたわよー!」
ママの声が2階まで響く。
「はーい!」
慌てて返事をして、
スリッパを鳴らしながら階段を降りる。
(来た…)
少しだけ足が早くなる。
玄関に着くと、パパとママがすでに出迎えていた。
その少し後ろから顔を出す。
「先生、おはようございます!」
「…おはよう」
(スーツだ…)
思わず目が止まる。
無精髭がなく、髪も上げている。
(雰囲気違う…)
そのまま「どうぞ中へ」とパパが
来客用のスリッパを差し出し、
リビングへ案内する。
いつも食事をしているテーブルに座る。
私と相澤先生が並び、向かいにパパとママ。
(なんか、ちょっと緊張するな…)
そう思いながら、ふと隣を見る。
(こうしてみると先生結構かっこ良くない…!?)
思わず見てしまう。
「綺羅、相澤先生視線痛そうだからやめなさい」
(あ)
パパに指摘されて、慌てて前を向く。
(見すぎた…)
「…この度は綺羅さんに怪我を負わせてしまい、
度重なるヴィラン襲撃をゆるしてしまった事、
誠に申し訳ありませんでした」
相澤先生が立ち上がり、深く頭を下げる。
胸がぎゅっと締まる。
あの時の光景が浮かぶ。
(守ってくれたのに…)
「先生が守ろうとしてくれたことは、
綺羅から聞いています。
後遺症が残るほどの大怪我だったとか…」
パパの声は落ち着いていた。
「講師でもあり、ヒーローとして行動した
までですので、ご心配なさらず」
淡々とした返答。
自然と背筋が伸びる。
「分かりました。ではその上で、
今回の寮制度はどの程度の対策になるのか
教えていただけますか」
(パパらしい聞き方)
責めるでもなく、ただ確認する。
相澤先生はタブレットを取り出し、説明を始める。
寮制度、認証カメラ、防犯体制。
(ちゃんとしてる…)
一つ一つが現実的で、逃げていない説明だった。
話が終わると、
「分かりました。ありがとうございます」
パパは静かに頷いた。
(納得したんだ)
少しだけ安心する。
そして、パパとママが顔を合わせ、
空気が変わる。
「…綺羅はヒーロー科を続けたいんでしょ?」
「勿論!」
即答だった。
(迷う理由なんてない)
「…それなら私たちは応援するまでよね」
(ママ…)
そして、そのまま相澤先生を見る。
「先生、この子は昔ヴィランに妹と共に、
誘拐された経験がある子です」
ママはいきなり昔の事を引き出した。
「その時はこの子の個性で照らした事によって、
ヒーローが見つけてくれて、
妹と無事に帰って来られました。
でも、ヒーローに気付いてもらえなかったら、
ヴィランが止めようと、
傷付けてきたかもしれなかったんです」
(あの時の光…)
手のひらに、あの感覚が蘇る。
「その時は子どもだからと思っていても、
今もこの子は私に似て活発で、
一度決めた事を捻じ曲げずに
無茶をしながらでも
目標を叶えようとするような、
危なっかしい子なんです」
(……うん)
言い返せない。
「世話を焼かせる事もあるでしょうが、
どうかこの子をよろしくお願いします」
ママが頭を下げる。
パパも同じように頭を下げる。
「ママ…パパ…」
(また、心配かけてる)
でも、
(それでも私には)
「勿論、ご両親を心配させないような
ヒーローに教育していきます」
合理的に教えてくれる先生がいる。
両親が顔を上げる。
これで終わりだと、分かった。
(ちゃんと、繋がった)
相澤先生は出された少しぬるいお茶を
一気に飲み干して立ち上がる。
(律儀だなぁ…)
その様子を、つい目で追ってしまう。
「では、これで失礼します」
玄関へ向かう背中。
「この後も回られるんですか?」
「ええ、オールマイトと手分けしているので
多くはないですが…」
「オールマイトもう大丈夫なんですか!?」
あんなにボロボロだったのに、
もう仕事してる事に思わず大声が出た。
「怪我が残っているが、
あの人から申し出て回ってもらっている」
(無理してるなあ…)
でも、それでも動く人だ。
「では、失礼します」
静かに頭を下げて、出ていった。
扉が閉まる音。
(終わった…)
「綺羅から聞いていた通り、
余計な事を話さない人だったわね」
そう言ってママは来客用のスリッパをしまう。
「常識のある人で良かったじゃないか」
パパの声は穏やかだった。
「ヒーロー先生もう帰ったの?」
パタパタと彩空が階段を降りてきていた。
「うん!静かにしてもらっててごめんね!」
「それは良いんだけど、
お姉ちゃんこの家出て行くの?」
彩空は少し寂しそうなトーンで聞いてきた。
「うん。来週から雄英に住む事になるから、
彩空と会えないの寂しい…」
後ろからぎゅっと抱きしめる。
(あったかい)
「お正月には帰省出来ると良いけどね」
「ほぼ隔離みたいなものだからどうだろう。
でもさすが全国トップのヒーロー育成学校は
考えが固執しているね」
(パパ、それちょっと言い方…)
「もっと詰められるなら詰めれば良かったのに」
(ママは容赦ないな…)
「いやー幾ら質問したって、
綺羅の考えは変わらないだろう?」
パパと目が合う。
(分かってるんだ)
「うん!絶対心配させないヒーローになるね!」
自然と笑顔になる。
(決めてるから)
来週からの雄英全寮制生活。
(どんな生活になるんだろ)
少しの不安と、それ以上の期待。
(楽しみだな)
新しい日常へ向かって、
私は前を向いていた。
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