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8月中旬。
空気はまだ夏の熱を含んでいるのに、
どこかだけ静かで、落ち着かない。

(ついに、寮だ)

楽しみなはずなのに、
胸の奥に残っているのはあの夜の感触だった。

そして今日は――
A組全員が、また揃う日。

「とりあえず1年A組、
無事にまた集まれて何よりだ。」

相澤先生の声に、自然と視線が集まる。

目の前には「ハイツアイランツ」と書かれた建物。
思っていたよりもずっと大きくて、
綺麗で、現実感が少しだけ薄い。

(ここで生活するんだ)

改めてそう思った時、
隣に並ぶみんなの存在がやけに大きく感じた。

(全員いる……)

耳郎ちゃんも、百ちゃんも。
誰一人欠けていない。

それだけで、胸の奥が少しだけ軽くなる。

「無事集まれたのは先生もよ。
会見を見た時はいなくなってしまうかと思って、
悲しかったの」

梅雨ちゃんの言葉に、
お茶子ちゃんも静かにうなづく。

(……分かる)

あの会見の光景が、一瞬よぎる。

責任を背負う顔。
あのまま、いなくなってしまう
かもしれないと思った。

「…俺もびっくりさ。
まァ…色々あんだろうよ」

相澤先生はいつも通りの声で、無造作に髪を掻く。

(……ほんとに全員一緒で良かった)

少しだけ、安心する。

「さて…これから寮について軽く説明するが、
その前に一つ。当面は合宿で取る予定だった
”仮免”取得に向けて動いていく」

(仮免……)

一気に現実に引き戻される。

「そういやあったなそんな話!!」

「色々起きすぎて頭から抜けてたわ…」

周りがざわつく中、

「大事な話だ。いいか」

相澤先生の声が、少しだけ低くなる。

その一言で、空気が締まる。

「轟、切島、緑谷、星宮、八百万、飯田。
この6人はあの晩あの場所へ 爆豪救出に赴いた」

(――)

一瞬、音が消えた気がした。

「え…」

クラスの視線が、一斉に集まる。

(……ああ、そっか)

分かっていたことなのに、
こうして言葉にされると、逃げ場がなくなる。

「その様子だと、行く素振りは
皆んなも把握していたワケだ。
色々棚上げした上で言わせて貰うよ。
オールマイトの引退がなけりゃ俺は、
爆豪・耳郎・葉隠以外 全員除籍処分にしてる」

(……除籍)

その言葉が、思っていた以上に重く落ちてくる。

胸が一瞬、ぎゅっと縮まる。

(……危なかったんだ、私たち)

「彼の引退によってしばらくは混乱が続く…
ヴィラン連合の出方が読めない以上、
今雄英から人を追い出すわけにはいかないんだ。
行った6人は勿論。
把握しながら止められなかった11人も、
理由はどうあれ、俺たちの信頼を
裏切った事には変わりない。
正規の手続きを踏み、正規の活躍をして、
信頼を取り戻してくれると ありがたい。
以上!さっ!中に入るぞ 元気に行こう!」

(いや無理無理無理無理……)

頭の中でツッコミが止まらない。

でも、体は動かない。

周りを見ても、みんな同じだった。
俯いたまま、誰も動けていない。

(家庭訪問であんなに言ったのに……)

「大丈夫」って言ったのに。
「ヒーローになる」って言ったのに。

(全然、大丈夫じゃないじゃん……)

その時、

「来い」

低い声と同時に、空気が少しだけ動いた。

視線を上げると、爆豪くんが
上鳴くんを引っ張っていく。

「え?何、やだ」

そのまま木陰へ。

(え、何するの……?)

次の瞬間、

バチバチバチッ!!、と音がして

「うェ〜〜い…」

(あ、アホになってる)

何が起きたのか理解する前に、

「バフォッ!」

響香ちゃんが吹き出した。

「あはは……ちょ、無理……!」

(……え、なにこれ)

一瞬で空気が変わる。

「切島」

「んあ?」

今度は切島くんに声をかける爆豪くん。

差し出されたお札。

「え、怖っ!何!?カツアゲ!?」

「違え!俺が下した金だ!」

(……あ)

すぐに分かった。

(暗視鏡の……)

「いつまでもシミったれっと
こっちも気分悪ィんだ。
いつもみてーに馬鹿晒せや」

ぶっきらぼうに言って、離れていく背中。

(……ほんと、分かりやすいんだか
分かりにくいんだか)

でも、

(優しいんだよね)

ちゃんと、返す。
ちゃんと、終わらせる。

「うェい!?うェイうェイうェイうェイ!?」

上鳴くんの全力リアクションに、

「あははは!!」

「ハハハハ!!」

笑いが広がる。

さっきまでの重さが、嘘みたいに軽くなる。

(……すご)

自然と、口元が緩む。

「……わりィな」

切島くんの小さな声が聞こえる。

(うん)

言葉にしなくても分かる。

「皆んな!すまねえ…!!
詫びにもなんねえけど…今夜はこの金で焼肉だ!」

「ウェーい!」

(焼肉!?)

一気にテンションが上がる。

「マジで!?」
「買い出し行けんのかな!?」

(単純だなあ、私たち)

でも、それでいい。

そのまま、足が動き出す。



中に入ると、空気が変わった。

(……広っ)

寮というより、ほぼホテルみたいな空間。

キッチンも、食堂も、お風呂も。

(ここで生活するの?ほんとに?)

「え、ちょ…ここで毎日ご飯食べれるん!?」
「風呂でっか…!」

周りの声に、つい笑いそうになる。

(分かる)

さらに奥へ進むと中庭。

光が差し込んで、空気が少し柔らかい。

「…むり…次元が違いすぎる……」

お茶子ちゃんがそのまま倒れ込む。

(かわいい)

少しだけ、肩の力が抜ける。

「おいおい風呂と洗濯共同とかマジかよ…」

その時、

「……峰田」

相澤先生の低い声。

(あ、終わった)

「男女は別だ。お前ほんといい加減にしろよ」

「……はい」

峰田くんは相澤先生の圧で大人しくなった。




部屋は上の階。

(4階か)

同じ階に三奈ちゃんとお茶子ちゃん。

(楽しそう)

少しだけワクワクする。

「今日は部屋作りに専念しろ」

(よし)

やることがはっきりすると、気持ちも切り替わる。

「合宿が無くなった代わりの予定については、
明日改めて説明する」

(明日から、本格的に動くんだ)

ドアを開ける音。
荷物の音。

それぞれが、自分の場所へ向かっていく。

(ここからまた始まるんだ)

さっきまでの重さは、まだ少し残っている。

でも、

(大丈夫)

そう思えるくらいには、今ここにいる。

(ちゃんとやろ)

そう思って、私は自分の部屋のドアに手をかけた。





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