「爆豪くんよ」
緑谷くんを中心にした騒がしさが
まだ収まらない中、低く落ち着いた声が
別の方向から割り込んできた。
視線を向けると、そこには士傑高校の帽子を被った
大柄な男性が立っていた。
もふもふとした毛並みの個性で、
全体的に柔らかそうな印象なのに、
その体格と佇まいには圧がある。
(大きい……でもなんか、あったかそう)
そんなことを思ってしまう自分に、
少しだけ苦笑する。
「あ?」
爆豪くんは面倒くさそうに顔を上げ、
自分より遥かに大きいその先輩を
睨むように見上げた。
「肉倉・・・糸目の男が君のとこに来なかったか?」
「あぁ・・・」
短い返事。
でも、その一言で“何があったか”は大体繋がる。
(あの人か…)
外で夜嵐くんに声をかけていた、姿勢のいい男子。
一次試験で落ちたって聞いていたけど――
(爆豪くんが倒したってこと、だよね)
自然と納得がいく。
「やはり…!色々無礼を働いたと思う。
気を悪くしたろう。あれは自分の価値基準を
押しつける節があってね、
何かと有名な君を見て暴走してしまった。
雄英とは、良い関係を築き上げていきたい。
すまなかったね」
丁寧で、落ち着いた謝罪。
(凄く大人な対応だ…)
言葉の選び方も、態度も、
ちゃんと相手を見ている感じがする。
(もふもふ柔らかそう)
関係ないところに意識が行きそうになって、
慌てて思考を戻す。
「良い関係…?」
ぽつりと、峰田が呟く。
ちらりと視線をやると、
まだ緑谷くんを睨みつけている峰田くんがいた。
「良い関係…とてもそんな感じではなかった…」
緑谷くんも、どこか困ったように言葉を続ける。
その視線の先にいるのは、
さっき手を振っていた士傑の女の人。
(そんなに怖かったんだ…)
少しだけ気になるけど、
聞くタイミングではなさそうだ。
「それでは」
もふもふの先輩はそれ以上踏み込まず、
くるりと背を向ける。
士傑高校の生徒たちも、
それに続くように動き出した。
その背中に――
「おい、坊主の奴」
珍しく、轟くんが声をかけた。
(え…?)
少し意外に思いながら視線を向けると、
轟くんはまっすぐ夜嵐くんを見ている。
「俺、なんかしたか?」
飾り気のない、直球の問い。
呼び止められた夜嵐くんは足を止めて、
「…ほホゥ」
と、ゆっくり振り返る。
そのまま、轟くんを見下ろすように向き合う。
空気が、少しだけ張り詰める。
「いやァ、申し訳ないっスけど…
エンデヴァーの息子さん。
俺は、あんたらが嫌いだ。
あの時よりいくらか雰囲気変わったみたいスけど、
あんたの目はエンデヴァーと同じっス」
(……え)
あまりにもまっすぐな言葉に、思わず息を呑む。
No.2ヒーローとして知られる存在。
その評価が分かれることは知っている。でも――
(息子にまで、こんなふうに向けるんだ…)
少しだけ胸がざわつく。
轟くんは何も言わない。
ただ静かにその言葉を受け止めている。
「夜嵐、どうした」
もふもふの先輩に呼ばれて、
「何でもないっス!!」
と夜嵐くんはあっさりと切り替え、
そのまま集団へ戻っていった。
空気が、少しだけ解ける。
「じゃアね」
士傑の女の人が軽く手を振る。
「あ、はい!」
その瞬間、緑谷くんの肩がびくっと跳ねた。
(まだ怖いんだ…)
その様子に、つい小さく笑いそうになる。
「あ、はい。じゃねぇんだよ」
「この色狂いが」
間髪入れずに、また
峰田くんと上鳴くんが詰め寄る。
「だから違うってば!!超怖いんだよ、あの人」
必死な弁解も、全然届いていない。
(ほんと、元気だなあ…)
さっきまで試験してたのが嘘みたいだ。
女子のみんなも、
呆れたようにため息をついている。
その時――
唐突に、警報が鳴り響いた。
鋭く、耳を突く音。
一瞬で空気が変わる。
《ヴィランによるテロが発生!規模は◯◯市全域、
建物倒壊により傷病者多数!道路の損壊が激しく、
救急先着隊の到着に著しい遅れ!》
(来た…)
さっきまでの“休憩”の空気が、一瞬で消える。
視線が自然と前へ向く。
《到着する迄の救助活動は、
その場にいるヒーロー達が指揮をとり行う。
一人でも多くの命を救い出すこと!!》
同時に、控え室の壁がゆっくりと開いていく。
その向こうに見えるのは
――さっきモニターで見た、崩壊した街。
瓦礫、煙、倒壊した建物。
現実みたいな、非現実。
(……行くんだ)
スタートの合図。
誰かが走り出す。
それに引っ張られるように、全員が一斉に動く。
私もその流れに乗って、外へと踏み出した。
空気が違う。重たい。焦げた匂いと、粉塵の気配。
さっきまでの試験とは、全然違う“現場”。
(この中から1人でも多く救ってみせる!)
胸の奥で、ぐっと力が入る。
怖さもある。でも、それ以上に
――やるべきことがはっきりしている。
足を踏み出す。
迷わず、その中へ飛び込んでいった
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