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まだ腹の奥に残る鈍い痛みを感じながら、
通形先輩の話に意識を向ける。

さっきまで“強い”としか認識できなかったものが、
少しずつ形を持って理解に変わっていく。

通形先輩の”個性”の特徴。
それは発動中、肺が酸素を取り込めないこと。
吸っても透過してしまうらしい。
同様に鼓膜は振動を、網膜は光を透過する。
あらゆるものがすり抜け、
何も感じることができない。
ただただ質量を持ったまま、
落下の感覚だけがあるということらしい。
壁一つ抜けるにしても、片足以外発動、
もう片足の方を解除して接地。
そして残った足を発動させすり抜け。
簡単な動きにもいくつか工程がいる。

(一緒だ…)

自然と、そう思った。

強い個性ほど、扱いは難しい。

むしろ――難しいからこそ、強い。

自分の光粒子も同じだ。

密度、形状、範囲、精度。

一つでもズレれば、思った通りにいかない。

(でも…)

通形先輩は違う。

その難しさの“質”が、まるで違う。

(これ、普通に危ない…)

呼吸ができない。

見えない、聞こえない、触れない。

その状態で動き続ける。

(怖いとかじゃないレベルだよね)

一歩間違えれば、命に関わる。

それでも――

あそこまで使いこなしている。

(どれだけやったんだろう…)

想像が追いつかない。

 

「案の定俺は遅れた!!
ビリっけつまであっという間に落っこちた。
服も落ちた。この”個性”で上を行くには、
遅れだけはとっちゃダメだった!予測!
周囲よりも早く!時に欺く!
何より”予測”が必要だった!
そしてその予測を可能にするのは経験!
経験則から予測を立てる。
長くなったけど、コレが手合わせの理由!
言葉よりも”経験”で伝えたかった。
インターンにおいて我々は”お客”ではなく
一人のサイドキック!
プロとして扱われるんだよね!
それはとても恐ろしいよ。
時には人の死にも立ち合う…!
けれど恐い思いも辛い思いも全てが、
学校じゃ手に入らない一線級の”経験”。
俺はインターンで得た経験を力に変えて
トップを掴んだ!ので!
恐くてもやるべきだと思うよ1年生!!」

体育館に響く声。

その言葉一つ一つが、
さっきの“実力”と重なって、重みを持つ。

(……経験)

頭の中で、その言葉が残る。

ただ強いだけじゃない。

ただ上手いだけじゃない。

(ちゃんと、積み上げてる)

だからこそ、あの強さ。

A組の空気も、
さっきまでとは明らかに違っていた。

ただの“すごい先輩”じゃない。

(これが、プロに近い人)

自然と背筋が伸びる。

(インターン…)

怖さはある。

でも、それ以上に――

(行きたい)

その気持ちが、はっきりと芽生えていた。

 

その後、授業を終えて寮へ戻る。

さっきまでの空気とは打って変わって、
いつもの騒がしさが戻っていた。

(あ、安心する)

共有スペースに入ると、視線の先に爆豪くん。

ゴミ袋をまとめながら、
明らかに機嫌が悪そうな顔をしている。

(今日で最後だもんね、謹慎)

「やーやー爆豪くん。
君も今日で謹慎は終わりだね」

(また言ってる…)

峰田くんが懲りずに煽る。

「テメェ明日覚えてろよ…!」

低い声。

(あ、これ溜まってるやつだ)

四日分、しっかり蓄積されてる。

「また謹慎になりたいのか爆豪くん!」

すかさず飯田くんが止めに入る。

(ナイス…)

このバランス、ほんと絶妙だなと思う。

その横で、別の話題が動き出す。

「インターンどうしようかなあ」

透ちゃんの声。

「そもそもまだ検討中なんじゃなかったっけ?」

響香ちゃんが答える。

(そうだよね)

相澤先生も言っていた。

まだ決定じゃない。

外に出るリスク。

今の状況。

全部含めて、簡単にはいかない。

「決まったとしても、
授業休んで行く事になるんだよね?」

自然と会話に入る。

「私ただでさえ座学も頑張らないとだし、
それキツいんだよねえ」

三奈ちゃんがぐでっとしている。

(分かる…)

ヒーロー科目に集中したくても、
学生の本文は別問題。

「ま、俺らはまだ仮免取ったばっかだし、
これからじゃね?」

上鳴くんは相変わらず気楽だ。

(それも大事だけどね)

少し笑いながら、視線を横に向ける。

「そっか、仮免ないとインターン行けないし、
だから轟くん通形先輩と戦わなかったの?」

お茶子ちゃんの問い。

「ああ…俺は落ちてるから」

少しだけ俯き気味の声。

(あ…)

その反応で分かる。

(引きずってるな)

轟くんらしいと言えば、らしい。

ちゃんと受け止めてる。

でもその分、残る。

「仮免講習でより、
パワーアップするかもしれないよ?」

できるだけ軽く、でもちゃんと届くように言う。

「そうだよ!追加講習みたいなもんだし!」

透ちゃんもすぐに続く。

「…ありがとう」

小さく返ってきた言葉。

でも、その表情は少しだけ柔らいでいた。

(よかった)

透ちゃんと目を合わせて、
同時にグッと親指を立てる。

小さな成功。

そんな空気の中で――

(私は…)

ふと、自分のことを考える。

インターン。

行きたい気持ちはある。

むしろ、かなり強い。

でも――

(ベストジーニストさん…)

頭に浮かぶのは、あの人。

職場体験だけでも成長出来たから、
また指導を受けたいけど…

でも今は、休職中。

(どうなるんだろう…)

他の事務所。

その選択肢もある。

でも、まだそこまで気持ちが向いていない。

(……どうしよっか)

少しだけ、胸の奥に引っかかる感覚を抱えたまま、

いつもの賑やかな空間の中に、静かに立っていた。






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