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相澤からベストジーニストによる個人指導の話を
聞かされた直後だというのに、
まず最初に浮かんだのは空腹だった。

(お腹すいたなあ…)

胸の奥にじんわりと広がる高揚感と同時に、
現実的な欲求が顔を出す。
考えるより先に体が動いて、
綺羅は食堂へと足を向けていた。

券売機の前に立ち、
何を食べようかと一瞬だけ迷う。
けれど、
今日はもう決まっているような気分だった。

「ハヤシライスにしよ」

それをカウンターで伝えると、
温かい湯気とともに皿が手元に戻ってくる。
いい匂いに思わず頬が緩んだ。

(なんか今日、いい日だなあ)

そんなことを思いながら、
トレーを持って席を探す。
食堂はそれなりに混んでいて、
空席はまばらだった。

視線を巡らせていると、
ふと見慣れた二人の姿が目に入る。

まだ食事の途中らしい、
響香ちゃんと百ちゃん。

自然と足がそちらへ向かっていた。

「響香ちゃん百ちゃん!向かい良い?」

声をかけると、二人が同時に顔を上げる。

「あら、星宮さん。どうぞ」

百ちゃんが上品に微笑み、
手のひらで席を示してくれる。
その仕草がいかにも彼女らしくて、
なんだか少し安心した。

「ありがとー!」

トレーを置いて椅子に腰掛ける。
ちょうど向かい合う形になって、
自然と視線も交わる。

「星宮、職員室呼ばれてたよね?なんだったの?」

響香ちゃんがストレートに聞いてくる。
その言い方が、いつも通りで少しだけ嬉しい。

話したくてうずうずしていたことを思い出して、
思わず顔がほころぶ。

「実はインターンって名目で、ベストジーニストが
指導してくれる事になったんだー」

言葉にした瞬間、自分でも少し実感が湧く。
やっぱりすごいことなんだ、
と遅れて感じるような感覚。

「え?ベストジーニスト活動再開するの?」

響香ちゃんの表情が驚きに変わる。

「ううん。ヒーロー活動は休業のまま、
個性伸ばしを見てくれるみたい」

そう説明しながら、
スプーンでハヤシライスをすくう。
口に運ぶと、温かさとコクがじんわり広がった。

「まあ!それは素晴らしいですわね!
プロヒーローが直々に
ご指導したいと申し出て下さるなんて」

百ちゃんの声が少し弾む。
その言葉に、ようやく“特別なこと”として
認識が追いついてくる。

「ね、めっちゃ期待されてんじゃん」

響香ちゃんも感心したように言う。

「えへへ」

自然と笑みがこぼれる。
嬉しい、という気持ちがそのまま
顔に出ているのが分かる。

けれど、そのまま浮かんだのは
少しだけ別の不安だった。

「あ…でも通形先輩が言っていた
プロの現場っていうのは、
経験出来なそうだから、そこだけは
インターン組と差が出来ないか心配だけど…」

スプーンを持つ手を少しだけ止めながら、
ぽつりと本音が漏れる。

あの言葉が、頭の中に残っている。

“学校じゃ手に入らない一線級の経験”。

(やっぱり、ちょっと気になるな…)

「その差が広がらない為にも、
個性伸ばし頑張らないとですわね」

すぐに返ってきた百ちゃんの言葉は、
柔らかいけれど芯があった。

背中を押すような、
でも決して無理はさせない言い方。

「うん!ありがとう百ちゃん」

素直に頷く。
迷いが少しだけ軽くなった気がした。

「麗日と蛙吸は波動先輩に、
インターン先紹介してもらえないか
聞きに行ってるらしいよ」

響香ちゃんが続けて教えてくれる。

「え!?凄い行動力!」

思わず声が弾む。頭に浮かぶのは、
二人が先輩に声をかけている姿。

(すごいなあ…ちゃんと動いてる)

「ね、切島も天喰先輩の所行ってるらしいし、
行動力も大事だよね。私も職場体験先だったとこは
インターン実績ないし、今回は学業に集中かな」

響香ちゃんは淡々と、
でもしっかり自分の方針を言葉にする。

「私もインターン実績が
あまりない事務所でしたので、
今回はパスして個性伸ばしと、
必殺技考案に集中しますわ」

百ちゃんも迷いなく続けた。

それぞれが、
それぞれのやるべきことを見つけている。

(なんか、ちゃんと進んでる感じするなあ…)

焦るというより、少し背筋が伸びるような感覚。

「そっか…インターンで
現場を見るのもアリだけど、
私みたいに個性伸ばしに集中するのもアリだよね」

自分の中で、すとんと何かが落ちる。

選択は一つじゃない。

今の自分に合ったやり方で進めばいい。

(よし、頑張ろ)

そう思いながら、
もう一口ハヤシライスを口に運ぶ。

さっきより、少しだけ味がはっきりした気がした。




――――…[爆豪視点]


昼休み、食事を終えて教室に戻ると、
空気はどこか緩んでいた。

半分以上の席はまだ空いていて、
窓から入る光だけが
やけに静かに机を照らしている。

(クソ暇だ…)

椅子に深く座り込み、
頬杖をついたままぼんやりと前を見ていた。
やることはあるはずなのに、
今は何もする気が起きない。

身体の奥に、
どこか噛み合わねえ感覚が残っている。

そんな中、ガラリと教室の扉が開く。

「つか個人で見てもらえるのすごくね?」

「ジーニストって精密操作ガチだしな」

「星宮の個性と近いとこあるし」

聞き慣れた軽い声。

上鳴と瀬呂が、いつも通りの調子で入ってくる。

そのまま耳に入ってきた名前に、
無意識に視線がそっちへ向いた。

(……は?)

「休業中も見てくれるって凄えよな」

「よっぽど気に入ってないと見てくれねえだろー」

二人は特に気にした様子もなく、
会話を続けている。

けど、その内容は妙に引っかかる。

ジーニスト。個人指導。星宮。

点と点が勝手に繋がる。

自然と、身体が少しだけ起き上がっていた。

(……そういうことかよ)

職場体験の時の光景が、頭の中に浮かぶ。

あいつの光は、粗くて、でも伸び代があって。

あの男が気に入るのも、まあ分からなくはない。

「爆豪ー、お前も職場体験
ベストジーニストだったよな?」

ふいに、会話の矛先がこっちに向く。

「星宮に先行かれてるぞー」

「インターン中、ベストジーニストに
個性伸ばし指導してくれるんだとさ
さっき耳郎達と話してるのを聞いてさ」

上鳴と瀬呂が、悪びれもせずに軽く投げてくる。

(……クソが)

一瞬だけ、胸の奥がざらつく。

けど、それを表に出す気はねえ。

「うるせえ、黙れカス」

いつも通りの声音で吐き捨てる。

それで十分だ。

二人は「あーはいはい」とでも言いたげに
肩をすくめて、そのまま別の話題に移っていく。

そのやり取りを背に、舌打ちが自然と漏れた。

「チッ…」

(あいつは個性の性質上、
面倒見てもらってるだけだ)

頭の中で、理屈を並べる。

ジーニストはああいうタイプだ。
精密操作だの、無駄の削減だの、
そういう“整える”ことに価値を置く。

だから、あいつの個性はちょうどいい。

それだけの話だ。

(別に、現場行くわけでもねえし)

インターンとは言っても、
やってることは個性の調整だ。

ヒーローとしての実戦経験を積むわけじゃない。

だったら――

(関係ねえ)

そう結論づける。

なのに。

さっき聞いた言葉が、妙に残る。

“個人で見てもらえる”

“よっぽど気に入ってないと”

無意識に、机を指で叩いていた。

一定のリズムが、やけに耳につく。

(……言ってねえな)

ふと、そんな考えが浮かぶ。

あいつの顔が頭に出てくる。

さっきまで普通に笑ってた顔。

(……別にいいけどよ)

勝手に決めて、
勝手に納得して、
勝手にやってるだけだ。

いつも通りだろうが。

なのに、胸の奥に引っかかるこの感覚は、
うまく言葉にならない。

苛立ちとも違う。

怒りとも違う。

ただ、少しだけ――気に食わない。

もう一度、小さく舌打ちが落ちた。






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