あのあと、少しだけ緊張しながら
ベストジーニストに連絡を送った。
文章を何度も見直して、
失礼がないか確認して、
それでも送信ボタンを押す瞬間は、
指先に少し力が入った。
返事は思っていたよりも早く返ってきて、
来週から指導してもらえることが決まった。
(ほんとに決まっちゃった…)
スマホの画面を見ながら、
じわじわと実感が湧いてくる。
憧れていたヒーローと、直接やり取りをしている。
それが現実だと思うと、
頬が緩むのを止められなかった。
(すごいなあ…私)
気を抜くと、にやけてしまう。
「綺羅ずっとニヤけてない?」
横から飛んできた声に、はっとする。
「綺羅ちゃん顔に出やすくて可愛い〜!」
芦戸ちゃんと透ちゃんが
楽しそうにこちらを見ている。
「だって憧れのヒーローと
連絡取れるの嬉しくない?
緑谷くんでいうオールマイトと
個人的なやり取り出来るって事だよ?
そしたら大興奮だよ。ね?緑谷くん!」
ちょうど近くを歩いていた緑谷くんに、
勢いのまま話を振る。
「ええ!?あ!うん!そりゃあもう!!」
予想以上に大きな反応が返ってきて、少し驚く。
目を丸くして、妙に慌てている様子。
(そんなにアガるのか…)
思わず苦笑いが漏れる。
(強火オタクは違うな)
自分も嬉しいけど、緑谷くんの反応はそれ以上だ。
なんだか少しだけ面白くて、
くすっと笑ってしまう。
「いいなープロヒーローに見てもらえるのー。
でも勉強これ以上置いてかれたら
マジでヤバいし…」
芦戸ちゃんは肩を落として、
心底残念そうにしている。
「まあ焦っても仕方ないし!
居残り組も授業で磨くしかないね!」
透ちゃんはいつも通り前向きで、
その言葉に少しだけ気持ちが軽くなる。
「うん、だね!」
三奈ちゃんも、すぐに切り替えた。
それぞれ違う形でも、
ちゃんと前に進んでいる感じがして、
なんだかいいなと思った。
そのまま寮へ戻り、部屋着に着替えてから
共有スペースへ降りる。
夕飯は和風ハンバーグで、
ほんのりと醤油の香りが食欲をそそった。
芦戸ちゃんと透ちゃんと
他愛のない話をしながら食事を終え、
そのあと自室に戻って座学の復習をする。
(ちゃんとやらないとね…)
インターンが決まったからこそ、
授業も疎かにはできない。
ノートに向かいながら、少しだけ気合いを入れる。
一通り終えてからお風呂の準備をして
大浴場へ向かうと、ちょうどお茶子ちゃんと
梅雨ちゃんもいた。
湯気の中で交わされる会話は、
どこか柔らかくて落ち着く。
二人から、波動先輩の紹介で
リューキュウ事務所に
インターンが決まった話を聞いた。
(すごいなあ…)
リューキュウ。
実力ある女性ヒーローのもとで経験を積めるのは、
やっぱり魅力的だ。
ほんの少しだけ羨ましさが胸をかすめる。
けれど――
(でも私はジーニストだし)
すぐに納得する。
自分の道はちゃんとある。
そう思うと、不思議と焦りはなかった。
話し込んでいたせいで
少しのぼせた頭を冷ましながら、
部屋に戻って髪を乾かす。
そのあと、喉が渇いて食堂の冷蔵庫へ向かった。
冷蔵庫から取り出したペットボトルの冷たさが、
指先にじんわりと伝わる。
キャップに手をかけた、そのときだった。
「おい」
背後から声をかけられて、軽く肩が揺れる。
振り向くと、爆豪くんが立っていた。
(あ、珍しい)
このタイミングで声をかけられるのは少し意外で、
自然と目を瞬かせる。
「あ、爆豪くんも水?はいっ」
特に深く考えず、もう一本ペットボトルを
取り出して差し出す。
爆豪くんはそれを受け取りながら、
「ジーニストんとこ、行くんだってな」
と、低い声で言った。
(もう知ってるんだ!)
さっきまで誰にも言ってなかったのに、
もう広まっている。
A組の情報の速さに、
思わず少しだけ笑ってしまいそうになる。
「そうなの!ヒーロー活動は
まだお休みらしいけど、
個性伸ばし見てくれるんだって!」
嬉しさのままに話すと、自然と声が弾む。
爆豪くんは目線を落としたまま、
ペットボトルの蓋を開けていた。
「へぇ、随分と手厚いこったな」
そう言って、そのまま水を飲む。
綺羅もつられて、自分のペットボトルを開けて
一口飲む。
冷たい水が喉を通って、思わず息が抜ける。
「爆豪くんは仮免補講いつから?」
そのまま何気なく問いかける。
こうしてゆっくり会話をするのは、
職場体験以来かもしれない。
少しだけ新鮮で、でも変に
意識するほどでもない距離感。
「知らね」
短く返ってくる言葉も、いつも通りだ。
「そっか!ヒーロー公安委員会の講習
受けられるのもいいなあ、楽しみだね!」
そう言って笑う。
その瞬間――
爆豪くんの動きが、ぴたりと止まった。
ほんの一瞬だけ。
こちらを見た気がした。
(……?)
次の言葉が、わずかに遅れる。
「……テメェはガキみてぇに
何でもやりてえだけだろクソが」
吐き捨てるような言い方。
けれど、いつもよりほんの少しだけ間があった。
言い終わると同時に、
爆豪くんはそのまま背を向ける。
そのまま何も言わず、食堂を出ていった。
(……今の何だろ)
ほんの一瞬の引っかかり。
でも、深く考えるほどでもない気もする。
(というかガキって…)
「間違ってはないけど言い方」
思わずくすっと笑ってしまう。
(まあいっか)
そう思いながら、もう一口水を飲む。
冷たさが、さっきの違和感を
さらっと流していった。
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