日々はあっという間に過ぎていき、
気づけばインターン当日を迎えていた。
(ついに今日だ…!)
朝からどこか落ち着かない気持ちのまま、
綺羅は電車を乗り継ぎ、
指定された場所へと向かっていた。
胸の奥がほんのり熱くなるような、
期待と緊張が入り混じった感覚。
職場体験の時とは違い、
今回は完全に一人で向かうというのもあって、
余計にその実感が強い。
(職場体験の時は爆豪くんも一緒だったけど…今回は一人か)
ふと浮かんだ名前に、少しだけ気持ちが揺れる。
けれどすぐに首を振って、
目の前の目的に意識を戻した。
今回指定された住所は、
以前訪れたジーニアス事務所ではなかった。
見慣れない場所にピンを立てたスマホのマップを
何度も確認しながら歩いていく。
(サブオフィスみたいなところかな?)
そう思っていた。
——少なくとも、普通の建物だと。
「……え」
視界に入った瞬間、足が止まる。
そこにあったのは、まるで空を突き刺すように
そびえ立つ巨大なタワーマンションだった。
綺羅は思わずその場で立ち尽くし、
首が痛くなるほど上を見上げる。
(高っ……え、どこまであるのこれ……)
どれだけ見上げても、頂上が遠い。
ガラス張りの外壁が光を反射して、
まるで巨大な柱のように空へ伸びている。
完全に場違いな場所に来てしまったのではないかと
一瞬本気で疑う。
慌ててスマホを取り出し、
住所をもう一度確認する。
(……合ってる)
最後の表記。
——「5001」
(まさか……50階……?)
じわりと現実味を帯びてきて、
思わず乾いた笑いが漏れそうになる。
(いやいやいや……本当にここなの?)
けれど、他に該当する建物はない。
意を決してエントランスへ足を踏み入れると、
静まり返った空間に
自分の足音だけがやけに響いた。
高級感のある内装に、無駄なものは一切ない。
空気すら整えられているような、そんな感覚。
(場違い感すごい……)
少しだけ背筋が伸びる。
緊張しながら、指示された番号を入力する。
数秒の沈黙のあと、機械越しに聞こえる声。
《入りたまえ》
(……!)
一気に現実感が押し寄せる。
「し、失礼します!」
反射的に背筋を伸ばしてしまいながら、
綺羅は小さく声を返した。
カチ、と音を立ててエントランスの
ロックが解除される。
(ほんとにここだ……)
改めて実感しながら、中へと進む。
エレベーターの前に立ち、
ボタンを押すとすぐに扉が開いた。
中に入ってパネルを見ると——
(……え)
他の階はロックされていて
点滅されている階数が一つしかない。
「50」
(ほんとに最上階じゃん……!)
思わず喉が鳴る。
閉まる扉の中で、わずかに自分の姿が映る。
少しだけ緊張した顔。
(大丈夫、大丈夫……やることは変わらない)
小さく息を吐いて、気持ちを整える。
ゆっくりと上昇していくエレベーターの中で、
耳がわずかに圧迫される感覚と共に、
心臓の鼓動が少しずつ速くなっていく。
(ベストジーニストと、また直接……)
前よりも、もっと近い距離で。
(ちゃんと応えないと)
ぎゅっと拳を軽く握る。
やがて、静かな音と共にエレベーターが停止した。
エレベーターの扉が開いた瞬間、
視界に飛び込んできたのは、
廊下というより“入口そのもの”といった
佇まいの大きな扉だった。
無機質なようでいて、
どこか洗練された重厚さを感じさせる。
ここが一つの部屋の入口だとは、とても思えない。
(ここ……本当に一室なのかな……)
インターホンらしきものも見当たらず、
綺羅は少し戸惑いながらその場に立ち尽くす。
どうしたものかと一歩踏み出しかけた、その瞬間。
音もなく、扉が内側から開いた。
「星宮くん、久しぶりだな。入りたまえ」
現れたのは、見慣れたシルエット。
「今日からよろしくお願いします!」
我に返るように、勢いよく頭を下げた。
そのまま中へ足を踏み入れると——
「……わあ……」
思わず声が漏れる。
一面のガラス張りの窓。その向こうには、
遮るもののない空が広がっている。
まるで空の中にいるみたいな錯覚。
足元には広いラグ、
その上に置かれた大きなソファ。
奥にはダイニングキッチンとカウンター、
整然と並ぶ家具。
それだけのものが置かれているのに、
圧迫感が一切ない。
(広すぎる……)
視線を動かすたびに、
空間のスケールに圧倒される。
けれど同時に、どこか落ち着く
“生活の気配”も感じた。
(あれ……?)
違和感に気づいて、私は口を開く。
「あの、ここって…」
「私の住まいだ」
「住まい!?」
予想外すぎる答えに、肩がびくりと跳ねる。
(え、家!?ヒーローの!?)
一気に現実味が増して、
変な緊張が押し寄せてくる。
「ジーニアス事務所に出入りすると、
復帰だと思わせてしまうから使用出来なくてね。
安心したまえ。この建物には
サイドキックも中間層に数人暮らしている
ジーニアス事務所の社屋とも捉えられる建物だ。
私的な関係を疑われる事はない」
淡々とした説明の中に、
配慮が含まれているのが分かる。
(そこまで考えてくれてるんだ……)
そう思うと、少しだけ肩の力が抜けた。
ベストジーニストはそのままキッチンへ向かい、
手際よくコーヒーミルを回し始める。
静かな音が空間に心地よく響いた。
「コーヒーは甘めが好みか?」
「あ、はい!」
反射的に返事をする。
「飲みながらインターン中、
どう個性を洗練させていくか話そう。
そこのソファにかけて待っていてくれ」
「はい!」
まだ少し緊張を残したまま、
私はソファの端に腰を下ろす。
(落ち着け私……落ち着け……)
自分に言い聞かせながら、深く息を吸う。
やがて差し出されたコーヒーカップ。
ミルクと角砂糖が添えられている。
(おしゃれ……)
ほんのり香るコーヒーの匂いに、
少しだけ気持ちが和らいだ。
「爆豪はヒーロー仮免許試験を落ちたようだな」
不意に出た名前に、視線が揺れる。
「一次も最終も私と離れていて
どんな状況だったのか分かりませんけど、
上鳴くん…一緒にいた子が言うには
HUC(フック)に対しても
対応は相変わらずだったみたいで…」
言いながら、どうしても苦笑いになってしまう。
「やれやれ…まだ矯正し甲斐がありそうだな」
ため息混じりのその言葉には、
完全な否定ではなく、
どこか見守るような温度があった。
「君は?合格圏内だったとはいえ、
自己評価はどうだ?
美しいヒーロー活動は出来たかな?」
その問いに、綺羅は一瞬だけ言葉を探す。
(どうだったか……)
思い出すのは、迷った瞬間。
「やれる事が多い分、ヴィランを対処するのか
救助に専念するのかが曖昧だと指摘されて…
判断が難しかったです」
一つ一つ、整理するように言葉にしていく。
「実は雄英で必殺技考案をしていて、
神野の悲劇以降ヒーロー公安局は
戦闘力を注視していると聞いていたから、
攻撃に特化した新技を考えたんです」
自然と、視線が少し落ちる。
「意識がそっちに持っていかれて、
救助は他の子に回す選択をして、
戦場に飛び出しました。
でも、私の個性なら救護所で光の防壁を張って
民間人の安全を守る事も出来たと思います」
言い終えると、小さく息を吐いた。
「臨機応変。それはヒーローの基礎だが、
君の場合はやれる可能性が他の者より範囲が広い。
より高度な判断力を求められたのだろう」
静かに返される言葉。
否定ではなく、的確な整理。
(……見られてるなあ)
改めて実感する。
「で、君の個性伸ばしの話だが。
精密操作は順調かね」
「はい!星座はもう慣れて、
別のこと考えながらでも
複数作れるようになりました!」
言葉と同時に、手を軽く動かす。
光粒子が空中に集まり、形を成す。
おとめ座のスピカ。
ペルセウス座のアルゴル。
(ちゃんと、できる)
以前よりもずっと自然に。
「よし、では次の段階に進もう」
その一言で、空気が少し変わる。
ベストジーニストが立ち上がり、
壁のスイッチに手をかけた。
カチ、と音がして——
床が、ゆっくりと開いた。
「えっ……!?」
思わず一歩後ずさる。
現れたのは下へ続く階段。
(床、開いた……!?)
驚きがそのまま顔に出る。
「下の階はトレーニング部屋にしていてね。
インターンはここで個性を研鑽していく」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
「さっそくヒーローコスチュームに
着替えて始めるぞ」
(……始まるんだ)
一気に実感が押し寄せる。
「はい!」
今度の返事は、迷いなく。
私は一歩、階段へと踏み出した。
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