ヒーロービルボードチャートが終わって数日後。
雄英の休日だった。
授業もない。
訓練もない。
久しぶりに予定の少ない穏やかな一日で、
寮の共有スペースには休日らしい
ゆったりとした空気が流れていた。
私はソファの端に腰掛け、
膝の上にクッションを抱えている。
向かいでは三奈ちゃんが
身振り手振りを交えながら何かを熱弁していた。
「だからその動画の犬がさー!
急に二本足で立ち上がるの!」
「えー!見たい見たい!」
透ちゃんが楽しそうに反応する。
私は二人のやり取りを聞きながら笑った。
文化祭が終わってから少し経つ。
授業や訓練は相変わらず忙しいけれど、
こうして皆でのんびり出来る時間は
やっぱり好きだった。
平和だなぁ。
そんなことを思っていた。
その時だった。
ソファの反対側でスマホを触っていた上鳴くんが、
「へ……」
と変な声を漏らした。
何事だろう。
顔を上げる。
すると上鳴くんは目を見開いたまま立ち上がった。
「ええ!!?ちょ、テレビテレビ!
エンデヴァーがやばいって!」
共有スペースの空気が一瞬で変わる。
上鳴くんが慌ててリモコンを掴み、
テレビを付けた。
映し出されたのはニュース番組。
けれど、いつもの穏やかな内容ではなかった。
画面の向こうでは街が混乱している。
大勢の人が逃げ惑い、サイレンが鳴り響き、
カメラも揺れていた。
『こちら博多駅周辺で、謎のヴィランに
エンデヴァーとホークスが戦っております…!
激しい戦いに辺りは騒然としてパニック状態に…!』
「博多……?」
思わず呟く。
画面にはエンデヴァーとホークスが映っていた。
だが。
その対戦相手に私は息を呑む。
脳無。
そう思った。
けれど違う。
脳無に似ている。
なのに何かが違う。
異様な存在感。
画面越しでも伝わる危険さ。
まるで悪夢がそのまま形になったような姿だった。
「これ……」
「え……?」
「No.1とNo.2がいて苦戦してんのかよ……」
誰かの声が聞こえる。
私も画面から目が離せなかった。
心臓が嫌な音を立てる。
テレビ越しなのに怖い。
あの場にいる人達はもっと怖いはずだ。
『今エンデヴァーが……!ああ!顔を…!
顔にヴィランの攻撃が当たって…!!
なんという事でしょう…!エンデヴァーが地面に…』
「!」
息を呑む。
画面には倒れたエンデヴァーの姿。
その瞬間。
嫌な記憶が脳裏を過った。
神野。
オールマイト。
引退。
平和の象徴。
失われた背中。
『この状況はまさに…神野の悲劇……』
アナウンサーの言葉が重く響く。
共有スペースが静まり返る。
誰も何も言えない。
皆同じことを考えていた。
また、失うのかもしれない。
そんな不安だった。
そして自然と視線が集まる。
轟くんだった。
テレビを見つめたまま動かない。
何を考えているのか分からない。
でもきっと。
私達には想像出来ない気持ちで見ている。
その時だった。
「轟…!見ていたか…」
低い声が響く。
振り返ると、いつの間にか相澤先生がいた。
轟くんを気に掛けて来たのだろう。
けれど轟くんは返事をしない。
ただ画面を見続けていた。
そして。
突然。
『適当なこと言うなや!
どこ見て喋りよっとやテレビ!』
テレビの向こうから大声が響く。
避難していた一般人らしい青年だった。
カメラの前に飛び出してくる。
『やめとけやこんな時に!』
友人らしい人が慌てて止める。
それでも青年は止まらない。
『あれ見ろや、まだ炎が上がっとるやろうが、
見えとるやろが!!
エンデヴァー生きて戦っとるやろうが!!
おらん象徴の尾っぽ引いて勝手に絶望すんなや!
今、俺らの為に体張っとる男は誰や!!見ろや!!』
その言葉に私はハッとした。
画面が切り替わる。
そこには。
再び立ち上がるエンデヴァーがいた。
ボロボロだった。
傷だらけだった。
それでも前へ進む。
誰かを守る為に。
誰かを救う為に。
諦めない。
何度倒れても。
何度でも立ち上がる。
それがヒーローだ。
ふと。
轟くんの話を思い出す。
体育祭。
職場体験。
家族のこと。
エンデヴァーは決して理想の父親ではなかった。
轟くんにとって簡単に許せる相手でもない。
それでも。
今テレビに映る姿は。
間違いなくヒーローだった。
炎が大きく燃え上がる。
ホークスの羽が舞う。
最後の一撃。
画面の中で巨大な光が弾けた。
そして。
轟くんの声が響く。
「――親父…っ 見てるぞ!!!」
私は思わず振り返った。
轟くんが拳を握り締めていた。
必死だった。
祈るようだった。
それは今まで見たことのない表情だった。
煙が広がる。
結果が見えない。
共有スペース全員が息を止める。
お願いだから。
勝って。
そんな願いが自然と胸に浮かんだ。
そして。
煙が晴れる。
『立っています!!ステンディング!!
エンデヴァーーーー!!!勝利の!!いえ!!
“始まりの”スタンディングですっ!!!』
歓声が上がった。
共有スペースからも。
誰かが叫んだ。
誰かが拳を上げた。
張り詰めていた空気が一気に弾ける。
その中で。
轟くんだけがその場にしゃがみ込んだ。
力が抜けたみたいに。
安堵したみたいに。
私はその姿を見つめる。
胸の奥が熱かった。
嫌いだったはずだ。
許せないはずだ。
それでも。
父親が倒れるかもしれない瞬間。
咄嗟に出たのは本音だった。
「見てるぞ」
その一言に。
轟くんの全部が詰まっていた気がした。
私は静かに胸の前で手を握る。
ヒーローは誰かを救う存在だ。
でもきっと。
家族を想う気持ちは、
ヒーローになる前から変わらない。
そんなことを思った。
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