エンデヴァーとホークスが、
脳無の進化系であるハイエンドとの
死闘を繰り広げてから数日後。
「先生ー、ノート持ってきました!」
「職員室では静かに」
日直だった私は、クラス全員分の
ヒーロー法律学のノートを抱えて
職員室へやって来ていた。
いつもの調子で声を掛けた瞬間、
すぐに注意される。
「あっ」
しまった。
職員室だった。
「そこに置いといてくれ」
「はーい」
「返事を伸ばさない」
「えへへ、すみません」
思わず笑ってしまう。
雄英に入学してから半年以上。
先生達とも毎日のように顔を合わせているせいか、
つい気が緩んでしまう。
特に相澤先生は担任だから余計だ。
怒られることも多いけれど、
どこか身内みたいな感覚になっている。
ノートを机の上へ置こうとした時だった。
「相澤先生」
聞き慣れた声が職員室の入口から聞こえた。
私も相澤先生も同時に顔を上げる。
そこに立っていたのは轟くんだった。
「轟くん?」
思わず声が出る。
日直でもないのに職員室へ来るなんて珍しい。
けれど相澤先生は驚いた様子もなく、
「ああ、すまない。先駐車場で待っててくれ。
すぐに行く」
そう言って再びパソコンへ視線を戻した。
どうやら約束していたらしい。
「……じゃ、私も失礼します!」
用事も終わった私は慌てて頭を下げる。
「ああ、ご苦労さん」
相澤先生は相変わらず
画面から目を離さないままだった。
職員室を出る。
すると少し前を歩く轟くんの背中が見えた。
私は小走りで追いかける。
「轟くん!」
声を掛けると、轟くんが振り返った。
そのまま自然に隣へ並ぶ。
「相澤先生とどこか行くの?」
「実家で飯食ってくる」
「飯?」
一瞬意味が分からなかった。
でもすぐに思い至る。
「あ、もしかしてエンデヴァー退院したの?」
「ああ」
やっぱりそうだった。
テレビ中継で見た怪我はかなり深刻そうだった。
だから思わず顔が明るくなる。
「そっか!怪我酷かったけど良かったね!」
「ああ」
短い返事。
でも以前の轟くんなら、
エンデヴァーの話題そのものを
避けていた気がする。
そう思うと、少しだけ変わったのかもしれない。
廊下を並んで歩きながら、
私は自然と数日前の中継を思い出した。
「エンデヴァーとホークス凄かったなー。
No.1とNo.2があれだけやられちゃうなんて、
凄くハラハラして、三奈ちゃんなんて
私にしがみついてたよ!」
あの時の三奈ちゃんは本当に必死だった。
途中から腕を掴まれていた気がする。
思い出して少し笑ってしまう。
「そうか」
轟くんもいつものように短く返す。
そこで会話は終わると思った。
けれど。
「俺も……怖かった」
思わず足が止まりそうになる。
轟くんが自分からそんなことを言うのは珍しい。
彼は前を向いたまま続けた。
「憎んでるはずなのに……叫んでた」
静かな声だった。
あの日。
テレビの前で響いた声を思い出す。
――親父……っ 見てるぞ!!!
あの言葉は今でも耳に残っている。
「正直今でもなんで
あんな必死だったか分からねえ……」
轟くんは少しだけ視線を落とした。
迷っているようにも見えた。
自分の気持ちに。
父親への感情に。
私は少し考える。
何か気の利いたことを言えればいいのだけれど、
そんな自信はなかった。
だから思ったままを口にする。
「……私も詳しい事は分からないけど」
轟くんがこちらを見る。
「轟くんがエンデヴァーに負けて欲しくないって
気持ちが強かったのには変わりないと思うよ」
言葉を選びながら続ける。
「それがヒーローとしてなのか……
父親としてなのかは、たぶんこれから
一緒に食事を取りながら少しずつ
整理出来ると思うよ」
答えを急がなくてもいい。
そう思った。
轟くんは少し黙る。
それから、
「……そうだな」
と小さく返した。
ほんの少しだけ。
口元が柔らかくなった気がした。
私はなんだか安心する。
それなら良かった。
難しいことは分からないけれど、
少なくとも轟くんは前に進もうとしている。
そんな風に見えた。
昇降口が近付く。
そこで私はふと思い出した。
「夕飯決まってるの?」
「蕎麦。姉さんが用意するって」
「あっ」
思わず声が弾む。
「轟くんの好物じゃん!良かったねー!」
轟くんは一瞬だけ目を瞬かせた。
そして、
「ああ」
今度は少しだけ優しい声で返事をした。
外へ出る轟くんを見送る。
相澤先生の車もそのうち来るのだろう。
私は手を振った。
「行ってらっしゃい!」
轟くんも軽く手を上げる。
その背中が見えなくなってから、
踵を返す。
教室に鞄を置きっぱなしだ。
廊下を小走りで戻りながら、私は少しだけ笑った。
エンデヴァーのこと。
家族のこと。
きっと簡単な話じゃない。
でも今日の食事が、轟くんにとって
少しでも良い時間になればいいな。
そんなことを思いながら、私は教室へ向かった。
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