昼休みの食堂は、今日も賑やかだった。
トレイの上で食器が触れ合う音。
あちこちから聞こえる笑い声。
人の話し声が、天井の高い空間に
やわらかく広がっている。
雄英の食堂は本当に広い。
天井は高く、ガラス窓から差し込む光が
床を明るく照らしている。
トレイを持ちながら列に並ぶ。
前には芦戸ちゃん。
その後ろに葉隠ちゃん。
さらに後ろに梅雨ちゃん。
気がつけば、すっかりいつもの
昼休みメンバーになっていた。
「今日カレーにするか迷うんだけど!」
芦戸ちゃんがメニューを見上げながら言う。
「えーカレーいいじゃん!」
葉隠ちゃんの声が元気に返る。
姿は見えないけれど、
制服と靴だけが列の中で浮かんでいる。
「栄養バランスなら定食が良いと思うわよ」
梅雨ちゃんが落ち着いた声で言った。
「確かに!」
思わず笑って頷く。
何気ない昼休み。
いつも通りの、平和な時間。
――その瞬間だった。
《ウウーーーーーー!!!!!!》
耳を裂くようなサイレンが、
食堂の空気を切り裂いた。
一瞬でざわめきが止まる。
そしてすぐに、館内放送が響いた。
「《――セキュリティレベル3が突破されました。
生徒は速やかに屋外へ避難してください》」
ざわ、と空気が揺れる。
意味を理解した瞬間、恐怖が一気に広がった。
「侵入者!?」
「なにそれ、どういうこと!?」
「早く外に出ないと!」
椅子が倒れる音。
トレイが落ちる音。
誰かの悲鳴。
人の流れが一方向へ傾いた。
出口へ。
押し寄せる。
(まずい……!)
一瞬で判断する。
この流れに巻き込まれたら危ない。
「こっち!」
三人の腕を引く。
壁際へ。
芦戸ちゃん、葉隠ちゃん、梅雨ちゃんを
人の流れから外れる位置に押し込む。
次の瞬間――
人の波が横を通り過ぎた。
押し合い。
悲鳴。
慌ただしい足音。
ほんの数歩の差だった。
「セーフ…!」
思わず息を吐く。
胸がどくどくと鳴っている。
「凄い慌てようね」
梅雨ちゃんが落ち着いた声で言った。
周囲を観察する目はいつも通り冷静だ。
「侵入者ってヴィランってこと!?」
芦戸ちゃんの声は少し上ずっていた。
「雄英はセキュリティで有名なのに!」
葉隠ちゃんも落ち着かない様子だ。
(確かに……)
周囲を見渡す。
雄英にはヒーロー志望が集まっている。
教師は全員プロヒーロー。
そんな場所に――
「そんな無謀なヴィランいるのかなあ」
思わず呟いていた。
ヒーロー志望とプロヒーローの真ん中に
突っ込むなんて、普通なら考えない。
その時だった。
「だいじょーーーぶ!!!」
よく通る声が、食堂全体に響いた。
ざわめきが止まる。
視線が一斉に集まる。
非常口の誘導灯の下。
飯田くんが立っていた。
一段高い場所に立ち、
横向きで足を大きく広げている。
腕も大きく広げて。
まるで――
非常口のピクトグラム
そのもののような姿勢だった。
「慌てる必要はありません!!
教師の指示に従い、順序よく行動しましょう!!
押し合いは二次災害を招きます!!」
声が食堂中に響く。
そして、不思議なことに。
人の動きが止まった。
さっきまで押し合っていた流れが、
少しずつ落ち着いていく。
悲鳴も減っていく。
(すごい……)
思わず目を輝かせる。
あんな混乱の中で、真っ先に前に出る。
しかも、ちゃんと人を落ち着かせている。
(かっこいいなあ……)
本気でそう思った。
――
午後のHR。
教室はいつも通りの空気に戻っていた。
ガラッ。
扉が開く。
相澤先生が入ってくる。
教卓の前に立ち、短く言った。
「昼の件だが、周辺を見回った結果、
校内に侵入者はいなかった。誤作動だ」
ほっとした空気が教室に広がる。
安堵の吐息があちこちから漏れた。
「で、委員の件だが――」
相澤先生がそう続けた、その時だった。
「……あの」
背後から控えめな声が聞こえた。
振り返る。
緑谷くんが手を挙げている。
「学級委員長の件なんですけど……」
教室の視線が集まる。
「僕、辞退したいです」
ざわっ、と空気が揺れた。
「その代わり……」
一度、息を吸う。
そして言った。
「飯田くんを、推薦します」
さらにざわめきが広がる。
「今日の昼……混乱してた中で、真っ先に動いて、
みんなを落ち着かせたのは飯田くんでした」
飯田くんが目を見開く。
「ああいう行動ができる人が、
委員長に相応しいと思います」
一瞬の沈黙。
そして。
「……それ、分かる」
誰かが言った。
「確かに」
「昼、すげーカッコよかったよな」
ぽつぽつと賛同の声が上がり始める。
さっきの光景を思い出す。
非常口の下で、誰よりも先に声を上げていた姿。
(うん……)
やっぱりそう思う。
本当は自分がなりたかったはずの委員長。
それを手放して、適任だと思う人を推薦する。
その姿勢も、立派だった。
飯田くんが慌てて立ち上がる。
「み、緑谷くん……!? お、俺は――」
「異議は?」
相澤先生の一言。
その声が教室を静めた。
誰も手を挙げない。
「じゃあ決まりだ。学級委員長、飯田天哉」
「……!」
飯田くんは一瞬言葉を失い、
それから力強く言った。
「……務めさせていただきます! 全力で!!」
教室に拍手が広がる。
自然な、あたたかい拍手だった。
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