次の日のPM0:50。
昼下がりの教室は、
窓から差し込む光のせいで少し眠たげだった。
机の上に落ちる日差しは柔らかく、
空気もどこかゆったりしている。
昼休みの余韻なのか、
教室にはまだ小さなざわめきが残っていた。
そのざわつきが完全に収まる前に、
教卓の前に立つ人影がある。
相澤先生だった。
気だるそうな姿勢のまま、教室を見渡す。
「今日のヒーロー基礎学だが…
俺とオールマイト そしてもう1人の
3人体制で見る事になった。」
その言葉に、教室の空気が少しだけ揺れた。
(“なった”…?)
どこか引っかかる言い方だ。
誰かが決めた、というより――
急に決まったような響き。
その疑問を口にしたのは芦戸ちゃんだった。
元気よく手が挙がる。
「ハーイ!何するんですか!?」
相澤先生は特に間も置かず答える。
「災害水難なんでもござれ 人命救助訓練だ。
今回 コスチュームの着用は各自の判断で構わない。
中には 活動を限定するコスチュームも
あるだろうからな。訓練場は少し離れた場所に
あるからバスに乗って行く。以上 準備開始」
言い終えた瞬間。
くるりと背を向ける。
そして本当にそのまま、
さっさと教室を出ていった。
「え、もう行くの!?」
芦戸ちゃんが思わず声を上げる。
けれど返事はない。
教室の空気が一瞬止まり――
次の瞬間、椅子が一斉に動いた。
「着替えだ着替え!」
「バス乗るんだって!」
あちこちで声が上がる。
――
コスチューム着用は自由。
それでも女子はほとんど
ヒーローコスチュームに着替えていた。
やっぱりヒーローの授業だ。
せっかくならコスチュームで参加したい。
着替えを終えて外へ出ると、
バス停の前にはすでに
クラスメイトが集まっていた。
男子もほとんどヒーローコスチューム姿だった。
ただ、よく見ると少し軽装だ。
飯田くんのヘルメット。
麗日ちゃんのヘルメット。
他にもゴーグルやマスク。
頭部装備は外している者が多い。
ガチガチの戦闘訓練ではないからだろう。
その中で一人だけ違う格好があった。
体操服。
緑谷くんだ。
ヒーローコスチュームは対人戦闘訓練で
ボロボロになったらしく、
まだ新しいものが届いていないらしい。
(大変そうだなあ……)
そんなことを思いながらバスに乗り込む。
――
バスの中は、市民バスのような座席配置だった。
自由席。
好きな場所に座れる。
一人席に腰を下ろす。
窓の外には雄英の校舎。
少しずつ離れていく。
エンジン音とともにバスが走り出した。
振動が足元に伝わる。
車内はすぐに賑やかになった。
あちこちで会話が始まる。
その時、梅雨ちゃんの声が聞こえた。
「あなたの個性 オールマイトに似てる」
静かな一言だった。
言われたのは緑谷くん。
「え!?そそそそそうかな!?
でも僕はその えー…」
ものすごく慌てている。
耳まで赤い。
(まあ……)
それはそうだろう。
オールマイトに似てると言われて
平然としていられる人はなかなかいない。
でも。
(確かに)
超パワーという意味では、似ている気もする。
あの入試のときの一撃。
思い出すだけで背筋がぞくっとする。
そこへ切島くんが割り込んだ。
「待てよ 梅雨ちゃん
オールマイトは怪我しねえぞ!
似て非なるアレだぜ!」
そして腕をぐっと構える。
「しかし増強型のシンプルな個性はいいな!
派手でできる事が多い!
俺の硬化は対人じゃ強えけど
いかんせん地味なんだよなー」
そう言って前腕を硬化させてみせた。
赤く硬く変わる皮膚。
やっぱりすごい個性だ。
その時、緑谷くんがすぐ言った。
「僕は凄くかっこいいと思うよ!
プロにも十分通用する個性だよ!」
切島くんが一瞬きょとんとする。
そして――
「お、おう!?」
次の瞬間、豪快に笑った。
「ありがとな!」
そして視線がぐるりと車内を見回す。
「まぁ 派手で強えっつったら
やっぱ轟と爆豪と星宮だよな!」
思わず目を瞬く。
(え……)
その二人と同じ括り。
嬉しい。
正直、かなり嬉しい。
でも。
その当の爆豪くんは――
「ケッ…」
短く舌打ちして視線を逸らした。
興味なさそうだ。
その様子を見て、梅雨ちゃんがさらりと言った。
「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気でなそ」
一瞬の沈黙。
そして――
「んだとコラ出すわ!!」
怒声が飛ぶ。
「ホラ」
梅雨ちゃんはまったく動じない。
その様子に、思わず笑いが込み上げた。
その空気に上鳴くんが乗っかる。
「この付き合いの浅さで
糞を下水で煮込んだ様な性格と
認識されるとかすげえよ」
「てめえのボキャブラリーはなんだ!
ぶっ殺すぞ!」
怒鳴り声。
戦闘訓練後は静かだったのに
今は変わりなく狂犬のようだ。
「爆豪くん!君 本当口わるいな!」
飯田くんの一喝。
その瞬間だった。
前方の席から、鋭い視線が向けられる。
相澤先生。
一言も発していない。
それだけで。
バスの中は、嘘のように静まり返った。
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